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第十一話 ノイズ

「――君は……結構エネルギッシュでやる気は十分……だけど、一、二年、前が、かなり、荒れているね、なにか習い事とか点々とした?」

 僕は机に置いた水晶玉に手をかざしながら言った。

「灰原くん、すごい‼ 当たってる! 私! 色んな習い事やっていたんだけど、全部、途中で飽きちゃったんだよね!」

 そう黄色い声を上げたのは、向かいの席に座っていたポニーテールと赤いリボンが特徴的な同じクラスの()()という女の子だった。

「おー! すげぇな! 灰原‼」

 僕たちの周りを取り囲んでいたクラスメイトの観衆は僕たちにくぎ付けだった。

「へへっ、そうかな?」

 僕は、頬を指でぽりぽりかきながら答えた。

「やっぱ、ウワサは本当だったんだな⁉」

「だな!」

「そういえば、舞子(まいこ)ちゃん……灰原くんの言うとおりにしたら、(たく)()くんと付き合えたんだって‼」

「え~♡ 拓真くん、ワタシねらっていたのに~♡ 私も~占ってもらえばよかったな~♡」

「まぁ、あんたは顔と体形をどうにかしな」

「ハア‼ なっ」

「そんなことより! 灰原くんすごいね‼」

「ちょ……ワタシのはなしを――」

「そうだよ! ねぇ、次、わたしのことも占って!」

「え、ずるい! わたしも!」

「おれも、占ってくれ!」

「ワタシもよ‼」

「はははっ……いいよ、順番にね」

「やったー!」

 占ってほしいと申し出たクラスメイトたちは嬉しそうな声を上げた。

 僕はその時、小学校五年生だった。

 僕は物心ついたときから、水晶玉で人の心の内や、運勢、過去、現在、未来などを一通り占うことが出来た。

 そのためクラスで僕は一時期、かなりの人気ものだった。

 他クラスからも占ってほしいという声があとをたたず、仲のいい友達も普通に学校にいた。

 しかし、それを面白くないと思う人も少なくはなかった……。

 

 ある日の放課後、僕はちょっと素行の悪いクラスメイトたちに呼び出され、茜の斜陽がさす教室に居残っていた。

「え? 違う?」

 僕は聞き間違いかと思って、向かいの席に座っていた同じクラスの横腹の突き出た、ガキ大将の男の子、多田(ただ)くんに聞き返した。

「ああ‼ 全ッッ然‼ 違うな!」

と多田くんは溌剌(はつらつ)に言った。

「うわぁマジかよ……」

「え~灰原、外したのかよ?」

 多田くんの取り巻きの子たちは僕に野次を飛ばしてきた。

「いや……嘘……」

 僕は信じられなかった。

 今まで僕の占いが的中しなかったことなんてなかったからだ。

「多田くん、生まれたとき生死の(さかい)をさまよったでしょ」

 僕がもう一度多田くんに確認する。

「さまよってねぇよ」

「自分のお母さんとつい最近までお風呂入っていたでしょ」

「入ってねぇよ……」

「つい最近、おねしょして布団を汚したでしょ!」

「……してッ……ねぇよ……」

「あ! あと、最近――—」

 僕の机がバンッと勢いよく揺れた。

「だから‼ やってねぇって言ってるだろうが‼ その『最近シリーズ』やめろ‼」

 多田くんは、冤罪を吹っ掛けられたくらいと思うくらいに激怒した。

「いや……だって……」

「だっても、なにもあるか! ウソを付いているのはお前の方だろ! オレが違うって言ってんなら違げぇんだよ! 本当は、普段の占いもテキトウにそれっぽいこと言うか、実はどこか耳にしていたこと言って、当てているフリをしているだけじゃねえのか?」

