頭上の俺様スライム
悪役令嬢と俺様系?を書きたくて
「目障りだ、つれていけ」
それがこの世界で私が聞いた初めての言葉だった。
呆然としている私は、屈強な兵士に両腕をとられて連行される。
分厚い筋肉。ローマ帝国の剣闘士のような彼ら。
その肉厚から来るプレシャーに逆らう事はできない。
掴まった宇宙人の様に連れられていく私。
着ているドレスで隠れているけど、私の足は浮いている。
周りを見渡すと、お城の広間の様な場所。
着飾った人々が私を見てクスクスと笑っている。
豪華なドレスやスーツ姿の男女。
なにここ?中世コスプレ大会?
が、中には罵声をあびせる者もいる。
「自業自得だわ」
「哀れな物ね」
「いいきみね」
様々な声が聞こえる。
彼らの目には敵意が見える。
私は突然の事で理解できなかった。
仕事から帰ってきて、寝て起きたらこの有様だ。
◇
私は牢屋に入れられた。
何が何だかわからなくて依然呆然としている私。
ベッドに寝ながら天井のシミを数えていた。
それが100を越えた時か・・・
トントンっと、鉄の扉がノックされる。
「は~い。どなたでしょうか?」
ついつい日本の感覚で答えた。
現れたのは、スーツ姿のハゲデブ親父。
脂ぎった皮膚から何やら液体が出ている。
思わず「うぉ」っと声が出た。
「どなたでしょうか?」
慎重にこちらを伺うハゲ親父。
「何を考えている?私とは初対面ではないだろ。今さら悪だくみをしても無駄ですぞ。貴公の刑は確定しておる」
私は牢屋にいれられたのだから、何かしらの罪を犯したのだろう。
でも、一体何を犯したのか分からない。
「私、何かしましたでしょうか?」
薄ら笑いを浮かべる親父。
「さすが悪名高いアリス嬢ですな。三大悪役令嬢の名は伊達ではありませんな。刑が確定し、牢屋にいれられても直この態度。その姿にはさすがの私も驚きを隠せません。しかし、先程も言いましたが無駄です。まぁ、誠意を見せて頂いたらその限りではありませんがね」
チラチラとこちらを伺う親父。
誠意。分かりやすい親父だ。つまり金をよこせばなんとかしてやると言っているのだろう。
だが、今は私が何を持っているかも分からないので取引もできない。
別の足音が近づいてくる。
「おっと、神父が来たようですね。では、再度伺います。よく考えることですね。アリス嬢、あなたを助けることができるのはこのリース伯爵しかおりません故」
そうして部屋を出ていくハゲ親父。
入れ違いに入ってくる、白髭のおじいさん。胸まで伸びたその髭は、仙人を彷彿させる。
「初めまして。儂は神父のマーリン。受刑者の方々に神の教えを説いて回っております。今からでも決して遅くはありません。どんな極悪人でも、人は悔い改めることができるのです」
それから、マーリン爺の話は続いた。
マーリン神父がすすめるスライス教というものを信仰すれば魂が浄化され、天国にいけるらしい。又、牢屋で提供される食事も神の御業で質がよくなるとのこと。具体的には、デザートが追加されるらしい。魂うんぬんの話は分からなかったが、私は入信してみた。
「あなたは正しき選択をなされた。これであなたの人生も好転する事でしょう。ではこれをどうぞ」
マーリン爺は聖書と一緒に青いゴム状の球体を私に渡す。
ゴム状の物体は、プ二プ二する手触り。
スーパーボールを思い出し、試に壁に投げてみたが跳ねかえらなかった。
壁に当たり、そのまま地面に落ちた。
ちぇ、ちょっとがっかり。
「な、なにをしているのですか!罰当たりな。これは崇高なる神の化身ですぞ」
マーリン爺は頭に血管を浮かべながら怒りだした。
爺さんは青い物体を拾い、布で丁寧にふく。
「ごめんなさい」
「まぁいいでしょう。信仰しだいで神はお許しになられるでしょう」
といって爺さんは部屋の中をキョロキョロと見回す。
そして、
「ここがいいでしょう」
布を引き、その上に青い物体を乗せる。
