第四話 見透かす者
学校の体育館につながる外と隣接している渡り廊下はとうに夕日の茜色に染まり、遠くのグラウンドからは野球部の野太いランニングの掛け声が聞こえてくる。
「はぁ……」
昼間からため息が漏れる。
(やっちまったな……)
昼間は少し暗い表情をしてうつむいた。
その時、昼間の背後から、「……っ……! ぐすっ……!」と鼻をすする音が聞こえてきた。
「ん?」
昼間は不思議に思い、ふと、後ろを振り返った。
昼間が振り返った先にいたのは、鼻を赤くしながらボロボロと泣いているメガネをかけた男子生徒だった。
昼間は彼を見てギョっとした。
「泣っ……‼ 何……泣いて……」
「うぅ……ごめんっ……なんか……こみ上げてきちゃって……」
メガネをかけた男子生徒はそう言って何度も何度もメガネの下から目をこすった。
本当は長田たちが怖かったのか。緊張が解けて安心しているのか。または自分が怖くて泣いているのか……昼間にはそれがよく分からなかった。
昼間は、あんまりこするとよくないぞと言ってやりたかったが、言葉にはしなかった。
「~っ……」
昼間は困ったように頭をぽりぽりとかいた。
そして、どうしよう。どうしよう。と考えたあげく、目に飛び込んできたのは、渡り廊下に設置された 緑色の少し錆びたベンチだった。
「あ、あそこ……座らね?」
昼間はそのベンチを指さして言った。
《ピッ!》
自動販売機のボタンが電子音を立てたのちに、ガランガランッと音を立てて冷たいお茶が落ちてきた。
昼間は取り出し口をぱかっと開けてそれを取り出した。
「茶でいいか?」
昼間はそう言ってベンチに座っていた彼の顔の目の前にさっき買った冷たいお茶を見せた。
「……うん……ありがとう……」
メガネをかけた男子生徒は少しおぼつかない口で言ったあと、それを手に取り、ぐびぐびと飲み始め、「ぷはっ」と自分の乾いた喉を生き返らせた。
「少しは、落ち着いたか?」
昼間は彼の隣に座って尋ねた。
「うん……」
メガネをかけた男子生徒はコクリとうなずいた。
「あ~、お前、急に泣き出すからびっくりしたぞ」
昼間は少し気恥ずかしそうに言った。
「んっ……ごめん……」
「別に……いい、けどよ……」
「……」
二人の間には、気まずさや恥ずかしさが混ざったようなぎこちない空気感が漂っていた。
そんな中、メガネをかけた男子生徒が口を開いた。
「あのさ……聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あの人たちとは、なにがあったの?」
メガネをかけた男子生徒が一番聞きたかったことだった。
「別に、たいしたことじゃねぇよ」
昼間はそう言ってはぐらかした。
「……」
だが、メガネをかけた男子生徒は黙って昼間のことをじっと見つめた。まるで、「そんなことないでしょ?」と言わんばかりに。
「……はぁ……実は……」
昼間はその視線に根負けして、これまでの経緯を全て話した。
「……ってなわけだ」
メガネをかけた男子生徒は昼間の話を聞き終わると少し顔をうつむかせた。
「そっか……それは、辛かったね……」
「まぁ、もともと、そういうこと平気でする奴らだって分かっていて一緒にいたからな……しょうがないと言えばしょうがないことなんだけどな」
昼間は、「ははっ」とどこか自分に言い聞かせるように笑った。
「でも、正直……グループから外されんのは結構キツかったな~」
「そ、そんなに一緒がよかったの?」
メガネをかけた男子生徒は疑うように聞いた。
「なんだよ、その言い方……まぁ、そうかもな……」
昼間は彼の言い方にむっとしながらも、彼の問いに対してかなり曖昧な返答をした。
「アイツらといるとオレは、少しハイになれて、自分の孤独感を忘れることができたんだ……」
「それって……」
「オレ、両親離婚していて……今、母子家庭でさ。母親は夜遅くまで仕事していて家ではあまり顔合わせないんだよ……」
そう言った昼間の顔はただひたすらに寂しいものだった。
先日までイキっていた人間とはまるで別人だと思えるほどだった。
「……そう、なんだ……昼間くんって一人っ子?」
