第十話 胸の内
コオロギの鳴き声がけたたましく昼間と夜の耳に響いた。
いつもは鬱陶しいと感じるが、今日はどうもその鳴き声が心地良いと二人は感じた。
「はぁ……」
昼間はため息をつきながら、地面に散らばったタロットカードを一枚一枚丁寧に拾い集めた。
「なぁ、このカード……」
昼間は夜に近づいて言った。
(……?)
しかし、夜はまるで時が止まったように瞬きもせず昼間の瞳を一点に見つめていた。
「おーい」
昼間が夜の目の前で手を振るが夜は無反応だった。
「おい……おい! 夜‼」
「えっ!」
昼間の三回目の呼びかけで夜はようやく意識が戻った。
「お前、大丈夫か? ぼーっとして……なんか上の空だったぞ」
「あ……ごめん」
「頭打ったのか?」
昼間は心配そうに夜の顔をのぞいた。
「いや、そうじゃなくて……君の目がきれいだなーって思って……」
「はぁ?」
昼間は夜が何を言っているのか本当によく分からなかった。
「いやいや……もっと他に言うことあるだろ……」
「……」
夜はまた昼間を見つめた。
「い、いつまでも寝ぼけたこと言ってんじゃねぇーよ!」
昼間は夜の頭にチョップをかました。
「イタッ!」
夜は頭をさすった。
「……ほらよ」
昼間はタロットカードを夜に差し出した。
「あ……!」
それを見た夜は目をパチパチとさせた。
「……ありがとうっ……!」
夜はカードケースに手を伸ばし、しっかりと、受け取った。
「あ、あとこの玉もな?」
「あぁ! ありがとう……!」
そう言った夜の目には光が戻っていた。
そして夜はごくりと唾液を飲み込んだ。
「……えっと……昼間くんその格好……」
夜は恐る恐る昼間に聞いた。
「あぁ……これはだな……いや。ちょっと場所、変えて話そうぜ?」
昼間があたりを見回すとあたりの草むらに屍と化した不良たちがごろごろと転がっていた。
「あ! うん! それもそうだね」
夜はこんな場所で話すことではないと察し、地面に手をつき立ち上がろうとした。
「た、立てるか?」
「うん、なんとか……ウッ‼」
夜は右足に痛みがはしり思うように立ち上がれなかった。
「おいおい! 無理すんなって……」
昼間は夜に手をかした。
夜は昼間の肩を借りながら、高架橋の下から離れた。
そして、河川敷の上の方の野原まで移動した。
「この辺でいいか?」
「うん」
二人は、河川敷の草原に座りこんだ。
「あの、見ての通りっつーか。多分……お前が占った通りだよ……オレは人間じゃない……オレは……人狼だ」
昼間が神妙な面持ちで言った。
「……やっぱり……そう、だったんだ……」
夜は自分の手を強くを握った。
「……」
すると、昼間は耳や尻尾をしまって人間の姿に戻った。
「じゃあ、さっきとか昨日とか、長田くんが昼間くんに対して、すごく怯えていたのも……もしかして……」
「多分、人狼の殺気にビビったんだろ。昔から怒りがこみ上げてくると勝手に出ちまうんだ……これで何人も傷つけて……迷惑、かけて……」
昼間は暗い顔をして、体を縮めてふさぎ込んでしまった。
「昼間くん……」
(多分……彼はずっと、悩み、苦しんできたのだろう……人狼である自分自身に……それなのに……僕は……)
「つーか、お前、今日オレのこと避けていただろ?」
昼間はふてくされたように言った。
「ゔっ……!」
夜は思わずぎくりとした。その様子を見て昼間は当たりだと確信したように「やっぱり……」と呟いた。
昼間は「はぁ」とため息をついた。
「やっぱ怖いよな……」
昼間はそう言ってまたうつむいた。
「いや! 違う! ……って言いたい、ところだけど……僕は……本当は心のどこ昼間くんを怖いと思っていたんだと思う……正直それが本音…………ご、ごめん……‼」
そう言って夜は頭を深々と下げた。
「ふっ……いや別に謝ることでもねぇ――」
「――でも‼」
夜は昼間の言葉を遮って言った。
「でも……昼間くんは……本当はすごく優しい人なんだって……僕のこと助けに来てくれたし…… 僕、見ていたよ? 昼間くん戦っているとき、地面に散らばった僕のカードを自分でも相手にも踏ませないように戦っていたことを……」
昼間は目を丸くした。
(コイツ……そんなところまで見ていたのか……)
「ありがとう。そして、ごめん。君のことを誤解して、避けてしまったこと……本当に……ごめんなさい……‼」
夜の目から、大粒の涙が留め度もなくぼろぼろと落ちた。
「……!」
昼間の目にも涙がうすく光った。
「ははっ……まったく……お前は本当に泣き虫だな……気にしてないから泣くな」
昼間は夜の大粒の涙を人差し指で優しくすくった。
「ほら、鼻啜れ」
昼間はズボンのポケットからポケットティッシュを取り出して夜に渡した。
「うぅ……ありがとう……」