「毎日この物体に祈るのです。日に3度。朝、昼、夕です。今から私がやるのをよく見ていて下さい」
そういうと爺さんは正座し、
「スライス様、スライス様、我に祝福を」
青い物体に対して土下座の様な動きをする。3度も。
私は思わず吹き出してしまった。
私の方を振り返る爺さん。
「笑い事ではありませんぞ。あなたもやるのですから。では、どうぞ」
場所をあける爺さん。
「え、私もやるんですか?」
「あたり前です。スライス教徒の務めです。信仰熱い者は、例え火の中水の中、血しぶきが舞う戦場でもこの行為を行います」
嘘だ~と思いつつ。
「やりたくないです」
「なんと・・・あなたは悪魔に魅入られていますな。それはいけない。今すぐに神の加護が必要です。そうしなければ神の祝福は得られないでしょう。大地の恵みである食事も供給されないでしょう」
この爺さん。何かと食事でつってくる、
それっていいの?悪徳セールスの匂いがする。
だが、食事は必要だ。
私は見よう見まねで同じ動作をする。
「スライス様~、スライス様~、我に祝福を~」
と言い、青い物体に対して土下座の様な動きをする。3度も。
自分で言っててあれだが、物凄くアホらしい。
「誠意は全く感じられませんがいいでしょう。いずれ信仰を理解するはずです」
そんな事はないと思うけど。
その後、神父は再度信仰の大切さを説いて部屋を出て行った。
◇
ベッドで寝ていると。
「おい」
声が聞こえる。
見回すが、私以外には誰もいない。
気のせいだろう。
「おい、無視すんなよブス」
なんだ?いきなり罵られた。
しかも、渋いバリトンボイスで。
私はベッドから起き上がり周りを確認する。
だが誰もいない。
「どこ見てんだよ。ちゃんと俺様の顔を見ろよ」
声が聞こえる。
私は声の方向を見る。
そこには青い物体。
携帯の様に僅かに震えている。
まさか・・・
「やっと気付いたか。本当にグズ女だな」
声と共に大きく震える青い物体。
僅かに形が変わっている。
球体が三角形っぽくなっている。
これは・・・・ゲームなどで見覚えがある
「スライム?」
「違う、俺はレオンだ。別の男の名前を呼ぶんじゃね!ったく、最近の娘は」
「ご、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
「なに、分かればいいんだよ。それでよ、ちょっと背中かいてくれないか。少し痒いんだ」
私は青い物体を触った。
「馬鹿野郎。そこは首だ。ちゃんと見ろよな。だからお前はサゲサゲなんだよ」
この偽スライム。何故か口が物凄く悪い。
てか、さっきから物凄い罵倒されているんだけど。
せっかく背中?をかいてあげたのに。
私は無視することにした。
私は再びベッドで寝転がる。
「おい」
天井のシミを数える。
1,2,3・・・・
「おい、無視すんなよ!」
100,101,102・・・
「ざけんなよ、くそ!」
私は無視する。
150,151・・・
天井のシミが絵のように見えてきた。
あれはクマかな~。
「お前がその気ならいいだろ。後悔しても知らないからな!」
と、次の瞬間。
青い物体が震えだす。
ブルブルという、携帯のバイブ音に似た音が響く。
部屋の材質が石のためか、音が反響して響く。
そのためか、床、壁、天井の六方向から音が聞こえる。
無視しているとずっと鳴り響く。
イライラする。
発狂しそうになる。
いきなりの牢屋生活のためか、ストレスが溜まっていたのかもしれない。
私は青い物体に近づき、
「うるさいんじゃぼけー」
青い物体を壁に投げつけた。
「うをおおおお」
悲鳴?を上げるレオン。
「な、何すんだよ。俺は神だぞ。お前、気は確かか?」
「あんたの方が狂ってるんでしょ。ブルブル震えて」
「・・・・悪かったよ」
え?意外に素直なレオン。
罵倒されるかと思えば、予想外の反応。
「わ、分かったらいいわ」