「いや、九つ上に兄貴がいるけど大学を退学したみたいで、そこから連絡がつかなくなっちまった。まったく、とんだクソ兄貴だよ……母さんが一生懸命、働いて大学の学費稼いだってのにやめちまうなんて……ほんっと、今どこで何してんだか……」
昼間は思わず不満を吐露した。
(昼間くんの家庭も色々あるんだな……)
「話戻すが、アイツらと馬鹿やりたいからって犯罪に手を染めるかどうかは別だ……オレはどうしても犯 罪には手を染めたくなかったんだ……これ以上母さんに迷惑かけたくなかったから……」
昼間はそう言って自分の手を強く握りしめた。
「でも、アイツらの万引きを止めてしまったら、マジでノリが悪いヤツだと思われて、グループからはぶかれてしまうと思ったんだ。それだけは嫌、だったから『気分じゃない』なんて適当に言って逃げたんだ……それで、アイツらが万引きを成功させようが、させまいが、この関係は壊れないと思ったんだよ……」
「昼間くん……」
「でも、そう上手くは行かなかったな」
昼間は、あはは……と力なく笑った。
「って、こんな話お前にしてもな!」
昼間は雑に笑って話題を切り上げようとした。
しかし、メガネをかけた男子生徒はその手には乗らなかった。
「……あのさ……君の話聞いていて思ったんだけどさ」
「ん?」
「ダサいよ‼ 昼間くん‼」
メガネをかけた男子生徒は急に大きな声を出して言った。
「はぁ⁉ 急にな」
「万引きしたくないなら、したくないって言えばいいじゃないか‼ それをなにうだうだと」
「あぁ⁉ なんだとっ……!」
「もしそれで、仲間外れにされるようないびつな関係なら、壊れたっていいじゃないか‼ だいたい友達をイジメるような人間なんてこちらから願い下げなのに……何をそんなに執着しているんだよ‼ 目を覚ませ‼ この陽キャもどき‼」
「はぁ⁉ サソリモドキみたいに言うんじゃねぇよ‼ この陰キャメガネが‼」
昼間はメガネをかけた男子生徒の胸ぐらを思いっきり掴みかかって言った。
「っ……、お前に何が分かるんだよ……お前みたいに…………誰とも関わろうとせず、傷つかないで生きてきたような人間に、馬鹿みたいに必死こいて周りと馴染もうとしてきたオレの気持ちなんて分かる訳ないだろ‼」
昼間は、息を荒くし、怒りをため込んだ形相でメガネをかけた男子に迫った。
「……っ」
メガネをかけた男子はそれに対して、言葉が出てこなかった。
昼間は荒ぶった心を落ち着かせるように、「はぁ……」と息を吐き出した。
「今日オレの上履きを元に戻したのはお前か?」
「……!」
昼間の突然の質問に夜は目を丸くした。
「えっ、な、何でそれを」
夜の返答に昼間は「やっぱりな……」と当たりを確信したように呟いた。
「おかしいと思ったんだ。何でお前がオレの上履きが自販機に突っ込んであったことを知っていたのか……!」
「……」
「何だ? 同情か? いいご身分だな。オレは……お前みたいな奴に同情されるのが一番腹立つんだよ……‼ どうせ、心の中ではオレの自業自得だって思ってるんだろ? オレ、お前のカードわざと落としたもんな? つい昨日までイキっていた奴が、こんな目に合っているなんて、お前からしたら笑っちまう話だよな? それで、いじめられっ子助けてよ、『なんて自分は優しいんだ!』ってお前はどうせ悦に浸りたいだけなんだろ?」
昼間は頬に片側だけ引きつったような笑みを浮かべて皮肉交じりな口調でそう言った。
「いや、そういうわけじゃ……」
メガネをかけた男子生徒は弁明しようとした。
だが、昼間はそんなことはおかまいなしに口を動かした。
「あぁ? そういうわけじゃないんなら、何だってんだよ、つーかさ、お前オレの話聞いてたか? 孤独感埋められるって話だったんだけど、話ちゃんと聞けよな」
「……」
メガネをかけた男子生徒はすっかり黙り込んでしまった。
「おい、聞いてんのかよ――」
昼間がメガネをかけた男子生徒の体を揺らした。その時彼が口を開いた。
「――今もそう思うの?」
「え?」
「今も君のその孤独感を埋めるために、またあの人達と関わりたい。って本気でそう思ってるの?」
「……そ、れは……」
昼間は歯切れ悪く言った。