そう言って夜は昼間から貰ったポケットティッシュで鼻をずるずると啜った。
「はぁ……昼間くんは大丈夫? あの人に殴られていたよね?」
夜は心配した様子で、昼間の左頬に触れた。
「痛くない?」
「いや、オレ人狼だぜ? このくらいなんてことない」
昼間は夜の手をとって、そっと下ろした。
「そんなことより自分のことを心配しろよ、オレのせいでこんな目に合って……」
昼間は、自分の問題に夜を巻き込んでしまったことに強く責任を感じていた。
しかし――
「ううん……昼間くんのせいじゃないよ」
夜は首を横に振った。
「……‼」
昼間は、ばっ! と顔をあげて夜を見た。
「あの人たち全部が悪いんだから‼ 昼間くんが責任を感じることは何もないよ!」
「……でも……」
「それに、僕のこと助けてくれたじゃん! 僕……嬉しかったよ」
夜はまっすぐな眼差しを昼間に向けて言った。
「……ッ‼」
昼間は夜の目を見ると自分の感情がいっぱいになって、今にも溢れてしまいそうになった。
「それにもとはといえば、僕がタロットカード落としたのが原因だし!」
「ん? どういうことだ?」
溌剌と言った夜に対して昼間は首を傾げた。
「あぁ、実は……かくかくしかじかで……」
夜はこれまでの経緯を話した。
「はぁ~お前なぁ……」
呆れたように昼間は自分の額に手を当てた。
「あはは……」
夜は苦笑いでごまかそうとする。
「お前、物落としすぎなんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
夜は面目ない様子で言った。
「あれ? そういえば……」
夜は何かに気づいたような口調で言った。
「そもそも、なんで昼間くんはここにいるの?」
「なんでって、お前を助けるために決まっているだろ? クラスの奴らが話していたのを聞いたんだよ。 お前が長田に呼び出されたってな」
「あぁ! そうだったんだ!」
「つっても、肝心の呼び出された場所が分からなかったからなー……結構、探すのに苦労したんだぞ」
「へぇそうだったんだ。で、でも! よくここが分かったね!」
「あぁ、それは……これを手掛かりにしたんだ」
昼間はなにやら自分のズボンのポケットに手を入れた。
「……?」
(なんだろう?)
昼間がポケットからなにかを取り出した。
「あ! それ‼」
夜は昼間がポケットから取り出したものを見て声をあげた。
「僕のハンカチだ‼」
昼間が持っている黒猫の刺繍が入ったハンカチに夜は見覚えしかなかった。
夜の驚きの声に昼間は、「ははっ」と引きつったような笑みを浮かべた。
そして昼間は、「ほらよ」と言ってにハンカチを渡した。
「え、なんで⁉」
夜は目と口をまん丸にして言った。
「『なんで⁉』……じゃ‼ ねぇよ‼ お前ぇ‼ オレのこと水晶で占う時、下にそれ引いてただろ⁉」
昼間は夜に向かって指をさしながら言った。
「え?」
「だけど、忘れてそそくさと帰っちまうから……」
「あぁ‼」
(そういえば、そうだった……‼)
夜は思い出した途端、顔をしかめた。
「え、それで、僕にこれを返そうと今日話しかけてきたの?」
「まあ、それもあるな」
「あーそうなんだ。届けてくれようとしてくれたんだ。えーごめんね。届けてくれてありがとう」
夜は少し気まずそうに言った。
昼間はそれに「おう……」と返事をした。
(僕……めちゃくちゃ悪いことしちゃったじゃん‼ せっかく昼間くんが届けようとしてくれていたのに、今日、ずっと避けちゃって……僕、最低だな……)
夜は自分の過ちに打ちのめされた。
「ん? どうした?」
黙り込んでしまった夜に、昼間は首を傾げた。
「う、ううん……! なんでもない! そ、それより手掛かりってどういうこと?」
「それは……ハンカチについたお前の匂いと道についたお前の匂いをたどってきたんだ」
「え! そんなことできるの⁉」
「ははっ、人狼の嗅覚なめんなよ? 特にお前の匂いは独特だからな。割と他の人間の匂いと、かなり区別がつくほうだったから、まだ良かったな。まぁ、つっても学校の中も含めて探したから結構、時間食っちまったけど……」
「そ、そっか……え、その独特ってさ……つまり臭いってこと?」
夜は思わず自分の体を嗅いだ。
「いや? オレは好きな方の匂いだぜ?」
昼間はナチュラルに言った。
「え? それってどういう……?」
夜は咄嗟に自分の身を守るように体を縮めた。
「待て、変な目で見るな。そういうやましいやつじゃねえ」
「え~、ホントに?」
夜は昼間に疑いの眼差しを向けた。
「あぁ……あとアレだ‼」
昼間はこの空気に耐えられなくなり話題を変えた。
「アレって?」
「燃えてる匂いだよ、多分ここで花火か、なんかやってたんだろ?」
「あぁ! そうそう! やっていたよ、ここ火気厳禁なのに……」
