1-07. 騎士団からのご招待
バルバ様からの求婚、ちゃんと考える。
そう宣言したものの、ちゃんと考える、てどうすればいいんでしょうか。
困りました。
貴族の結婚、特に高位ともなると、基本的に家同士の利益を考えて決めるものだと聞いています。でもうちからルーツ家に与えらるものなんてないですし。むしろ一方的に恩恵を受けるばかりです。どう考えても、ルーツ家が得る利益なんてないんですよね。
だとしたら。
バルバ様が求婚してくれたのは――純粋に、私のことを愛してくれたから。
「ひゃうっ!」
あ、あ、あいして――きゃーっ、うわーっ、どうしよーっ! なんか恥ずかしくなってきたー! ああもう、今日暑くないですか、夏は終わったはずなんですけど!
「……何をしているのですか、デイジー」
「うひっ!」
ハタキを片手に悶えていたら、タイン様の冷ややかな声。慌てて姿勢を正し、回れ右して直立不動です。
「す、すいません、ちょっと考え事をしていました」
「そのようですね。朝から上の空ですし」
あきれた口調のタイン様。うう、すいません。
「ま、仕方ないとは思いますが。もう今日は休んだらどうですか」
「え、でも……」
「殿下はご不在ですし。たいしてやることもありませんから、かまいませんよ」
エステル様、昨日私がバルバ様とお茶会している間に急な公務が入ったそうで。今朝、日の出とともにお出かけになりました。お帰りになるのは明日の昼過ぎとのことです。
朝起きたらもういらっしゃらず、びっくりしました。
泊りがけのご公務の時は、たいていご一緒させていただけるのに。声もかけてもらえなかったの、初めてです。バルバ様のこともあり気を遣っていただいたのでしょうが――ちょっとショックでした。
「失礼いたします」
どうしたものかな、と悩んでいたら、同僚の侍女がやってきました。
「タイン様、騎士団の方がお見えです。デイジーさんにお会いしたいとのことなんですが」
「騎士団の方? バルバ様ではなく?」
「はい。女性の方が三人」
何事でしょう、と私の顔を見るタイン様。いえ、私も心当たりありませんが。まあ、私を訪ねてきたということは、十中八九バルバ様がらみとは思いますが。
とりあえず、タイン様と共に待合室へ向かいました。
「お待たせしました」
待合室には、騎士服姿の女性三人がいらっしゃいました。三人とも私と同い年か、少し下ぐらいの方。あ、真ん中にいる方は見知った顔ですね。
「突然の訪問、申し訳ありません」
タイン様と私を見ると、三人は素早く立ち上がって敬礼しました。きびきびとした動作、見ていて気持ちいいです。
「第一騎士団所属の騎士、サラと申します」
真ん中の女性がハスキーな声で名乗りました。相変わらずかっこいい方です。実はこの方、エステル様が剣の稽古に出向いた時に、世話係としてついてくれる方です。私とは顔なじみですが、タイン様とは初対面です。
「シルフィーです!」
「スージーです」
続いて左右にいたお二人も名乗られました。思わず敬礼を返しそうになりましたが、タイン様と共に静かにお辞儀を返します。
「エステル殿下の侍女頭、タインです」
「侍女のデイジーです」
顔を上げると、左右の二人が「ほほう」という感じで私を見ていました。なんていうか、値踏みされている感じですね。
「デイジーにご用件と伺いましたが」
「はい。実はデイジー様を、騎士団のパーティーにご招待したいと思いまして」
「パーティー?」
「団員の結束を高めるため、定期的に開催しておりまして。まあ、親睦会みたいなものですね」
「そこになぜデイジーを?」
「それはもちろん、団長を応援するためですよー!」
そう答えてくださったのはシルフィーさん。明るくて元気そうなお方です。
「団長がよーやく、やーっと、意中の方に求婚したと聞きました! これは応援するしかない、て感じですね!」
「戦場での勇猛さはどこへ行った、別人ですか、てツッコミたいぐらいグズグズしていましたので。団員一同、やっとかよ、とあきれ……いえ、嬉しく思っているところです」
シルフィーさんに続いてスージーさん。途中、ちょっと変なことを言ったような――気のせい、てことにしておきましょう。
「実はこの後すぐ、お昼からの開催でして。急なお誘いとなりますが、ご参加いただけないでしょうか?」
「はあ……」
確かに急ですね。私も仕事がありますし、どうしたものでしょう。
「よいではないですか。行ってらっしゃい」
迷っていたら、タイン様がそうおっしゃいました。
「どうせ今日は暇ですし、あなたも仕事に集中できていませんし」
「え、でも……」
「それに、騎士団の皆様も気になって仕方ないのでしょう。自分たちの団長が妻に迎えるのはどんな人なのか、と」
「妻!? いや、その……」
私まだ求婚を受けると決めたわけじゃないんですけど。決まってからでよくないですか!?
「ま、そういうことです」
サラさん、にこりと笑ってうなずきます。
「何せ我ら騎士団一同、団長が死ねと言えば喜んで死ぬ覚悟。その団長が変な女に引っかかっているのなら、命をかけてでも阻止せねばならない、と。そのように考えております」
ひぇぇーっ。
それってつまり、私がどんな女か見定めるから面を出せ、てことですよね!?
ほんとに親睦会ですか? 査問会とか、異端審問会とか、そういうのじゃないですよね!? なんか怖いんですけど!
「いいでしょう。デイジーを参加させます。サラ殿、どうぞお見定めくださいな」
「タイン様!?」
わぁん、勝手に決めないでくださいよぉ!
「かしこまりました。では、デイジー殿をお借りいたします」
反論する余地もなく決まってしまいました。当人の意思、もっと尊重してくださいよぉ。
「ご安心ください、騎士の名にかけて、物理的な危害は一切加えません」
ちょっとサラさん、どうして「物理的」てわざわざ限定するんですか!? 精神面も保障してください!
「よーし、ご案内だー!」
「デイジー様、失礼いたします」
「え、ちょっ……」
ニコニコ笑いながら、シルフィーさんとスージーさんの二人が私の両腕をがっちりとつかみました。
うわ、力が強い! びくともしない! さすが騎士、鍛えられているのがわかります! ていうかこれ、完全に連行じゃないですか!
「では、参りましょう」
こうして、私は騎士団のパーティー会場へと、拉致――いえ、招待されたのでした。