係り決めと料理教室
始業式がおわり、僕は新たなクラスへと入っていく。
LHRは、基本的に委員会や係り決めだ。何でもいいから委員会か係をやっておけば、去年と同じように『早坂美緒係』になったりはしないはずだ。でも彼女に対してのいじめとは受け取られないのだろうか、こんな係があって。
先生は去年と同じ澤田先生だ。三八歳で既婚者。性別男。
「じゃあ、委員会と係を決めるぞ。その前に……」
先生が申し訳なさそうに僕を見る。何だ、このナイフを突きつけられたように感じる危機感は? 先生、僕に何を打ち明けるつもりなんだ!?
「去年と同じで」
「はぁぁぁ!?」
「いや、だってさぁ……。彼女に対して怒りをぶちまけたり、プライベートでも遊べるような人はお前くらいしかいないんだよ。今まで彼女の世話係をした人は全員途中で諦めたのに、お前は最後までやっていただろう? それに……」
「それになんですか!?」
「……いや、なんでもない。先生にも理由があるんだ。MI6おっと、上からの圧力が」
「MI6!? 嘘言わないでください! だいたい、どこが圧力かけてるんです!? このどこにでもありそうな私立学校、東風高校に!」
いつの間にか立っていた僕は、周りのクラスメイト達に「どうどう」となだめられていた。
「嫌ですよ! だって美緒、体育の時間になったら図書室で寝てるし、昼休みが終わっても寝過ごして授業参加しないし、授業中も普通に寝るし、放課後も教室でずっと寝るし! あとほかにもいっぱい……それを全部僕が……!」
「よろしく頼むな。通知表の備考欄にはお前の努力を書いてあげるから」
「進学にも使えないじゃないですか!」
クラスが休み時間にもまさる騒がしさになったとき、教室の扉がすぱーんと開け放たれた。
「二回目の『早坂美緒係』になった感想を!」
亜矢子である。
「別クラスのお前まで来るなぁー! むきぃぃぃっ、みんな敵だぁっ!」
暴れる僕を、クラスの肉体派四人が取り押さえた。抵抗しても四人分の力は明らかに僕より上である。数の暴力に僕は屈してしまう。そのときである。
「桐岡君、大変ですね〜」
「お前が言うな!」
他人のようにその光景を眠そうに見ている美緒が言った。
そういうわけで、僕はまたしても彼女のお世話係になったのだった。
夜、僕は約束通り美緒と一緒にどこかへ出かけた。着替えるのが面倒だったので、僕は制服のままだ。失礼かなと思っていたら、美緒も同じだった。どうやら下校中に寄り道したカフェで、ずっと眠っていたらしい。夕食は食べてくるなといわれたのでどうするのかという僕の問いに、彼女は「安心なされ」とだけ答えた。何を安心するのだ?
しばらく歩くと、彼女はある建物へと入っていった。看板を見てみる。高松料理教室と書いてあった。
「料理教室だ」
「そうですよぉ。私はぁ、お料理を学ぶんですぅ」
「へえ、料理人にでもなるの?」
「違いますよぉ。調理実習の時に、いつも終わらないのでぇ……スピードアップをと」
成績のためか。
「作った料理はぁ、食べてもいいので、夕食にしましょうね」
彼女の料理を食べた事のある僕としては、あまり気が進まなかった。彼女は手際が悪い(単純に遅い)のに加え、味覚が普通の人と違うのだ。辛いのが好きである。何でも辛くしたがるのだ。時には甘いのも好き。何でも甘くしたがるのだ。中間は存在しない。激甘か、激辛かだ。
「遠慮したい」
僕はノーといえる日本人だった。勧誘にも引っかからないタイプだ。
「そんなこと言わないでください」
教室の前で、彼女はまた上目使いで目を潤ませた。
くっ、屈さないぞ! 僕はノーといえる日本人だ! 優柔不断な……日本人の……典型のようには……!
「ああ、うん。わかったよ」
僕は典型的な日本人だった。