1-09. 笑顔の一本締
バルバ様の怒声に、熱く盛り上がっていた会場が一瞬で凍り付きました。
鍛え抜かれた精鋭の皆様が、直立不動で立ちすくんでいます。バルバ様の殺気のこもった目に射抜かれて、血の気が引いた顔になっています。
うわー、バルバ様、激怒ですね。
あそこまで怖いお顔、初めて見ました。
あんな顔でにらまれては、皆様酔いなんて醒めてしまったでしょう。お隣から「やっべー」というキリア様のつぶやきが聞こえてきます。ひょっとしてこのパーティー、バルバ様には内緒だったのでしょうか。
「おい」
鬼と化したバルバ様が、近くにいた騎士に詰め寄りました。あ、最後にプレゼンしてくれた若いお方ですね。
「なにゆえにデイジー殿がここにいる。答えよ」
「あ、の……」
若い騎士くん、震えあがって声が出ないようです。するとバルバ様、怒髪天を衝く形相となり、雷鳴のごとき一喝を落とします。
「聞こえなかったのかぁっ! 答えよっ!」
若い騎士くん、へなへなと崩れ落ちてしまいました。あらら。
「あー、団長……」
慌てて割って入ろうとするキリア様。そのキリア様の袖を、私はつかんで引き留めました。
「……え?」
「私が」
驚くキリア様を横目に、私は前に出ました。
「バルバ様、落ち着いてください。お顔がとっても怖いですよ」
ええ、本当に怖いです。盗賊が一睨みで降参した、一喝しただけで敵兵を倒した――その噂は本当なんだ、て実感しちゃいました。
でも。
私、ちっとも怖くないです。むしろ、なんだかかわいいなー、なんて思っちゃいます。だって、あれは多分。
「ところでバルバ様、どうして怒っていらっしゃるのですか?」
「え?」
私の問いに、バルバ様がびっくりした顔になりました。
「それは……こいつらが悪ふざけして、デイジー殿にご迷惑を……」
「あら、私のために怒ってくださっているのですか? ありがとうございます」
やっぱりそうなんですね。うふふ、あの子と同じです。ちょっと嬉しくなってしまいました。
「私が嫌な目に遭っているんじゃないか、そう思ってくださったんですね」
私はバルバ様に近づくと、お顔を見上げ笑顔を浮かべました。
「でも私、とっても楽しく過ごさせていただきましたよ」
「そ、そう、か……」
「はい。ですから、怒った顔はダメです。笑ってください」
「あ、いや、その……」
バルバ様、戸惑ったように目を泳がせました。お顔はまだ強張ったまま。うーん、やっぱり背が高いなあ。これはちょっと届きませんね。仕方ありません。
「よいしょ、と」
私は手近にあった椅子を引き寄せ、その上に乗りました。これでようやくバルバ様と同じ高さです。
「笑ってくださいませ、バルバ様」
「で、デイジー殿!?」
私が手を伸ばし頬に触れると、バルバ様が目を丸くして裏返った声になりました。
「私、嫌な思いなんてひとつもしていません」
バルバ様の頬を、そっと撫でました。
大丈夫ですよ、私は平気ですよ、という想いを込めて。
「皆様に、バルバ様のことをたくさん教えていただきました」
「お、俺のこと、を?」
「はい。初めてお聞きすることばかりで、とっても楽しかったです」
あらバルバ様、お顔が真っ赤。ちょっぴり恥ずかしそうです。自分がいないところで話題にされるなんて、バルバ様でも恥ずかしいんですね。
うふふ、こういうお顔を見るのは初めてです、なんだか楽しい♪
「ですので、お顔を和ませてください。笑顔を見せてくださいませ」
「デ、デイジー殿。ひょっとして、酔っているのか?」
「もう、私のことはいいんです!」
む? 話をそらす気ですか? そうはさせませんよ。
「はい、笑ってください! 大切な仲間を怖がらせちゃだめです!」
「ぬ……お、おおう、デイジー殿!」
頬をつまんで、思いきりグリグリしたら、バルバ様がますます顔を赤くしました。
ぷっ、と。
どなたかが笑った声が聞こえました。それをきっかけに、あちらこちらで笑い声が起こります。
「くっ……はははっ、デイジーちゃん、すげー」
「怒った団長は熊でもビビるのに。まったくひるまないとは」
何か聞こえた気がしましたが、まあいいでしょう。
せっかく楽しいひと時を過ごしたのです、最後は笑顔で終わりたいじゃないですか。さあさあバルバ様、笑ってくださいませ。
「わ、わかった。デイジー殿、もう怒らないから……その、手を放してくれ」
「本当ですね? じゃあ笑ってください」
「う、うむ……こ、こうか?」
ニカッと。
バルバ様がぎこちない笑顔を浮かべました。それを見た騎士団の皆様、一瞬黙り込みます。
でも。
「はい、とってもお可愛い笑顔です!」
私がそう言うと、一瞬で空気が和み、どっと笑いが起きました。
「可愛い、て……団長のあの顔見て、それ言えるか!?」
「世界中探したって、デイジーさんだけですよ!」
「サイコーです、デイジーさん! 私、一生ついていきます!」
「団長! 絶対口説き落としてくださいよ!」
バルバ様の登場とともに凍り付いていた空気が、笑い声に満ちた温かいものになりました。
ああ、いいですね。
バルバ様と団員の皆様、なんて素敵な関係なんでしょう。私もこの一員になれたらどんなに素敵でしょう。本当に皆様がうらやましいです。
「皆様、今日はとっても楽しかったです! お招きいただき、ありがとうございました!」
「なんの、こちらこそ!」
「また来てくださいねー!」
「よーし、それじゃあ仕切り直しで、一本締めだ!」
いよーっ、パンッ!
一糸乱れぬ息の合った拍手で、パーティーはお開きになりました。
「やれやれ。デイジー殿にはかなわないな」
「うふふ、バルバ様、心配してくださってありがとうございます」
自然と笑みが浮かび、バルバ様と見つめ合うと。
バルバ様も、とても楽しそうな笑顔を浮かべてくださいました。
ああ、その楽しそうな笑顔。
私はきっと――いいえ、絶対に忘れないと思います。