第八話 穴
高校に入学してすぐのことだった。
「なぁ、お前のピアス、超カッケェな‼」
そう陽気に話しかけてきたのは、クラスメイトの長田三輝だった。
オレはいわゆる高校デビューというやつでカッコつけて右耳に三か所、左耳に五か所、口元に一か所、ピアス穴を開けた。
母親からは、「開けすぎだ!」と怒鳴られ、しばらくの間、浅はか目で見られたうえにろくに口も聞いてくれなかった。
そんなこともあってか、ピアスのことを褒めてくれたことに対して、オレはあまり悪い気はしなかった。
「ははっ! だろ?」
オレは、満更でもなく、そう答えた。
そのことをきっかけに長田や長田のダチとつるむようになった。
でも、しばらくして……
「なぁ、オレの親父がクソダリィんだけど…!」
長田のその言葉に、昼食を共に囲んでいた全員の手が自然と止まった。
「え? なんで?」
武田が不思議そうに長田に聞いた。
「だって、親父すぐオレに突っかかってきて、『勉強ちゃんとしてるのか?』とか、『しっかり寝てるのか? お前のことだから夜中ほっつき歩いてるんだろ?』とかなんとか、ネチネチ言って来やがってよーお前がいるから、家に帰りたくなくなるのに、あのおっさんマジ老害だわ」
長田は不満そうに父親の愚痴を漏らした。
「はははっ‼」
「それは、ひでーな‼」
「でも、俺もそういうことたまにあるぜ⁉」
「親ってなんで、ああも面倒くさい生き物なんだろうな?」
オレ以外の他四人は長田の愚痴に賛同していた。
「なあ? 昼間もそういう愚痴あるよな?」
長田はオレに聞いてきた。
「あ? あー……」
オレは急に長田に話題を向けられたものの、咄嗟に言葉が出なかった。
本当はここで、皆と一緒に長田の愚痴に賛同しておけば良かったのだろう。
しかし、オレはそうはせず、長田の話を聞いて自分がシンプルに思ったことを長田に伝えた。
「……実は……オレ……小さい頃に両親が離婚してて、それで、オレの家ずっと母子家庭だから……そういうのよく分からねぇ……でも! 長田の父親って結局、長田のこと気にかけて心配してくれてるんじゃないのか? それは、俺にとっては少し羨まし」
「はぁ? なに言ってんだ、お前」
長田はいとも簡単にオレの言葉を否定した。
「は?」
長田の冷淡な言葉にオレはは思わず言葉を失った。
「話の腰を折ってるんじゃねぇよ。その気にかけがウゼェって話をしていたんだよ今。お前、ホンットに空気読めねぇな?」
「……‼」
オレは長田のオレを見下すような発言につい頭にカチンときた。
「あぁ……⁉ んだと」
「というか、別に父親じゃなくても、お前も母親に愚痴くらいあるだろ? 例えば……お前の弁当、クソマズそうに見えるけど」
そう言って長田はオレの弁当箱の中身を覗いた。
長田のその言い分は分からなくもない。
最初に目に止まるのは、形がいびつで丸焦げの卵焼きと、スーパーのお惣菜コーナーにあった賞味期限ギリギリのひじきご飯だ。
「これは……たまたまだ。母さん最近忙しくて、疲れていたから、いつもはもっと……」
オレは口を、もごもごとさせながら反論したが長田は「ハイハイ、分かったから言い訳すんなって」と適当に受け流した。
「お前の父親も、そんなマズイ弁当作るような嫁に嫌気がさして出て行ったんじゃねぇのか?」
そう長田が言った瞬間、周りの奴らは爆笑の嵐に包まれた。
「ほんっと! それな!」
「長田イイとこつくな⁉」
オレ以外の五人は馬鹿みたいに笑っていた。
「……」
オレは、母さんの作った弁当をただ見つめることしかできなかった。
「母さん……今日の弁当……」
オレは帰って来てから一番に、仕事が早上がりですでに家に帰宅していた母さんに声をかけた。
「ん? あぁ‼ 今日ほんとごめんね‼ 朝ちょっと寝坊しちゃって……色々やばかったよね! 今度はおいしく作るから‼」
母さんは両手を合わせてオレに謝ってきた。
「いや……大丈夫……もう作らなくていいよ……」
「え?」
「母さんも、朝時間ないし。昼は学校の購買とか、コンビニとかで済ませるから! 母さんもそっちの方がいいだろ?」
オレはそう言って笑った。
「あぁ……そう。まぁそっちの方が助かるけど……でも、朝、時間あるときくらい作るわよ!」
「……っ! だから……‼ もう‼ いいんだって‼」
オレは思わず怒鳴った。
怒っていたわけではない。いや怒っていたのかもしれない。察しの悪い母さんに。
「あんたが見た目まずそうな、手抜き弁当作ったから、あんたはオレのダチに馬鹿にされたんだぞ!」とはさすがに口が裂けても言えなかった。
オレは、次作る弁当がおいしいとか、おいしくないとか正直どうでもよかった。
ただ、アイツらにまた、なにか、母さんの作った弁当がいじられるんじゃないかという不安が一ミリ残っていた。だから、もう母さんに弁当を作ってはほしくなかった。
オレが馬鹿にされんのは百歩譲って良かった。
だけど、母さんがこれ以上馬鹿にされるのは嫌だった。
だからオレは母さんが傷つかないようにと気を使っていたのに、母さんはそんなことはつゆ知らず、ずかずかとお節介をやいてきた。
もしかしたら、これが長田の言っていた「親の気にかけのウザさ」なのかもしれない。とオレはふいに思った。
「あ……ごめん……」
オレは我に返った。
「あの……全然、無理しなくていいから……朝くらい母さんもゆっくりしなよ」
オレは、へなっと笑った。
「そっか……じゃあ今度からお金渡すわね……」
そう言って母さんはどこか寂しそうな顔をした。
(お弁当作らなくなるから、楽になるのに、なんでそんな顔をするのだろう?)
とオレは不思議に思った。
しかし、今更そんなことを考えても、無意味なことは明白だったため、オレは母さんの表情の意味を考えないように目を伏せた。