 多田くんはそう言って僕に詰め寄った。

「そうだ! そうだ! 多田くんが小五でおねしょするわけないだろ‼」

出っ歯でキツネ目の取り巻きを筆頭に他の取り巻きの子たちも「そうだ! そうだ!」と抗議した。

「……」

 多田くんはそれを無言でスルーした。

「……違う……」

 僕は振り絞った声で言った。

「あ! それかストーカーでもしてるんじゃねえか? ()()ちゃん、かわいいもんな?」

 多田くんは今閃いたように言った。

「……してない……」

「あ? お前、声小せぇよ。どうせ、勉強しか取り柄がないから、人気出したくてウソついたんじゃねぇのか⁉ ああ⁉」

 多田くんは僕の目の前で唾を飛ばしながら怒鳴った。

「……っ……うぅ……ちがうっ……」

 僕は最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどきかなくなってしまった。

「うわ! コイツ泣いてるぜ!」

 多田くんは泣いている僕を取り巻きのみんなに見せびらかすように言った。

「ははっ! 図星つかれて泣いてんじゃねぇの⁉」

 取り巻きの男の子たちも、ケラケラの虫のように僕を嘲笑った。

 僕は、図星をつかれて泣いているわけじゃなかった。

 僕はとても気が弱く、人から大きな声で怒鳴られたり、傷つくことを言われたりするとすぐに泣いてしまった。

 それは、正直今も変わらない。本当はもっとあの時、言い返せば良かったのだろう。でも、僕は多田くんが怖くて言い返すことができなかった。

 その時からだろうか。


 僕の占いが全く当たらなくなったのは。


「君、事故にあったことあるよね?」

「いや? 全く?」

 サイドテールの女の子が言った。


「君がお母さんに許してもらうには――」

「なぁ、言われたとおりにしたけど、逆に、余計なことするなって怒られたんだけど、どうしてくれんだよ」

 短髪の男の子が言った。


「――拓真くんと付き合うには――」

「ねぇ⁉ アンタに言われた通りに体重一キロ落としたけど、拓真くんに全然振り向いてもらえないんだけど⁉ ワタシの努力返しなさいよ⁉」

 眉が手入れされず両眉がつながった、(あご)がタプタプと揺れる女の子が言った。


(あれ? みんなの期待に応えられて、ない? いや、ちがう……たまたまだ……今度こそは……今度……こそは……)

「ねぇ最近、灰原くんの言っていること当たった?」

 僕は日直で花瓶の水を変えようと廊下に設置された水道に向かっていたが、しかし、すでにそこには先客がいた。

 同じクラスの女の子二人組だった。

 その二人が僕の名前を突然出したため、僕は咄嗟に歩を止め、廊下の角に隠れた。

「いや、全然!」

「だよねー」

 そのがっかりした声に僕の心はズキッとうずいた。

「ウワサ何だけどさ……灰原くんが今までに当てたことは、全部もともと誰かから聞いたり、実際に見たりして知っていたことなんだって!」

「え! なにそれ!」

「由衣ちゃんのことも、あとをつけていたんじゃないかって! みんな言ってたよ!」

「うわ~確かに、灰原くんならやりそう~」

「ねぇ~! ああいう大人しそうな子が一番そういうことやるんだよ。ママが言ってた」「人気者になりたいからってさすがにひどいよね?」

「ホントそうだよね! ――あっ! 由衣ちゃんだ‼」

(……!)

 僕は廊下の角から思わず顔を出した。

 すると女の子二人の奥から通りすがりの由衣ちゃんの姿が見えた。

「あ! 二人とも! どうかしたの? こんなところで」

「あぁ……実はね――」

とクラスの女の子の一人が、由衣ちゃんに何かの話を持ち掛けようとした。

 僕はその内容を即座に察し「あ、あの!」と咄嗟に女の子たちに話しかけた。

「……‼」

 女子二人は、今の聞かれてた⁉ といった様子で僕を見た途端たじろいだ。

「あの……僕……」

(訂正……しなきゃ……それは「(うそ)」だって、そうしないと、どんどん広がって行ってしまう……それに、由衣ちゃんに誤解されたくない!)

