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こわおもてな旦那さま  作者: おかやす
第1章 こわおもてな求婚者
9/16

1-09. 笑顔の一本締

 バルバ様の怒声に、熱く盛り上がっていた会場が一瞬で凍り付きました。

 鍛え抜かれた精鋭の皆様が、直立不動で立ちすくんでいます。バルバ様の殺気のこもった目に射抜かれて、血の気が引いた顔になっています。


 うわー、バルバ様、(ゲキ)(オコ)ですね。

 あそこまで怖いお顔、初めて見ました。


 あんな顔でにらまれては、皆様酔いなんて醒めてしまったでしょう。お隣から「やっべー」というキリア様のつぶやきが聞こえてきます。ひょっとしてこのパーティー、バルバ様には内緒だったのでしょうか。


「おい」


 鬼と化したバルバ様が、近くにいた騎士に詰め寄りました。あ、最後にプレゼンしてくれた若いお方ですね。


「なにゆえにデイジー殿がここにいる。答えよ」

「あ、の……」


 若い騎士くん、震えあがって声が出ないようです。するとバルバ様、怒髪天を衝く形相となり、雷鳴のごとき一喝を落とします。


「聞こえなかったのかぁっ! 答えよっ!」


 若い騎士くん、へなへなと崩れ落ちてしまいました。あらら。


「あー、団長……」


 慌てて割って入ろうとするキリア様。そのキリア様の袖を、私はつかんで引き留めました。


「……え?」

「私が」


 驚くキリア様を横目に、私は前に出ました。


「バルバ様、落ち着いてください。お顔がとっても怖いですよ」


 ええ、本当に怖いです。盗賊が一睨みで降参した、一喝しただけで敵兵を倒した――その噂は本当なんだ、て実感しちゃいました。

 でも。

 私、ちっとも怖くないです。むしろ、なんだかかわいいなー、なんて思っちゃいます。だって、あれは多分。


「ところでバルバ様、どうして怒っていらっしゃるのですか?」

「え?」


 私の問いに、バルバ様がびっくりした顔になりました。


「それは……こいつらが悪ふざけして、デイジー殿にご迷惑を……」

「あら、私のために怒ってくださっているのですか? ありがとうございます」


 やっぱりそうなんですね。うふふ、あの子と同じです。ちょっと嬉しくなってしまいました。


「私が嫌な目に遭っているんじゃないか、そう思ってくださったんですね」


 私はバルバ様に近づくと、お顔を見上げ笑顔を浮かべました。


「でも私、とっても楽しく過ごさせていただきましたよ」

「そ、そう、か……」

「はい。ですから、怒った顔はダメです。笑ってください」

「あ、いや、その……」


 バルバ様、戸惑ったように目を泳がせました。お顔はまだ強張ったまま。うーん、やっぱり背が高いなあ。これはちょっと届きませんね。仕方ありません。


「よいしょ、と」


 私は手近にあった椅子を引き寄せ、その上に乗りました。これでようやくバルバ様と同じ高さです。


「笑ってくださいませ、バルバ様」

「で、デイジー殿!?」


 私が手を伸ばし頬に触れると、バルバ様が目を丸くして裏返った声になりました。


「私、嫌な思いなんてひとつもしていません」


 バルバ様の頬を、そっと撫でました。

 大丈夫ですよ、私は平気ですよ、という想いを込めて。


「皆様に、バルバ様のことをたくさん教えていただきました」

「お、俺のこと、を?」

「はい。初めてお聞きすることばかりで、とっても楽しかったです」


 あらバルバ様、お顔が真っ赤。ちょっぴり恥ずかしそうです。自分がいないところで話題にされるなんて、バルバ様でも恥ずかしいんですね。

 うふふ、こういうお顔を見るのは初めてです、なんだか楽しい♪


「ですので、お顔を和ませてください。笑顔を見せてくださいませ」

「デ、デイジー殿。ひょっとして、酔っているのか?」

「もう、私のことはいいんです!」


 む? 話をそらす気ですか? そうはさせませんよ。


「はい、笑ってください! 大切な仲間を怖がらせちゃだめです!」

「ぬ……お、おおう、デイジー殿!」


 頬をつまんで、思いきりグリグリしたら、バルバ様がますます顔を赤くしました。

 ぷっ、と。

 どなたかが笑った声が聞こえました。それをきっかけに、あちらこちらで笑い声が起こります。


「くっ……はははっ、デイジーちゃん、すげー」

「怒った団長は熊でもビビるのに。まったくひるまないとは」


 何か聞こえた気がしましたが、まあいいでしょう。

 せっかく楽しいひと時を過ごしたのです、最後は笑顔で終わりたいじゃないですか。さあさあバルバ様、笑ってくださいませ。


「わ、わかった。デイジー殿、もう怒らないから……その、手を放してくれ」

「本当ですね? じゃあ笑ってください」

「う、うむ……こ、こうか?」


 ニカッと。

 バルバ様がぎこちない笑顔を浮かべました。それを見た騎士団の皆様、一瞬黙り込みます。

 でも。


「はい、とってもお可愛い笑顔です!」


 私がそう言うと、一瞬で空気が和み、どっと笑いが起きました。


「可愛い、て……団長のあの顔見て、それ言えるか!?」

「世界中探したって、デイジーさんだけですよ!」

「サイコーです、デイジーさん! 私、一生ついていきます!」

「団長! 絶対口説き落としてくださいよ!」


 バルバ様の登場とともに凍り付いていた空気が、笑い声に満ちた温かいものになりました。

 ああ、いいですね。

 バルバ様と団員の皆様、なんて素敵な関係なんでしょう。私もこの一員になれたらどんなに素敵でしょう。本当に皆様がうらやましいです。


「皆様、今日はとっても楽しかったです! お招きいただき、ありがとうございました!」

「なんの、こちらこそ!」

「また来てくださいねー!」

「よーし、それじゃあ仕切り直しで、一本締めだ!」


 いよーっ、パンッ!

 一糸乱れぬ息の合った拍手で、パーティーはお開きになりました。


「やれやれ。デイジー殿にはかなわないな」

「うふふ、バルバ様、心配してくださってありがとうございます」


 自然と笑みが浮かび、バルバ様と見つめ合うと。

 バルバ様も、とても楽しそうな笑顔を浮かべてくださいました。


 ああ、その楽しそうな笑顔。

 私はきっと――いいえ、絶対に忘れないと思います。

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