Chap. 1: Deal?
よく晴れた秋の日だった。その日は快晴で、空には雲ひとつなく、ただ青色だけが視界いっぱいに広がっていた。その日も僕は学校に向かっていた。白いシャツ、紺色のズボンにお揃いの色のリュックを背負って、朝のホームルームに間に合うために少し早歩きで向かっていた。ポケットからスマホを取り出して時間を見ると、7時10分。ホームルームの7時30分に間に合わせるためには、通学路のの途中にある森を抜けて通るのが一番早い。大体1ヶ月に二回は使っている抜け道なので、今日もためらわずに森の中に入った。
森の荒れた道をローファーで踏み締める。以前にもこの道を通った時についた自分の足跡がかすかに残っているのがわかった。抜け道を使っているものの、早めに着く分には問題ないと判断して歩く速度を上げようとしたその瞬間、明るかったはずの空が突然暗くなり、視界が真っ暗になった。カラスの声が大きく鳴り響き、真っ黒な空には眩しいほど輝く月と数多の星が浮かんでいる。異常なほどの超常現象に思わずたじろぎ、あたりを見回すと、真正面にオレンジ色の光が灯っているのが森の木々の間から見えた。助かった、あそこには人がいるはずだ。ひとりぼっちは心細いからと、急ぐ胸を宥めつつ走って光の方へ駆けて行った。
黒黒とした森を抜け、やっと光の元に近づくと、その光は随分と背の高い街灯で、それは真っ黒で刺々しい巨大な門を照らしていた。
「なんだよ、これ。」
僕の目の前に広がっている大きな黒い門の先には、漆黒の巨大なヨーロッパ風の建物がそびえ立っていた。一体これは何だ、とトマ遠いながら、だが誰か人に会えることを期待して門を手で押すと、鈍い音を立てて開いた。中に入り、その建物を見上げる。黒い壁が延々と四方に続いており、ところどころにオレンジ色に光っている窓が不規則に配置されていた。異様な雰囲気の建物に目を奪われて呆然と突っ立っていると、「誰」と背後から声が聞こえた。
ハッと振り返ると、そこには女の子が立っていた。暗くてよく見えないが、制服のようなものを着ている。顔もよく見えない。全く知らない場所で全く知らない人に出会っているが、彼女以外に頼れる人もいなさそうなため、僕は懇願するような表情を浮かべて彼女を見つめた。
「ああ、よかった。やっと人がいた!さっきから変なんです、森が突然暗くなって、夜になって、やっと灯りがあるところに着いたと思ったらこんな見たことない建物があって、」
「この学園に所属している人以外の人物の立ち入りは原則禁止されています。即刻出て行って下さい」
女の子は淡々としたトーンでそう言い切り、僕に背を向けて門を出て行こうとした。まずい、彼女を逃すと次いつ人に会えるか分からない、と焦ったところで「待って」と声が出た。
「僕、本当に困っているんです。帰り方も知らないし、そもそもこんな暗いところで他にどこにも行きようがないんです。どうか助けてくれませんか。お礼はなんでもするので」
女の子は足を止めて僕の方に振り返った。ちょうどそこは先ほどの街灯の真下で、僕は彼女の顔を鮮明に見ることができた。闇のように真っ黒な目と髪、オレンジ色に照らされた肌、そして猫のようなカーブを描いた目が僕を貫いた。女の子は数秒僕を注視した後、「取引」と呟いた。
「え?」
「それは取引?」
取引?何を言ってるんだ、この子。冗談だろうか。だとしたらもっとジョークを言うように言ってほしいものだが。ちょっと変わった子なんだな、と思いつつ、「そうだよ」と僕は頷いた。女の子は「ならいいよ」と言い、僕に片手を差し出した。友好の証としての握手だろうか?やはり変わっている、と思いつつ、藁にもすがる思いでその手を握り返すと、突然その手から紫色の光が放たれ、思わず目をつぶってしまった。
目を開けると、女の子は無表情で僕のことを指差した。
「今日からあなたは私の下僕です。私の言うことを聞き、私に従い、私のために毎日働きなさい」
「…え?」
呆然としている僕の顔を見て女の子はニィっと笑った。その不気味で魔性の笑みに、僕の全てが奪われてしまった。