 僕は気持ち悪く脈が波打つ感覚から一刻でも早く抜け出したかった。そのためへばりついた口元を一生懸命動かした。

「あの――!」

「あ! ごめん! 灰原くん、私たち、これから用事あるから! ね!」

 女子一人が残りの二人に確認するようにアイコンタクトをとった。

「う、うん!」

「え? いや私はなにも――」

 由衣ちゃんは何も知らないため、その手には乗らない様子だった。

「い、いいから……!」

 しかし、女子二人は由衣ちゃんを半ば強引に引っ張った。

 由衣ちゃんは、「え、え?」と戸惑っていた。

「……あ……」

 僕は口をぽかんと開けていた。

「あ! 灰原くん!」

「はい⁉」

 僕は由衣ちゃんに名前を呼ばれてドキッと心臓が止まった心地がした。

「私のこと、また占ってね!」

「……!」

 由衣ちゃんは屈託のない笑顔でそう言った。その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも輝いて見えた。

 僕は、本当はその願いに「うん‼」と、由衣ちゃんと同様の笑顔で応えたかった。

 しかし、僕は喉に言葉がつっかかって出てこなかった。

(当たらない占い……もし、当たったとしても、由衣ちゃんは、どんな目で僕を見てくるんだろう……)

 僕は無言のまま、三人が去っていくのを置物(おきもの)のように眺めることしかできなかった。


 それからというもの、由衣ちゃんは、自分から『占って』なんて言っていたのに、うんともすんとも言ってこない。

 むしろ僕は距離を取られたような気がしてならなかった。

 しかし、それは由衣ちゃんに限った話ではない。

「ねぇ……帰ろう……!」

 僕はいつも一緒に帰っていた友達五人に声をかけた。

 すると五人は顔を見合わせた。そして五人のうちの一人が口を開いた。

「あ~……もうお前とは帰らねぇよ」

「え?」

 僕は不意に腹を突かれたような気がした。

「なんで?」

「なんでって……分からないのか? もうみんなからの信用ゼロだぞお前」

 五人は僕のことを路肩の小石でも見るような冷たい眼差しで見据えた。

「そうそう、みんなからエセ占い師って影で呼ばれているの知らないのか?」

「おい! バカ! それ言うなよ!」

「もういいだろ。別に。友達じゃないんだから」

「……!」

「っていうか、そもそも水晶玉見ただけで、個人情報分かるとか、さすがにあり得ないだろ……分かったら普通に考えてキモイし」

「それに男のくせに占いとか……なぁ? 女ならまだしも……」

「そういえば、お前の親も占い師なんだっけ? そんなスピリチュアルな家庭に生まれたから、お前も特  別な力あるって勝手に思い込んでただけじゃねぇの? 名前も変だし」

「ははっ! それは関係ないだろ‼」

「いや! だって『(ヨル)』だぜ! 親のネーミングセンスどうかしてんじゃねぇの?」

「俺たちも、もう高学年なんだから、そういうの卒業しろよな。さすがにイタイぞ?」

 侮辱の笑い声が針のように僕の心を刺した。

 僕は見える世界がコマ送りになった。

 涙は……なぜか、その時は出なかった。

 もう、涙腺を通り越すほどのショックを受けていたのかもしれない。

 僕が泣いたのは、下校途中だった。

「嘘じゃない……嘘じゃない……嘘じゃない……ウソじゃ……‼ うぅ……嘘じゃないッ……‼」

 僕はふつふつと湧き出てくるヘドロを取り除こうと必死にぶつぶつと呟いた。

 なんで、僕は占いができたのだろう。

 最初からできなかったら普通にみんなと仲良く……いや……無理だ……僕は、占いが出来なかったら、ただの人と話すことが苦手で、弱虫で暗い、地味な奴だった。

「占い」は僕にとってみんなと話すきっかけで、人気者になりたいというのも、あながち間違いではなかった。気になる女の子と話したいという下心も正直あった。

 僕は、ずっと「占い」ができる自分にうぬぼれていた。普通のコミュニケーションを放棄した。

 多分、今じゃなくても、この調子ならいつかはこうなっていたのだろう……全部、自分のせい、親が名 付けた名前を馬鹿にされたのも、僕がなめられていたからだ……全部、自分のせい、全部、全部……。

 僕はそれ以来、誰かを占うことをやめた。もう、あんな気持ちになるのはもう嫌だったから。中学時代も、人付き合いが苦手で友達が一人も出来なかった。

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