第六話 高架橋の下
《ブーッッ》
夜は携帯からラインの通知がきたことに気づき、スマホの画面を開いた。
《どうしたの? 早く帰ってきなさい。》
それは母親からスマホで送られてきたメッセージだった。
画面の右端のデジタル時計には《18:00》と表示されていた。
とっくに日は暮れ、あたりは暗くなっていた。
《ごめん、連絡するの忘れてた》
《今、友達が急に倒れて搬送されたから、付き添ってる 七時くらいには帰るよ》
《車で迎え行こうか?》
《いや! いいよ!》
《晩御飯はどうするの?》
《家で食べるよ》
《そう、じゃあ気を付けて帰るのよ》
《うん 分かった またね》
そのメッセージ既読がついて、会話は終わった。
《友達が倒れた》なんて真っ赤なウソだった。
夜は「はぁ……これでよかったのかな……」と吐息をもらした。
(不良に呼び出されて、帰りが遅くなります。なんて言ったら母さんに心配かけるだろうし……それにタロットカードを人質に取られているから、あんまり大事にすると本当に返ってこないかもしれない……なにか起こるまではとりあえずは誰にも話さない方がいいよね……)
しかし、そんな考えはすぐに打ち砕かれることを、この時の夜はまだ知らなかった。
(もう、本当にいつまで待てばいいんだろう? 場所が間違っている……とかでもないと思うし……この辺で、目立つ高架橋はここしかないからな……)
そう思いながら夜は、地面を蹴って暇を潰していた。
高架橋のコンクリートの柱は、夜の背もたれになり、河川敷の草むらに潜んだコオロギの鳴き声が子守歌のように夜を眠りに誘おうとしていた。
その時――
カサッ、カサッ、と草が動く音が夜の耳に突然入ってきた。
「……!」
夜は閉じかけていた瞼を咄嗟に開けた。
夜はその音が聞こえる方に目をやると、突然、ピカーッ! と目がくらむほどのライトを、何者かに向けられた。
「……! まぶしっ‼」
夜は咄嗟に手で視界を覆い隠した。すると今度は人の声が聞こえてきた。
「あー‼ 本当に来たぞ! コイツ!」
「……!」
どこか嘲るような声に夜は聞き覚えがあった。
夜は目を細めて何とか、声のする方に目をやると、なんとそこには長田がいた。
「うわ~マジでいるのかよ!」
「ははっ! ウケる‼」
夜に向けられたライトは一方向からでなかった。
何方向……いや、何十方向からだった。
長田の取り巻きの西本と杉野のだけではない。河川敷の草むらを埋め尽くすほどの大勢の人間が夜を取り囲んでいた。
ぱっと見でも二十人近くはいる。
「……」
夜はその光景を見て、呆気に取られた。
「いや~長いこと待たせたな~こいつらも、お前に会いたいって聞かなくてな? こんな大所帯でびっくりしただろ」
長田がつらつらと喋り始める。
「いや、お前から誘って来たんだろ!」
と取り巻きがツッコミを入れる。
「ははっ! そうだっけ!」
長田のアホみたいなボケに周りの取り巻きの不良たちもケラケラと笑った。
夜はコオロギの鳴き声のほうがまだマシだと思った。
「あの――」
夜は勇気を振り絞って声をかけた。
「え、なんて? 聞こえないでちゅね~?」
と長田は大げさに自分の右手を右耳にあてた。
「あの……! 僕のカード、返して、もらっても、いいですか……?」
夜は息を詰まらせながら一生懸命、言葉を紡いで言った。
しかし長田は「あ~……」と何か企んでいるようにニヤニヤと笑みを浮かべながら周りにいた取り巻きの不良たちとアイコンタクトをとった。
すると長田は、「いいぞ!」と明るく返事をした。
「……‼」
意外なほどあっさりと自分の要求を承諾した長田に夜は驚きが隠せなかった。
「ほら! ちゃんと持ってきたんだぞ!」
長田は、「はい」と言いながら、タロットカードを持った手を確かに夜の前に伸ばしてきた。
「……」
夜は気持ち悪いくらい素直な長田を不審に思いながらも、タロットカードに手を伸ばした。
しかし、夜の手が触れる直前に、長田の手からタロットカードがこぼれ落ちた――。
同時に夜は自分の体に今までに感じたことのない、体が浮くような衝撃を一瞬にして感じた。
夜の視界がぐにゃりと一瞬で歪んだ。
長田は自分の拳を夜の腹部に突き出したのだ。
「ヴェッ……‼」
夜はタンを吐き出し、腹を抱え込んで歪んだ地面を見つめるほかなかった。
「おいおい、タダで返すわけないだろう⁉」
「ハッハハハハハ‼」と高らかに笑う長田に便乗するかのように、他の取り巻きの不 良たちも爆笑し、河川敷はカオスと化していた。
「ハハッ! コイツ、ホント脳みそ足らねえな!」
「いや~俺らちょうど、ヒマしてたんだよ!」
「まさかこんな、いいカモが見つかるなんて思ってなかったわ!」
「長田バンザーイ」
長田の取り巻きの不良たちは全員、冷ややかな意地の悪い笑みを口元に浮かべていた。
「ヴッ……ゴホッ……! ゴホッ……!」
夜はせき込み、未だに顔をあげられずにいた。
殴られた痛みから夜の目には涙が浮かんでいる。
しかし、長田はそんなことはおかまいなしに「ガシッ」と夜の髪を思いっきり掴みかかり、そして「グイッ」と夜の顔を無理やり地面から自分の方に向けさせた。
「……ッ‼」
「お前、何、被害者面してんだよ。お前が出しゃばったせいで俺と昼間の歯車が、かみ合わなくなったんだろーが‼ その自覚くらいあんのか? あぁ⁉」
長田は鬼の形相で夜を睨みつけた。
「そ、それは、君たちが……昼間くん、に……ッ、して、きたことが、原因……」
「あ? もっと、はきはきしゃべれや、つーか、何、涙目になってんの?」
「…ウゥ……」
夜の目尻から大粒の涙が溜め度もなくポロポロとこぼれ落ちた。
長田はそれを目撃して、「うわ! コイツ何泣いてんの?」と他の大勢の取り巻きの前で冷やかした。
「ハハッ! マジかよ!」
「こんくらいで泣くとかダッセぇー‼」
夜からこぼれ落ちる涙は、その一言一言でさらにぼたぼたと落ちた。
「あーぁ、泣いたってお前のママは迎えに来てくれねぇぜ? あと……残念なお知らせがもう一つ。お前が千発くらうまで、あのカード返してやらねぇからな?」
長田はそう言って「ドカッ‼」とさらに一発、夜の腹に蹴りを入れた。
「ヴッ‼」
夜は草むらの中で苦しそうに腹を抱えてダンゴムシのようにうずくまった。
夜は歪んだ視界の中で長田が悪魔のような笑みを浮かべていることだけ、かすかに捉えることが出来た。
「じゃあーもういいぞーお前らコイツ好きにして、ただし服で隠れる部分だけ殴れよ」
道徳のかけらもない長田の命令に取り巻きたちは、「うぃーす」とけだるけな返事をして指を ポキポキとならした。そして夜にじわじわと近づいた。
(……っ……誰か……助けてっ……)
夜はその時、無意識のうちに昼間の背を思い浮かべていた。




