犯人は美緒?
すぐに警察が到着した。こういうパターンは何度か経験している。美緒と関わってから特にそうだ。その前にもアメリカで一度巻き込まれたし、美緒と知り合ってからは何度目だろうか。
決して慣れはしない。唯一の救いは、担当の刑事さんが知り合いということくらいだ。
「お久しぶりですぅ。中原警部補」
美緒が丁寧に頭を下げた。そう、彼女の前に立っている男は中原警部補。何度か美緒と僕の関わった事件に一緒している。探偵ものの物語では、大抵警部がそういう立場にいるが、彼は警部補だ。
「いや、実はね美緒ちゃん。私は警部になったんだよ」
定番の警部になっていた。
「はぁ、そうなのですか」
美緒は驚いた顔でゆっくり(彼女では普通に)頷く。
「桐岡君、どちらが偉いのですかぁ?」
何を聞くんだ、こいつは。そう思ったが、僕は紳士的に答えてあげる。
「警部だよ」
「そうなのですか。小説ではぁ、警部補と警部の会話はぁ、あまりないので」
この状況でもマイペースで物事を考えられるのは、彼女の大きな特徴なのだ。実際は動揺しているのかもしれないが、その表情は「宿題を忘れてしまいました〜」と同レベルの動揺に思える。
警部は死体を見た。心臓をバターナイフで一突きである。警察が来る前に美緒が白い手袋をして死体を簡単に調べていた。……僕は遠くでそれを見ていただけである。
「どうやら、凶器は刺さっているバターナイフだな」
「見ればわかりますぅ」
美緒が答える。
そして事件の状況を説明し始める。
「突然真っ暗になってぇ、そしたら突然殺されたんですぅ」
「要約しすぎ」
僕が変わりに警部に向かって話す。
「たぶん、九時くらいのことですよ。暗くて目もなれていなかったから、何も見えなかったですけど、呻き声が聞こえて、そのあと何か倒れる音がしました」
「そうか。朝の犯行だったら見えただろうに」
警部が一人で唸っている。そして凶器のバターナイフを見て、よし閃いたと言わんばかりに手を打った。
「そうだ! このバターナイフは今日の授業で使ったものだ! これがない人が犯人ではないのか!」
早速、警部は部下に命じて全員の台を調べさせた。そしてバターナイフがなかったのは、
「はうぅっ、私ですぅ」
美緒だった。
そんな馬鹿な。美緒は僕と話していたし、オーブンをペタペタ触る音も聞こえた。その証拠に、オーブン周辺にはクリームがついている。たぶん、美緒の手についたクリームがついたのだろう。
だが、知人が犯人とあっては吊るし上げにくいのか、警部は唸っただけで、美緒には何も言わなかった。
「このままでは、私が犯人なのですぅ」
美緒が肩を落として俯く。が、すぐに顔をあげて歩き始めた。行き先は、教卓にいる高松先生のところだった。
「せんせぇ、顔にクリームがついていますよぉ?」
先生ははっとしてそれを拭う。
「ごめんなさい。驚いた時に手を顔につけちゃったから」
「そうですかぁ。驚きますよねぇ」
美緒も人の死を見て悲しんでいるようだった。うんうんと頷くと、再び歩き出し、今度は教室を出た。
「ブレーカー、また落ちちゃわないように見てきますね〜」
ああっ、探偵スイッチが入っちゃったみたいだな。美緒の行動を見て僕はそう考えた。いつもはあまり動かない彼女が、自発的に動く事は珍しい。彼女の好きなことは専ら身体を動かさない事だからだ。読書や、寝るといった行動である。
僕も教室を出る。ちらっと先生のほうを見ると、手に結婚指輪が輝いていた。あまり詳しくはないが、綺麗な色をしていた。
「やれやれ。付き合うよ」
僕も彼女の隣に並び、一緒に歩き出す。
人気がなくなり、ブレーカーのある場所までやってきた。倉庫のようになっているその場所は、警察の人が二人ほどいただけだった。彼女は、この人たちとも面識があるようだ。そりゃあ、客観的に見て美少女だし、以前も事件に関わったことがあるから、そういう珍しい人は覚えているだろう。
「ちょっと見せてください〜。お邪魔しませんから」
天然の上目使い&潤んだ瞳で魅惑攻撃。そして「本当はいけないんだからね」と屈した警察の人は、彼女が何をやるのかを注意深く見守っていた。それでいいのか、日本の安全を守る人! だが今回は少し感謝。
「あぁ〜っ」
間抜けだが驚いたような声を上げる。ブレーカーの下の床には、水が溜まった跡があった。広範囲に飛び散っている。誰かがすぐに拭いたのだろうが、木造の床はすぐに水を吸って、拭ききれていなかったようだ。
美緒が倉庫を見回す。使われていない、隅で錆びている水道の蛇口を見つけて、トテトテと駆けて行く。そして蛇口に指をつけた。
「あ〜、なるほどぉ〜。へぇ〜」
一人で納得し始めた美緒。うんうんと頷き、今度はレバーに触れてみる。
「見てください〜」
僕と警察の人にいった彼女は、ブレーカーのレバーの上についている白い何かが固まったところを指差す。
「接着剤だと思いますぅ。剥がした跡ですね〜」
レバーを見せたあと、今度は倉庫を出て、片っ端からゴミ箱を漁り始めた。女子トイレにまで行って、ゴミ箱の中で何かを探す。しかし「ないなぁ〜、ないなぁ〜」と唸っていた。どうやら彼女の予測は裏切られたらしい。
「このままでは、私が犯人なのですぅ」
「それか僕、だよね」
事件発生時、同じ台にいたのはこの僕も、である。
「でも、犯人はぁ、高松先生だと思うのですぅ」
探偵物語ではタブーとなっている、推理の途中で犯人を明かす彼女。何を根拠にそう思ったのかを聞こうとしたが、
「……ああ〜。そうですねぇ〜、その可能性もありますね〜」
自分の中で会議でも行っていたのか、唸っていた美緒は突然笑顔を取り戻した。い、意味がわからん。大丈夫か?
「教室に戻りましょ〜」