第二話 落とし物
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……
「腹減ったー」
「飯だ! メシー!」
「あんた、授業中寝ていたでしょ!」
「あはっ! バレた~~♡」
東京都立十六夜高等学校の二年一組の教室は四限の授業の終わりを知らせるチャイムとともに、男子生徒たちの腹減ったコールと女子生徒たちの授業中寝ていました自慢でごったがえしていた。
しかし、そんな騒がしい教室とは裏腹に、教室の黒板と窓に挟まれた片隅の席だけは静寂な空気に包まれていた。
その席には、制服のボタンをきっちりと留めた、黒髪で黒縁の丸いメガネをかけた男子生徒が座っていた。
メガネをかけた男子生徒の手にはトランプより一回り大きいサイズのカードの束が握られており、そのカードの裏面には人間の目玉と惑星を融合したような絵が描かれている。メガネをかけた男子生徒はそのカードを机上にめいっぱい広げてから腕を大きく動かしてカードをかきまぜた。そのあと、散らばったカードを一か所にかき集めて一つの束にすると、さらにカードの束を手際よくカットした。そして、そのカードの束の上から六枚を机の右端によけてからカードの束を机に置いた。そのあと、メガネをかけた男子生徒はカードの山から一枚、二枚、三枚と引き、すべて上下が変わらないように表にめくってから、一枚目を左側に、二枚目を真ん中に、三枚目を右側に、横一列になるように机上に並べた。
その時、茶髪の男子生徒が前からきてメガネをかけた男子生徒の机の真横を通りすぎた。
そして、茶髪の男子生徒はそのままの足取りで教室の後方を大幅に占拠している不良グループのもとにつくと開口一番にこう言った。
「さっき、トイレ帰ってくるときさーアイツのとこチラッと見たんだけど、なんか気持ち悪いカードを机に並べててさ……!」
茶髪の男子生徒はメガネの男子生徒の方を指さした。
「ん? どういうカードだったんだ?」
グループのリーダー格の男子生徒の口がパックジュースのストローから離れた。
「一瞬しか見えなかったけど、なんか……背を向けたおっさんのカードと、人が落ちているカードと……あとヤバいのは、死神! 死神がいたんだよ‼」
「うわ~なんだよそれw」
「きぃもちわりぃ……中二病かよ……」
「どうせ死神しか友達いないんだからそんな言ってやんなよw」
「おい! バカ! 聞こえるぞ‼」
最初は申し訳程度に落としていた不良たちの声量もだんだんアップし、その盛り上がりが最高潮になった時、その冷やかしのターゲットは途端に机に並べていたカードをそそくさと片づけ、もと入っていたであろうプラスチックのカードケースの中にカードの束を入れてから自分の制服のズボンのポケットの中に乱暴に突っ込んだ。
そして「ガタッ」と音を立てて自席を立ち上がった。
メガネをかけた男子生徒は自分のお弁当箱が入った包みを片手に持ち、教室の出口に向かってまっすぐ歩きだした。
その途中で、毛先がオレンジがかった金髪をハーフアップに結わいた男子生徒がメガネをかけた男子生徒の目の前から歩いてきた。金髪の男子生徒の両耳と口にはトータルで十数個ものピアスが銀色に光っており、さらには、ブレザーは肩にはかけず両腕にだけ通しているだけで、ブレザーはやる気なくだらんと自分の尻が隠れるくらいまで垂れている。
そんな彼は片手に持ったスマートフォンを慣れた手つきでポチポチといじっており、前から歩いて来るメガネをかけた男子生徒に気づく素振りは全くなかった。同様にメガネをかけた男子生徒も、少しうつむいていたため、前から来た金髪の男子生徒に気づかず、スタスタと歩き続けた。
すると二人がすれ違ったその時――
ドンッ――!
「うわ……!」
「うお……」
二人はお互いの肩をぶつけてしまった。
二人がぶつかった拍子にメガネをかけた男子生徒のポケットから、さっき慌てて入れたカードケースが、カンッ――と音を立てて床に落ちそのまま、バラバラバラ……と中身のカードが床に一気に散らばった。
「あっ……ごめん……」
メガネをかけた男子生徒は小声でそう呟いてから床にしゃがみ散らばったカードに手を伸ばした。
「……」
すると、金髪の男子生徒も床にしゃがみ床に散らばったカードを集め始めた。
「……!」
その様子を見てメガネをかけた男子生徒は目を丸くした。
床に落ちたカードを二人で全て回収すると、金髪の男子生徒がしゃがみながら、ちょい、ちょい、とメガネをかけた男子生徒に向かって指を動かした。
メガネをかけた男子生徒は最初、ん? と思ったが、彼がこちらを指さす手振りで理解した。「お前の持っているカード渡せ」と彼は言いたいのだろう……とメガネをかけた男子生徒は解釈した。
そして、メガネをかけた男子生徒は流れるままにはカードケースと拾ったカード達を金髪の男子生徒に「はい……」と言って手渡した。
それを受け取ると金髪の男子生徒は立ち上がった。すると金髪の男子生徒は拾ったカードの向きをすべてきれいに整えてから、カードケースの中に丁寧にしまった。メガネをかけた男子生徒もつられて立ち上がり、その様子を静かに見ていた。
そして金髪の男子生徒はカードケースを持った手を「ん」と言ってメガネをかけた男子生徒の前に伸ばしてきた。
「……!」
メガネをかけた男子生徒はカードケースに手を伸ばした。
「あ、ありがと――――」
――カンッ――――!
――――バラバラバラ……
その言葉を遮るように、また聞き覚えのある音がメガネをかけた男子生徒の耳に飛び込んだ。
気づいたときにはカードケースは床に落ち、さっきと同じように、中に入っていたカードが床に散らばっていた。
「あ、ワルい……手が、スベったわ」
金髪の男子生徒はのりで貼り付けたような笑みを浮かべ、くすんだ琥珀色の瞳でメガネをかけた男子生徒を見据えていた。
そして金髪の男子生徒はメガネをかけた男子生徒の耳元まで近づき
「邪魔だからどけよ」
と舌先に氷を載せたような冷たい口調で言い放ったあとメガネをかけた男子生徒の肩にドンッと自分の肩をわざとらしくぶつけてからその場を去って行った。
彼の行先は案の定、教室の後方のロッカーのあたりでたむろっている不良グループの輪の中だった。
不良たちはメガネをかけた男子生徒の方を時折チラチラ見ながら、ニタァと歪んだ笑みを浮かべていた。
「…………」
メガネをかけた男子生徒は、黙々と床に散らばったカード達を丁寧に集めてからカードケースにしまい今度はカードケースをポケットの奥深くにしまった。
そして彼はうつむきながら教室を足早に去って行った。その様子を金髪の男子生徒はチラッと横目に見ていた。
(そういえば、アイツ……名前なんだっけ?)