「やっぱりそうか……周りの家が燃えている様子もなかったし、花火か何かだろうと思ってな。こんな時間にこんな街中で花火とか……そんなの不良がどこかにたまって、やっている以外ないだろ? それで人目につかず、火遊びができる場所っていったら、ここに辿りついたんだ」
「へぇ‼ すごいね! 警察犬みたい‼」
「まぁ……狼だけどな」
昼間は照れくさそうに、頭をかいた。
「あと、お前‼ ハンカチといい、カードといい……もう一回言うが‼ 物を落としすぎなんだよ! 気をつけろよな‼ また、変な奴(長田あたり)に取られたらどうするんだよ‼」
昼間の説教が夜にとんだ。
「それは、本当にごめんなさい。反省してます」
「ふん、分かれば良いんだよ」
昼間は満足したように言った。
「昼間くんは……」
「……?」
「なんで、そこまでして僕を助けようとしてくれたの?」
夜は真剣な顔で昼間に尋ねた。
「……それは…………」
昼間は一瞬、間を置いた。
「あ~……だって、お前、オレのこと……助けてくれた。じゃんかよ……」
昼間は首をポリポリかきながら、歯切れ悪く言った。
「……! で、でも! あれは、結局、昼間くんが、長田くんを威圧したから済んだ話で……僕は何の力もないのに、話に割って入ったけど、なんの役にも立たなかったし……」
夜の声はだんだんと小さくなり、結局最後にに残っていたのは自分への情けなさだけだった。
しかし――
「それは、違うな」
昼間は夜の発言をきっぱりと否定した。
「え?」
「オレは諦めていたんだ。どうせこれ以上、アイツらと会話を試みたって、何も変わらない。もしオレがとやかく言ってこれ以上悪化するのも勘弁だった。それなら、アイツらの気が済むまで、オレをイジメさせれば、そのうち飽きて終わるだろうと思ったんだ……でも、正直辛かった……けど! その時――お前が、目の前に現れたんだ……!」
「……!」
「お前は……真正面から長田たち向かって行って、オレを助けようとしてくれた。それを見てオレはすげえビックリしたよ……だってオレはお前にひどいことをしたのに……」
二日前、昼間が廊下を歩きながら自分のスマホに来た母親からのメッセージに目を通していたときのことだった。
《今日も帰るの遅くなる。夕飯は冷蔵庫に置いてあるからそれ食べてね》
母の言う夕飯とはスーパーのお惣菜コーナーで買った弁当。あるいは、ぱぱっと作れるチャーハン、その二択のどっちかのことだった。
そしてメッセージにはまだ続きがあった。
《最近帰るの遅いでしょう? どこほっつき歩いてるのか知らないけど、非行少年にだけはならないでね》
昼間はそれを読んでふいに母親の怒っている顔が思い浮かんだ。
(うわ、バレてたか……つか、余計なお世話だっつーの)
《ハイハイ 分かっていますよ》
(っと……)
昼間が口先だけの言葉をポチポチと打っていた。
――その時、前から来たメガネをかけた男子生徒とドンッと体をぶつけてしまった。
そして、ぶつかった拍子にメガネをかけた男子生徒のバッグからカードケースが、カンッ――と音をたてて落ち、カードがバラバラと床一面に広がった。
「あっ……ごめん……」
メガネをかけた男子生徒は床にしゃがんで手を伸ばした。
(ったく、なにやってんだよコイツ……)
昼間は嫌悪の眼差しでメガネをかけた男子生徒を見据えた。
(チッ、仕方ねぇな……)
昼間は何だかんだ思いつつも、床にしゃがんでカードを拾いだした。
そして昼間はカードケースにカードを丁寧にしまい「ん」と言ってカードケースを持った手を、メガネをかけた男子生徒の前に差し出した。
その時、昼間は後方のロッカーのあたりで、いつも一緒にたむろっている長田たちの視線に気づいた。
(あ……オレ、何してんだろ……)
昼間はふいにそう思った。
(こんなことしても、アイツらにはウケねぇよな……でも、どうするか……あ、じゃあ……もういっそのこと、コレ落とせばいっか)
長田たちの思考に落ちるように、昼間の手からカードケースがいつの間にかこぼれ落ちた。
(はぁ、あの時はオレどうかしていたな……)
「お前は、こんな、どうしようもないほど腐りきっていたオレに手を差し伸べてくれた。オレはその手を、放したくないと思っただけだ。それに……一応、友達ってこと、だったし……」
昼間は最後の方になるにつれて、恥ずかしくなってきたのか、口をもごもごとさせた。
「ふふっ、そっか……なんか照れるな……」
夜は柔らかく笑った。
「なんか……友達とか小学生ぶりだな!」
夜が笑って言った。
「いや、お前そんな昔からダチいなかったのかよ」
「うん……僕もさ、昔に君と似たようなことがあったから……」
夜の表情が途端に曇った。
「似たようなこと?」
昼間は夜に聞き返した。
「……僕が……小学生の頃だったかな……」