「違うでしょ……? だって君、教室にいるときから、ずっと……ずっと……辛そうな顔してるから……」
メガネをかけた男子生徒の瞳に映った昼間の姿は夕立の前触れの空のように、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「……ッ‼」
その言葉に、昼間は息をつめた。
「君の気持ちが全部分かるわけじゃない、でも……」
メガネをかけた男子生徒は自分の胸ぐらを掴んでいた昼間の力んだ手を優しく握って言葉を続けた。
「君が痛いほど辛い思いをしているのは今まで見ていて分かるし……それに君はさっき長田くんたちの誘いには乗らず、僕をここまで引っ張って来てくれた。それが、何より君の……本当の答えだと、僕は思うよ?」
メガネをかけた男子生徒は昼間に対して優しく諭すような口調で言った。
「……!」
(なんだよ……こいつ……なんでそんなに……優しい目をこっちに向けるんだよ……)
メガネをかけた男子生徒の胸ぐらを掴んでいた昼間の力んだ拳は、メガネをかけた男子生徒の体温が、じわりじわりと伝わっていき、ようやくほどけようとした。
その時――
「おい‼ お前ら二人何やってる‼」
その声はまるでメガホンを通したみたいにばかでかく、渡り廊下一帯に一瞬にして響きわたった。
「「……‼」」
突然の大声だったため、二人の体が一瞬ビクッと跳ねた後、すぐさま声のする方向に二人は視線をやった。
(あ、あの人は……泣く子も黙る鬼の体育教師‼)
(桃田かよ……)
昼間は「チッ」と舌打ちした。
桃田は洗礼された上腕二頭筋を露出しながら、ズカズカと足を蟹股にしてこちらに近づいてきた。
「昼間‼ お前コイツに殴りかかろうとしていたのか⁉」
そう言って桃田は血管の浮き出た手をメガネをかけた男子生徒に向けた。
「いや、先生……これは……」
「はぁ? そういうわけじゃねぇよ」
昼間はメガネをかけた男子生徒の胸ぐらから手を離し、桃田に鋭い眼差しを向けた。
「ちょ、昼間くん……あんまりガン飛ばさない方が……」
「でもお前、今コイツに掴みかかっていただろ‼」
「そうだけど、こんな弱っちそうな奴を殴りつける趣味はねぇよ」
(よ、弱っちい⁉)
メガネをかけた男子生徒は昼間のその発言に一瞬突っかかりそうになった。
「……はぁ、話にならんな……とりあえずお前ら二人、職員室に来い」
桃田は頭を抱えて呆れた様子で言った。
「はぁ? なんでだよ、オレ今コイツと話してんだけど」
昼間は納得しない様子で反論するが「先生も話があるんだ。いいから来なさい!」と桃田は昼間の声に耳をかす様子は一切なく、強引に二人を職員室につれていこうとした。
「はぁ? 意味分かんねぇ……行くわけねぇだろ」
「あ、あの先生‼」
メガネをかけた男子生徒が途端に声をあげた。
「ん? なんだ? もう大丈夫だぞ?」
桃田はメガネをかけた男子生徒の肩にポンと手を置いた。
「えっと……あの……」
メガネをかけた男子生徒は口をぱくぱくとしている間にも桃田は話を続けた。
「お前もあんな奴に絡まれて災難だったな?」
桃田は昼間に聞こえないように彼に小声言った。
その様子を昼間は白けた目で桃田を見ていた。
(はぁ、全部、丸聞こえだわ……っていうかあのメガネ、昼間くんにイジメられました!とか言いそうだな)
昼間は、「はぁ」とため息をついた。
「せ、先生……昼間くんは――」
(ほら、やっぱり言うぞコイツ……でも、まぁいっか、これでオレから離れられるんだし……これでいいんだ……これで……)
「――僕の、と、友達です‼」
メガネをかけた男子生徒は昼間の腕を自分の方に抱き寄せて完全にロックしながら言った。
「……‼ はぁ⁉」
昼間を思わずメガネをかけた男子生徒を二度見した。
「え、お前、何言って……」
昼間は驚きを隠せずうろたえた。
桃田も昼間と同様に友達というワードに耳を疑った。
「いや、友達って……」
「はい! 友達です‼」
メガネをかけた男子生徒は自信満々に答えた。
「いや……友達じゃ――」
昼間は否定を試みた。
しかし――
「僕たちトモダチなの……分かる? この意味⁇」
メガネをかけた男子生徒は自身の黒い眼を昼間に向けながら脅迫するような口調で言った。
