短編童話『飛べない鳩と濁った空』
その日も、空は快晴でした。
雲一つないはずの青い青い空。
けれど、どこか濁った空。
そんな中、生暖かい風を微かに頬に感じながら、一羽の白い鳩が地面に横たわっていました。右羽根に刺さった矢が重たくて、鳩は動く事も出来ずにいます。
「嗚呼…神様。どうか僕の羽根を治して下さい。もう一度あの愛しい空を飛びたいのです。」
重たい瞼をうっすらと開け、鳩は震える声音で続けます。
「多くは望みません。今日一日…いえ、ほんの一時程の自由を僕に…」
どうか…
そのか細い声で紡がれる願いを聞いていた空は、哀れに思いながら答えます。
「鳥さん、お前さんのその羽根はどうしたんだい?」
鳩は懐かしい空の気配に涙を流しながら答えます。
「人間にやられました。…一時の快楽のために放った心ない矢が、僕の人生を奪ったのです。あなたとの逢瀬も、これが最後でしょう…。」
空はその言葉を聞くと悲しみのあまり暗雲を立ち込ませ、静かに雨を降らせました。
それから空はゆっくりと語ります。
「鳥さん聞いて下さい。私もかつては美しい空でした。それが今はどうした事でしょう…人間が開発した鉄の乗り物から吐き出される排気ガスや、スプレー等から吐き出されるフロンガス、洗剤やガソリンで汚染された水が蒸気になって空にやって来る度に、私の美しい空は汚れてゆき、遂には私の涙まで酸性雨となってしまいました。…そうなると今度はこぞって、人間達は言うのです。『これは自然界の復讐だ』『空が、大地が、緑が怒っているのだ』と…。いいえ、いいえ違うのです。私は…」
雨足が早くなりました。鳩は全身びしょ濡れになってしまい、血が後から後から流れていきます。それでも鳩は空を怨む気持ちなんてこれっぽっちもありません。むしろ近くに行けない我が身に空からの雨を感じられて、とても幸せでした。
「…私は人間を怨んだり、復讐をしたいわけではありません。私だって人間を愛しているのです。ですが私達を人間に害を及ぼす存在にしているのは、他でもない人間なのです。…嗚呼なんて愛しくて悲しい、残酷な生き物なのでしょう…。私も出来る事なら、もう一度人間を優しく見守る空に戻りたい…。」
空の涙は止まらなかった。
鳩も悲しくて、涙を流した。
神様どうかもう一度…
不意に、どこからともなく声がした。
『空を愛する純白の鳩よ…人間を愛する濁った空よ…。お前達の願いは聞き届けられた。飛ぶがよい。晴れ渡るがよい。』
その声は果たして、神だったのか悪魔だったのか。
その日、空は青く晴れ渡っていた。
そして、その空には純白の雲が一つ。
ふと、公園で遊んでいた子供が空を指差しました。
「ねえ見ておかあさん!あの雲ハトみたいだよ。まるでお空をおそうじしてるみたいだね。」