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癒しの提供者

作者: チシャ猫

 私のところに顔を出す人は、皆どこか不満を抱えたような顔をしている。中にはあからさまに落ち着きのない人もいたりする。そんな人たちの、言わば相談役が私の仕事だ。

 私の治療方針はたった一つだけ。相手に全てを委ねること。こちらから催促するようなことはしない。そうすれば自然と不満の元を吐き出してくれるのだから。

 だから、私は客が安心出来るようにどっしりと腰を据えて待っていればよかった。


 しかし、今日の客はなかなかに頑固だった。

 彼女は常連客の一人なのだが、いつもは横柄に入室しては勝手に自己完結し、一人満足げな顔で帰っていく。それが今日に限って違った。私がいつもと変わらぬ様子で待っているというのに、待てど暮らせど不満をぶつけてこない。それどころか、普段は涼しげな眉をぎゅ、と結んでうんうんと唸り出す始末だ。

 結局この日、彼女は終始不満げな顔のまま退室していった。

 私にどうしろというのか。あいにくと私はそれほど器用ではないのだ。彼女の悩みの元を探り当て、それを取り除くような手腕など持ち合わせていない。

 今まで全て相手任せで成り立っていたことが急に通用しなくなって、私は大いに困惑した。


 次の日もいつもと同じ時間に彼女はやってきた。やはり難しい顔をしている。しかも昨日より深刻そうだ。

 私は焦り始めていた。いったいどうすればいいのだ? 自分の力ではとても彼女を救うことは出来そうにない。だからといってこのまま蔑にするのはさすがに気が引ける。一応私にもこの仕事に対するプライドがあるのだ。

 私が彼女と同じように悩んでいるうちに、またもや額に皺を寄せたまま彼女は出ていってしまった。


 その翌日。私は密かにある決意を固めていた。

 もし今日も彼女の不満が取り除かれないようならこの仕事を辞めよう、と。そうは言っても私自身の意志で辞められるかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 やはり自分にはいまさら方針を変えることは出来ない。その方法も知らない。従来の方法で彼女を救う事が出来なければ、この先もいずれまた同じような壁にぶち当たるだろう。

 はたして、今日も時間通りに彼女が入室する。“コンコン”という控えめなノックの仕方でそれと分かった。

 ……やはりだめか。日を増すごとに深刻な顔つきになっていく彼女を見ながらそう思う。私は絶望に打ちひしがれたいた。

 いや、私が諦めてどうする! 彼女がその気になった時に私がしっかりしていなくてどうするというのだ!

 そう叱咤激励する自分の心の声が彼女に届いたかのようだった。今まで開こうとしなかった彼女の口が動こうとしているではないか! “がんばれ”思わずそう心の中で応援してしまった。

 彼女の目がゆっくりと見開かれていく。気が付くと私は貯め込んでいた彼女の不満の元をしっかりと受け止めていた。

 彼女が私の体の一部であるレバーを押す。私は喜びに打ち震えながら、彼女が抱えていた“しこり”をきれいさっぱり洗い流してやる。

 もう彼女の顔はいつも通りだ。やはり私の方針に間違いなどなかった。すっきりした顔で退室していく彼女を見送りながらそう確信していた。

 

 彼女が個室を出た後、その扉越しに話し声が聞こえてくる。

「おまたせ~愛子。ねぇねぇ、ホントに効いたよこの便秘薬!」



 ――私は今日もたくさんの人々の不満を洗い流している。




読了感謝です!


……え~と、解説要ります? これ。

もうお察しの通り、主人公は便器ですね、はい。

なんと言うか……すいませんでした!笑

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― 新着の感想 ―
[一言]  随分と大変な「苦労人」を預かる提供者がいるものだと軽い考えで読み進めて行ってしまいましたが、最後の台詞と後書きを読んで、つい「おおっ!」と声を上げてしまいました。タイトルの意味も、今朝がた…
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