彼の目を見たとき昼間はこいつの発言を否定する余地なんてないのだと一瞬にして悟った。
昼間が大人しくなるとメガネをかけた男子生徒は今度、桃田に対して喋り始めた。
「さ、さっきのは、ただの戯れです‼ ほら‼ JDがよくやるやつ!」
「それ言うならDKな。オレら女子大学生になっちまうぞ」
「え、あぁ、それかも」
「お前、案外アホだなー」
「なっ! 君はいつも一言余計なんだよ!」
「もーすぐキレんなよ、血圧上がっちまうぞ」
「よ、余計なお世話だよ! というか君がすぐケンカ売ってくるからじゃん!」
「いや、ケンカ売ってるつもりはねぇけど、そんなに言うならやってもいいぜ? まぁどうせお前は泣いて帰るだけだろうけど」
昼間は意地の悪い目を光らせた。
「そ、そんなことないし……や、ヤッテヤルヨ……」
メガネをかけた男子生徒は空いた右腕を左右にぎこちなく振った。
「ぷっ、ははっ! 全然、自信ねぇじゃん、お前!」
昼間は晴れやかで、どこか軽い笑い声を立てた。
「ははっ、やっぱアホだなぁ」
「あ! またアホって……‼」
桃田はその二人のやりとりを見ていた最中、二人に向かってふと、こう言った。
「……なんか、仲、良さそうだなぁお前ら」
「「え」」
二人はその言葉に耳を疑った。
「「いや、仲良く――」
「――ないです‼」」
「――ねぇよ‼」」
メガネをかけた男子生徒と昼間の言葉が途端に息ぴったり重なった。
「ほら、息ぴったり」
桃田が二人に向かって指をさした。
「昼間くん、合わせないでよ!」
「はぁ⁉ お前がずれろよ‼」
二人は顔を見合わせてバチバチと火花を散らした。
「いや~なんかごめんな? 俺、早とちりして」
桃田は安心したように笑って言った。
「いや! そんなことは……!」
メガネをかけた男子生徒は恥ずかしくなって否定を試みようとしたが、桃田は「仲が良さそうで何よりだ‼ じゃあな‼ これからも仲良くやれよ‼」と明るく言ってから猿のごとく颯爽と渡り廊下を去って行った。
「え! あ、行っちゃった……」
また二人ぽつんと渡り廊下に取り残されてしまった。
「……はぁ、いつまで……オレにくっついているんだ?」
「へ? あっ、ごめん‼」
メガネをかけた男子生徒は慌てて昼間の腕から手を離した。
「ははっ、お前はそんなにオレとくっつきたかったのか?」
昼間はメガネの男子生徒をからかうように言った。
「な! 違うよ‼ そうじゃなくて……と、友達っぽさを出したかっただけだし……」
メガネをかけた男子生徒は指をもじもじとさせた。
「あっそう」
(え、なんか素っ気ない? さすがにまずかったかな……?)
メガネをかけた男子生徒はさっきまで笑っていた昼間が急に冷たい態度をとり、そっぽを向く者ものだから、彼の気分を害したのではないかと不安になっていた。
「お前、どういうつもりだ?」
昼間はメガネをかけた男子生徒に疑いの眼差しを向けた。
「ど、どういうって?」
メガネをかけた男子生徒は恐る恐る昼間に聞き返した。
「なんでオレをわざわざ庇った? 今の状況も相まって、オレを吊るいいチャンスだったろ」
「……それは……なんか、自分でも、体が咄嗟に動いちゃったっていうか……」
「はぁ? 答えになってね――」
「――で、でも……! 昼間くんが悪者にされるのは……なんか、嫌、だったから……」
「……‼ ……はぁ? なんだよそれ……お前とんでもないお人よしだな……」
「いや、そんなことはないよ……」
「…………はぁあー! なんかお前といると自分がアホらしくなってくるわー」
昼間は気が抜けた様子でベンチに腰掛けた。
「だいたいお前な、アイツらになめられすぎなんだよ! もっとシャキッとしろ!」
「ん‼ 君には言われたくないよ!」
メガネをかけた男子生徒もベンチに腰掛けた。
(まさかこのメガネと言い争う日が来るとは思っていなかったな……)
昼間はそう思うとおのずと表情も緩んでいた。
「……ったく……その、悪かったよ……」
「……?」
「……お、お前のカード落としたこと……」
「あぁ‼」
メガネをかけた男子生徒はグーにした右手を、左手の手の平にポンっと落とした。
