え? お目付け役の私をお払い箱ですか?
今日も、頭と体が重い──らしい。
ようは、生まれてから ずっとなので、『重い』という認識がない。
問題は、パッと見、役立たずなことだ。
ひと並外れた努力をし、現在の地位を築き、日々、研鑽と精進を重ねる方々にとって、私は『生まれ持った加護だけで生きている』腹立たしい存在なのである。
私に言わせると、それは動物としての本能、
『群れの中に、
怠けてる(ように見える)個体がいたら、
攻撃する』
を制御できてないだけ なのだが……。
ぶっちゃけ、神からの加護を得ているのを『ズル!』と貶して、『努力を怠っている!』と非難する。
(おそらく、ライバル潰しの本能も発動している)
かといって、寄り添ってくるかと思えば、『寄り添わない指導』と称し、
( `Å´)身だしなみも教養も整ってないヤツは、相手にする価値もない!
と歯牙にも かけない。
まるで、独裁者に洗脳された若き親衛隊員、New貴族である。
(共和制で廃された貴族も、一部は こんな だったんだろな……。)
とまれ、神の慈愛は万物あまねく降りたもう。
捨てる神あれば、拾う神あり、である。
どこにいても、何をしていても、『神の耳目』としての役割さえ、果たしていれば良いのだ。
決定権はないし、あったところで、意味もない。
世界は『場所』だ。
今日 明日、滅びるかもしれないし、滅びないかもしれない。
心だか魂だかが無事でさえあれば、肉体が失われようとも、なんということもない。
~とある廃 神殿に残された日記より~