「布の上に戻してくれないか、石の床は冷たいんだ。ひんやりする」
色気のあるバリトンボイスで、憐れみを誘う声。
その声に心が動かされる。
私はレオンを掴み、布の上に乗せる。
「・・・ありがとな」
「急にどうしたのよ?」
「俺は今まで神の様に扱われてきた。来る日も来る日も敬われてきた。でも、俺に本当の感情をぶつけてくれる奴はいなかった。でもお前は違う。俺は感動した」
「そ、そうなの・・・」
以外に熱血系だったらしい。
感動して気分が高まったのか、レオンは再び振動し始め、バイブ音が響く。
なんか調子が狂う。
「だから・・・・」
「だから?」
「頭の上に俺をのっけてくれ」
「え?」
「お前と同じ景色を見たいんだ」
「・・・うん」
私はレオンを頭の上に持ち上げた。
そして頭の上にのっける。
ひんやりとした感触が伝わってくる。
「いい景色だ」
「変わんないでしょ?」
「いいや違う。違うんだ。こう、なんていうか・・・・・世界が新しい」
「そうなの?」
「ああ。お前、今大変なんだろ。協力してやるよ。名前はなんていうんだ?」
「私の名前はアリス」
「そうか、アリスか。よろしくな」
「よろしくね」
こうして私はレオンと出会った。
◇
私は暇なので、ずっと今後の事を考えていた。
神父に詳しい罪状を聞いたのだが、私はどうやら悪役令嬢らしい。
王子の婚約者で、田舎から出てきたかわいい貴族令嬢を「これでもか!」という程いびり倒したらしい。それだけならまだしも、家ぐるみで違法な行為を大々的に繰り返していた。とある事件でそれが発覚し、私は捕まった。無期懲役。いつ外に出れるか分からない。
全く私に関係ない事のせいで、私は牢獄にいれられている。
罪を犯しているなら反省もするが、何もなければどうしようもない。
私は憂鬱だった。
◇
携帯の振動音が響く。
「おい、アリス、起きろよ。朝だぞ。ほら、早く起きろよ」
私は寝ぼけながら音源に手を伸ばす。
プ二プ二とする物を掴む。
「お、おい。手を離せよ。息できないだろ」
「う~ん?」
「寝ぼけてるんじゃね!手を離せよ」
私は起き上がる。
レオンがフプルプル震えているので、手を離す。
「やっと起きたか。ほら、運動するぞ。牢屋だからって動かないと直ぐに豚になるぞ」
「めんどくさい」
「やれよ。ほら。俺もやるから」
レオンが僅かに震える。
運動しているらしい。
私も腹筋を始める。
1,2,3囘。
「よし!」
「よしじゃね~目標は10囘だろ。ちゃんとやれよ」
レオンのバイブ音が響く。
その音から逃れるように私は腹筋をする。
ふぅ~疲れた疲れた。
「やればできるじゃね~か」
ご機嫌なレオンの声。
私は疲れたのでもう一度寝た。
◇
「ほ~う。もう護神のポーズを体得したのですか。しっかりと神に仕えている証ですな。私の心配は杞憂だったようです」
神父が私を見ながら「うんうん」と頷いている。
私はレオンを頭の上に載せていた。
載せないとレオンが煩いので。
神父曰く、どうやらこのポーズが護神のポーズらしい。
「そのポーズは中々できる人はいませんよ」
「そうですか・・・」
「ちょっといいですか、私も久方ぶりに護神のポーズをやってみたくなりました」
私はレオンを神父に渡す。
神父は頭の上にレオンを乗せる。
ブルブルと振動音が響く。
「う・・・う・・・・」
神父の頭が震え、ガクガクと歯が噛みあう音がする。
目が危ない事になってる。
私はとっさにレオンを取る。
「大丈夫ですか?」
「わ、私の信仰心も衰えているようです。これを気に修行をし直した方が良いようですね」
神父はやや落ち込んで部屋を後にした。
◇
「で、どうですか?」
腹黒親父こと、リース伯爵の来訪。
脂ぎった汗を出しながら、私をニヤニヤと見つめる。
私には考えがあった。
「実は私、隠し財産がありますの」
「ほ~う。それはそれは。興味深い話ですね」