「いいよ……昼間くん! 僕、気にしてないから!」
そう言って、メガネをかけた男子生徒は少し嬉しそうに笑った。
「……!」
「それに……僕も君の教科書床に置いちゃったし! 僕にとってはあれが精一杯の仕返しだったんだよ? ……だから僕の方こそ、ごめんね?」
「……! ……お前……甘すぎだろ……オレのこと一発くらい殴るとかしないのか?」
昼間はそう言って自分の頬を指さした。
「え、しないよ! そんなこと!」
メガネをかけた男子生徒はすぐさま手を横に振った。
「あっそう」
「あ、でも意外だったな!」
メガネをかけた男子生徒は話題を変えた。
「……?」
「昼間くんって謝れるんだね!」
あはは! とメガネをかけた男子生徒は笑った。
「お前、オレを何だと思ってる?」
「え、不良?」
「あぁ‼ もうそうやってはっきり言うところがキライなんだよ‼ オレを不良の一言で片づけるな!」
「だって昼間くんが聞いたから……」
「もう、お前めんどくせぇな‼ そんなんだから、ダチ一人もいねぇんだろ‼」
「それは、か、関係ないって‼」
「おまけに変なカードいじってるし……そういえば……お前が持っていたカードはなんだったんだ?」
「え?」
「ほら、変な絵が描かれてる……」
その言葉でメガネをかけた男子生徒はピンっときたのか、自分の人差し指をまっすぐ立てた。
「あぁ! あれはタロットカードだよ」
「タロットカードって、あのー……あー……占いの?」
昼間は人差し指で円を描きながらカードの用途を思い出した。
「そう! それ!」
「へぇ? じゃあお前、占いができるのか?」
「うん! まぁ一応……」
メガネをかけた男子生徒はそう言って自分のスクールバッグの中をゴソゴソと探し始めた。
メガネをかけた男子生徒は勢いよく返事をしたもののスクールバッグを探っている手が止まりそうになかった。
「あれ? おかしい……ないな……」
「お前、また、どっかで落としたんじゃねえのか?」
「いや、まさか!」
あはは! とメガネをかけた男子生徒は笑った。しかし、スクールバックを漁る手は止まらなかった。
「はい、ないですね」
メガネをかけた男子生徒は潔く認めた。
「……」
昼間は眉間にしわを寄せて口をへの字にした。
「あっでも、もしかしたら机の中に入ったままだったかも! そうだ、そうだ! 思い出した!」
(ほんとかよ……)
昼間は半信半疑だった。
「で、でも、タロットカードはなくても、これならあるよ!」
そう言って、メガネをかけた男子生徒がスクールスクールバッグの中から取り出したのは、手のひらいっぱいの大きさで、持ち手の肌色が見えるほど透き通った球体だった。
「それは?」
昼間が興味津々(きょうみしんしん)に問いかける。
「これは、水晶玉だよ。これでも占うことができるんだよ」
「へぇ~」
(なんかベタだな……)
昼間が水晶玉に目がいっていたとき、メガネをかけた男子生徒は昼間をじっと見つめていた。
「え? なんだ?」
彼の視線に気づき昼間が問いかけると、メガネをかけた男子生徒はキラキラと瞳を輝かせて昼間の顔に近づいた。。
「ねぇ! 試しに昼間くんのこと、占ってもいい?」
「はあ⁉」
「え、ダメ?」
メガネをかけた男子生徒は上目遣いで懇願した。
「ウッ……別にいいけどよ……」
昼間は彼の瞳の輝きに耐えられなくなり渋々うなずいた。
「やった!」
メガネをかけた男子生徒は嬉しそうに声を跳ねらせた。
メガネをかけた男子生徒はベンチの上に黒猫が刺繍された自分のハンカチをひき、その上に水晶玉を置いた。
「カネとか取らねぇよな?」
昼間はベンチであぐらをかきながら不審な目を、メガネをかけた男子生徒に向けた。
「自分から頼んでおいて、取らないよ‼」
メガネをかけた男子生徒は昼間にそう言われるのはかなり心外だと感じた。
「えっと、じゃあ、まず名前と生年月日と血液型を教えて?」
「え? そこから?」
昼間はどうやら想像していたものと違った様子だった。
「ぱっと、水晶玉みたら色々分かるんじゃねえかのか?」
「さすがに、そこまでの、個人情報分かるわけないでしょ⁉ 分かったら怖いよ!」
メガネをかけた男子生徒は、すぐさま反論した。
