1. 街から悪が消える理由
「ま、待て! はなしをっ!」
「僕はゴロツキの言うことに決して耳を傾けない! ――正義の名の下に、ここで斬る!」
叫びながら、僕は剣を振り抜いた。
黒刃が空気を裂く感触は確かにあった。
斬撃は男の胸元を正確に通過したはずだ。
それなのに。
ゴロツキはその場に立ちすくんだまま、表情だけが固まっていた。
顎から汗が滴り落ち、呼吸は震えている。
だが、傷がない。血が出ていない。
「な、なにをしっ――」
言葉の途中で、男の姿が消えた。
一瞬、ほんの瞬きの間に。瞬きをしたら、消えていた。
血痕も影も残らない。
石畳に何滴かの汗の跡が、そこにあるだけ。それもその内消え去る。
僕の剣――消滅剣 による“処理”は、いつもこうだ。
誰にも知られず、証拠も残さず、悪だけを世界から静かに消し去る。
知っているのは僕だけだ。
僕が正しく世界を守っていることを。
◇ ◇ ◇
「それで……本当に、終わったんですか?」
店の奥。古い椅子に腰掛けた依頼人が、不安そうに僕を見る。
視線は何度も扉の方へ向き、その度に肩がびくりと震えていた。
「はい。あの最低最悪のゴロツキは、僕が責任を持って処理しました」
僕は力強く言った。
依頼人の前には革袋が置かれている。
だが指先はまだ袋から離れていない。
「……その……本当にいなくなった証拠とか……ないんですか? 死体とか……首とか……事件の話とか……」
「残りませんよ。僕の処理は完全ですので、安心してください」
「……本当に、あいつ……帰ってこないんですよね?」
「はいっ! 絶対にありえないことなので安心してください」
「……」
依頼人はうつむき、言葉を失った。
無理もない。
この店――ゴロツキ処理専門店【ホームル】では、依頼が完了しても“結果”を見ることは決してない。
証拠は残さない。
死体も出ない。
だから依頼人は僕を信じるしかない。
「僕は、困っている人を助けたいだけなんです。そして一人でも悪を減らせれば、みんなが幸せに暮らせると信じています」
微笑みかけて依頼人を安心させる。
これは僕の心から思う真実の言葉だ。
「もうみかじめ料を取られることはありません。何かあれば、いつでも相談に来てください!」
「……ありがとう……ございました」
ようやく革袋から手が離れた。
僕はそれを受け取り、丁寧に会釈した。
「確かに受け取りました! あなたの暮らしを守れたこと、僕も嬉しいです!」
依頼人は深々と頭を下げ、静かに店を出ていった。
そして店を閉め、僕も外へ出た。
お腹が空いた。近くの酒場で食事を取りに行く。
……。
最近、この通りは静かだ。
最初に誰が言い出したのか覚えていない。
ただ、確かに街の空気が軽くなった。
酒場の大声は減った。
路地裏の喧嘩も聞かなくなった。
夜に鍵を閉め忘れても、誰も困らない。
「騎士団の人数が増えたわけじゃねぇよな」
「新しい法令も出てねぇし」
「逮捕の噂も聞かねぇ……」
その通りだ。
誰も捕まっていない。
裁判もない。
死体も出ない。
ただ――いなくなった。
ゴロツキどもが、
街の空気から、地面から、
抜け落ちたように消えていく。
でも皆、薄々気づいている。
誰が何をしているのか。
けれど、誰も口にしない。
消えた名前を語る者もいない。
ただ街から出て行っただけかもしれない。
僕がお金を渡して街の外に逃がしただけと疑った依頼人もいた。
そういう憶測があっても構わない。
それでいいんだ。
僕は今日も、正義のために剣を振るうだけ。
僕の正義は、誰にも止められない。
なぜなら――僕はこれまで一度も間違えたことがないからだ。
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