「そうですか。でも私は囚われの身、どうすることもできません。どなたか助けてくれればよいのですが」
「助け・・・ですか。そういえば聞いた話ですが、この牢屋、脱獄が頻繁に起こるそうですよ。まったく困った話です。偶々警備兵が寝ていて脱獄に気付かなかったらしいですよ。全く、どうなっているのやら」
「そうですか。それは困った問題ですね。ふふふ」
「ええ、全く。ぐふふふ」
そんな会話をしながら私はリース伯爵と話を詰めた。
明日の夜、私は脱獄する。
◇
その日の夜。
「いいのかよ。脱獄なんかして」
レオンは私の頭の上に乗っている。
ここがいいらしい。
「いいの、それしかないし。私無実だし」
「お前色々悪い事したんだろ。あの爺さんがいってたじゃね~か」
「私はしていないの。あれは別人」
「そうかよ。まぁ、俺は知らん。でもここにいても暇だしな。俺も外に出たい。でもよ~本当に隠し財産なんかあるのか?」
「そんなもん知らないわよ」
「はぁ?じゃあどうすんだよ?」
「なんとかなるでしょ。レオン、神様なんでしょ。なんとかしてよ」
「お前アホだな。でもいいぜ。俺様にまかせておけ」
レオンはプルプル震えた。
◇
脱獄決行の夜。
私はリース伯爵に先導されて脱獄した。
思いの他簡単だった。
リース伯爵に渡された布を被って顔を隠し、堂々と入り口から出た。
買収でもしたのだろうか?
「おい、気をつけろよ」
頭の上に載せているレオンが小声で呟く。
「分かってる」
そして、牢屋がある建物から少し離れた森の中まできた。
「ここまでこれば大丈夫でしょう。ではアリス嬢、隠し財産の場所を教えてくれますか?」
「案内しますわ。地図をお願いします」
差し出された地図を見、適当な屋敷を示した。
説明が終わると、
「では、私はこれで失礼します」
私はその場を離れようとするが、
「どこに行く気ですか?」
リース伯爵は指を鳴らす。
伯爵の護衛に囲まれる私。
「何する気?約束は果たしたでしょ」
「はい。私も約束は果たしました。脱獄させましたから。しかし、その後の安全は別です」
護衛の男達が剣を抜く。
「何、殺しはしませんよ。まだ現物を確認していませんからね。でも、多少血を流してもらいましょうか、逃げられると面倒ですので。あなたは、終わりですよ」
剣をもつ男達が近づいてくる。
「終わるのはお前だ」
レオンの声が聞こえる、
だがその発生元は頭の上にいるレオンではなく、違う場所。
森の中から青年が現れる。
ローブを着ているため全身は分からないが、端正な顔が見て取れる。
そして同時に彼に従う大勢の兵士達が私たちを囲む。
「リース伯爵。あんたの話はすべて聞かせてもらった。大人しくしな」
「ば、馬鹿な。何故ここに」
「牢屋からずっとお前を尾行してたんだよ。何、国には突き出さない。ちょっと協力してもらいたいだけだ」
戦力差を把握したのか、リース伯爵は抵抗しない。
「いいでしょう」
伯爵は観念し、兵士たちに連行されていった。
そのやりとりが終わると、青年が私に近づいてくる。
「あなたは?」
「グズ女。俺だよ俺」
「誰?」
「レオンだよ。あのスライムを通して声を出していたのは俺だ。リース伯爵を捕まえるつもりだったのでお前を利用した。助けるっていったろ」
「あなたは何なの?これからどうするき?」
「俺は魔獣使いの盗賊だ。まずはリース伯爵から奪うだけ奪う。そして次の仕事に向かう。悪役令嬢として名高いアリス嬢をスカウトしたくてね。ほら、一緒にこいよ」
差し出されるレオンの手。
その手にあるのは盗賊としての道。
悪役令嬢としての記憶はない私。
でも、退屈な牢屋生活をレオンが紛らわし、脱獄させてくれた。
私はその手を取るべきなのだろうか?
夜の森を、一陣の風が通り過ぎていった。
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