「わ、分かった、分かった」
「その、色々を知るためは、相手の最低限の情報は必要なの!」
〝まあ本当は別になくてもいいけど……〟
「知った方がイメージもしやすくなるし、それに君の苗字は知ってるけど、名前までは、僕、知らないし……」
「え? なんて?」
メガネをかけた男子生徒が何故か言葉の最後の方だけ口をごにょごにょと濁して言ったため昼間はよく聞き取れず悪気のない様子で聞き返した。
「も、もう、いいから早く!」
メガネをかけた男子生徒は少し恥ずかしそうにしながら昼間をせかした。
「えー?……昼間 明、二〇〇九年の六月二十一日生まれ? 血液型は確かO型……」m
「ふむふむ、なるほど」
メガネをかけた男子生徒が少し満足気な表情をした。
「……そういえば、お前……名前なんて言うんだ?」
「え、僕?」
メガネをかけた男子生徒は、そう聞かれるとは思ってもいなかった。
「お前、人に名前聞いといて、オレだってお前の名前知る権利くらいあるだろうが‼」
昼間は、不公平だ! といった様子でメガネをかけた男子生徒に指を指しながら詰め寄った。
「えぇ……」
なぜかキレ気味の昼間にメガネをかけた男子生徒は少し困惑した。
(名前……名前か……)
「……僕は、灰原夜」
彼は自分の名前を改めて言うのはどこか恥ずかしいと感じたのか少し照れくさそうに答えた。
それを聞いて昼間は満足したように「夜、か……」と呟いた。
(……! 名前呼びなんだ……ちょっと嬉しいかも……)
夜は思わず口角が上がった。
「よし! なんか今日は調子がいい気がする!」
夜は占う気、満々に両腕を横に大きく振った。
「昼間くんは何を占ってほしいとかある?」
「別にコレっていうのは……」
「じゃあ、昼間くん自身を見てみようかな?」
「じゃあそれで……」
昼間は占いに関してはよく知らなかったため適当に返事をした。
(こいつ曰く、水晶玉に占った人間の本当の人物像が写りだすらしい。相手しか知り得ない情報から、相手の知らない情報まで……でも、その情報はこいつにしか見えないらしい……正直……オレはそもそも占いはあんまり信じてないし、おまけに少し胡散臭い匂いがプンプンするし……だけど馬鹿正直なコイツが嘘をつくとは思えねぇな……まぁ、アレはさすがにバレねぇだろ)
と昼間は高をくくった。
夜は水晶玉に両手をかざし、水晶玉をなめまわすように手を動かした。
「……」
夜は水晶玉をまじまじと見つめた。
それからしばらく沈黙が続いた。
「やっぱ、なんも分かんないだろ?」
昼間はうんともすんとも言わない夜にしびれを切らした思わず声をかけた。
「……」
夜は昼間の呼びかけには応じない。
「おい、なんか言え――」
「昼間くん……キミ……人間じゃないでしょ」
夜は妙に落ち着いた様子で言った。
「は?」
夜の発言に昼間は息を呑み、一瞬、全身が硬直したような気がした。
「は、はぁ? 何言ってんだよ、お前……どう見たって、オレは人間……」
「……」
夜はまた黙り込んだ。
「だから、なんか言え」
「……ごめん」
夜はそう一言言ってから水晶玉をスクールバッグに突っ込み、勢いよくスクールバッグのファスナーを引いた。
「お、おい!」
昼間の呼びかけに夜はピクリとも応じず、そのまま燃えるような斜陽を浴びながら渡り廊下を走り去っていった。
「おい! 待て‼」
昼間は追いかけようとしたが、なぜか自分の足は床に張り付いたままだった。
追いかけて捕まえたところで、自分が何をしたいのか分からなかったからだ。
(バレちまったのか? オレの正体が? いや本当に? なんで分かった?)
昼間の脳は混乱を極め、自分が呼吸しているかどうかも分からなくなっていた。
そして、自分でも収集がつかなくなるほどに緊張と焦りを感じていた。
しかし、いくつかの思考を巡らせたのちに出てきた言葉は自分でも思いがけないものった。
「お前も……離れていくのか……?」
昼間は今にも消え入りそうな声で言った。
(オレは……アイツを怖がらせたのかもしれない……)
昼間うつむきながら自分の劣等感をかみ砕くように、歯を食いしばり「クソッ……」と振り絞った声で呟いた。




