1-08. プレゼンテーション
お城を出て、走って十分。
「着きましたー!」
第一騎士団の官舎に到着しました。
サラさんはもちろん、私を抱えていたシルフィーさんとスージーさんも、ほとんど息を乱していません。むしろ私の方がヘロヘロです。騎士の体力って、すごいですね。
パーティー会場となっている食堂には、すでに騎士団の皆様がお集りでした。
「おおー、来た来たー!」
「待ってたよー!」
「うわ、ちっちゃい! かわいい!」
「マジか団長! 犯罪じゃねーの!」
私が入ると、拍手喝采が沸き起こりました。ものすごい歓迎にびっくりして回れ右してしまいそうになりましたが、何とか踏みとどまりました。
「ごめんねー、デイジーちゃん。急に呼び出しちゃって」
食堂一番奥、中央の席に案内されました。私の正面にはイケメン副団長のキリア様。バルバ様は――いらっしゃらないようですね。
「あ、団長はお仕事だよ。残念?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
昨日の今日ですし、求婚のお返事もまだなので、どんな顔をしていいかわかりません。ほっとしたような、ちょっと残念なような。
「その……親睦会と聞いたのですが。バルバ様がいらっしゃらなくてもよいのですか?」
「いーのいーの。今日は臨時のパーティーだから」
「臨時?」
は? 定期的に開催している、て言っていませんでしたか?
サラさんたちを見ると、「ごめーん」という感じで手を合わせていました。え、やっぱりこれ査問会とかですか!? ひょっとして私、皆様に吊し上げにされるんですか!?
「では」
こほん、と咳払いをしてキリア様が立ち上がりました。騒いでいた皆様が口を閉じ、キリア様に注目します。
「諸君! こちらが本日のゲスト、デイジー=ローミア嬢だ!」
再びの拍手喝采。私はおろおろしながら立ち上がり、一礼します。笑顔、引きつってないといいけど。
「すでに噂で知っている者もいるだろうが。一昨日、団長はデイジー嬢に、正式に求婚した!」
「うぉぉぉっ!」
地を揺るがすような雄たけびが上がりました。ものすごい迫力です。
「やっとか……長かったなあ」
「あーもう、何グズグズしてたんすかね、あの人」
「俺、もうあきらめたのかと思ってたよ」
そんな声が、あちらこちらから。
ええと、これはつまり、皆様はバルバ様が私のことを愛して――あ、いや、その、好いてくださっていることを知っていた、ということでしょうか。うわぁ、恥ずかしいです。
「だが。昨日のお茶会で、衝撃的な事実が判明した」
キリア様の言葉に、皆様が注目します。
何だ、何が起こった、と皆様が固唾を飲んでおられます。キリア様、ためます、ためます、ためます――そして。
「……デイジー嬢は、団長の好意に全く気付いておられなかった」
静かに告げる、キリア様。
一瞬で、皆様が沈黙。
嘘だろ、という皆様のお顔。ホントに? と問いかける視線が痛いです。
うう、ごめんなさい、悪気はなかったんです、どうか許してください。キリアさまぁ、これ何の罰ゲームですかぁ?
「というわけで……皆の者、プレゼンやるぞぉっ!」
「……はい?」
プレゼン? なんですかそれ?
「我らの団長が、いかにすごい人なのかを! どれだけ尊敬できる人なのかを! ぜひ夫に選ぶべきだと! 団長へのみんなの愛を、デイジー嬢に語り尽くせーっ!」
「よっしゃぁ!」
「今こそ団長への恩返しの時!」
「やったるでーっ!」
「一番手、いきまーす!」
一気に盛り上がり、熱気に満ちていくパーティー会場。そして始まる、魂のこもった熱いプレゼン。
ええと――信じられないかも知れませんが。
この人たち、これでまだアルコール入ってないんですよ。乾杯、いつやるんでしょうね。
◇ ◇ ◇
パーティーは大いに盛り上がり、気がつけば夕方でした。
総勢百名による、バルバ様への熱い想いを語るプレゼンは、最後の一人となっていました。初めこそ面食らっていた私ですが、皆さん親切ですし、お料理はおいしいし。ちょっぴりお酒も入ったので、この場のノリにすっかりなじんでいました。
「以上で、終わります!」
プレゼンが終わりました。
最後の方は、半年前に入団したばかりの方だそうです。初々しくてよかったですね。バルバ様への憧れが言葉の端々に感じられました。拍手しちゃいましょう。パチパチパチ♪
「あ、空になっちゃった。サラさん、お代わりくださーい」
「サラ、ストップ。デイジーちゃん、飲み過ぎだって」
キリア様が慌ててサラさんを止めています。なんですか、もう。
「えー、平気ですよー、たいして飲んでないですし」
「これで?」
キリア様が指差す先に、空になったワインの瓶が三本。
あらいつの間に。
「デイジーさん、お酒強いんですねえ」
「お水持ってきましたー」
シルフィーさんが冷たい水を持ってきてくださいました。ほてった体に心地よいですね。あー、おいしい。
「あー、楽しかった。皆さん、プレゼンお疲れ様でしたー!」
私の呼びかけに、うぉぉぉーっ、と声が上がります。あはは、元気ですね、さすがは精鋭ぞろいの第一騎士団。鍛え方が違います。
「デイジーちゃん、誤解のないよう言っておくけど」
キリア様がニコニコ笑って私に囁きました。
「今日のプレゼンはあくまで参考だから。団長の求婚を受けるかどうかは、デイジーちゃんの意思で決めてね」
「え、そうなんですか?」
てっきり求婚を受けろと、お願いされているのかと思いました。
「もちろん、団長には幸せになってほしいから応援してるけど。デイジーちゃんには、デイジーちゃんの幸せがあるからね」
ああ――なるほど。
キリア様はわかっているんですね。バルバ様の――英雄と呼ばれる方の妻になるというのが、どれだけ大変なことかを。生半可な覚悟では務まらない、重責を担うことになるのだと。
「ありがとうございます。よく考えます」
「デイジーちゃんが断っても、恨んだりしないから。ま、できれば幸せな報告が聞きたいけどねー」
「断られたら、団長、落ち込むでしょうね」
「その時は盛大な残念会すればいーんですよー」
「それはそれで楽しそうです」
よっしゃ締めるぞー、と誰かが叫びました。
全員が立ち上がります。あ、一本締めというやつですね。私、初めてです。
「じゃ、副団長、お願いします」
「おっけー、えー、では皆さま……」
バターンッ!
キリア様が締めの挨拶をしようとしたとき、食堂の扉が乱暴に開かれました。
そこにいたのは――なんと、バルバ様。
いつもにも増して怖いお顔で、ギロリと団員の皆さんをにらみつけると。
「貴様らぁっ、何をやっとるかぁぁぁぁぁっ!」
まるで雷のような、ものすごい怒声を上げました。