1-05. 甘党なバルバ様
「どうぞお座りください。お茶をご用意いたします」
微妙な雰囲気になったバルバ様と私に着席を促し、アイリスがお茶の支度をしてくれました。
本日のお茶会、アイリスが給仕係を務めてくれています。お茶もお菓子も自分で給仕できるのにな、と思ったのですが、「バカモノ」とデコピンを食らってしまいました。
「田舎のお茶会じゃないんだから。主催者が自分で給仕しちゃだめでしょう」
お茶だのお菓子だのは人に任せて、私は主賓であるバルバ様のおもてなしに集中しろ、と言われてしまいました。
でもおもてなし、て――なにをすればいいんですか?
「……」
「……」
私とバルバ様、無言のまま。確かに私が主催者ですが、身分という点ではバルバ様の方がずっと上、私から話しかけてもいいんでしょうか。
「……」
「……」
お茶とケーキが並べられても、私たちは無言のまま。「何黙ってるの、会話しなさいよ」と言わんばかりのアイリスの視線が痛いです。
あう、あうう。とりあえず、天気の話でもすればいい? いきなり求婚の話に入るのはまずいよね。
「おいしそうなケーキですな」
私がおろおろしているのを見て取ったのか、バルバ様が先に口を開きました。
「デイジー殿が用意してくださったのですか?」
「あ、はい。バルバ様、甘いものがお好きですから、いいかなと思いまして」
「え?」
「特に生クリームがお好きですよね。ここの生クリームは、王都で一番と言われてるんです。きっと気に入っていただけると思います」
バルバ様、なぜか沈黙。え、喜んでいただけると思ったのに、なんで? ホントにおいしいんですよ?
「き……気づいておられたのか?」
「え?」
「いや、その……私が甘いものに目がないことを、です」
え、みんな知ってることですよね?
ちらりとアイリスを見ると「知らなかった」と言わんばかりの目をしています。バルバ様の後ろに立つキリア様も「へー、そうだったんだ」なんて顔。
あれ、これ言っちゃいけないやつでした?
「ひょっとして……内緒でしたか?」
「いや、そういうわけでは」
バルバ様、なんとなく恥ずかしそう。
「その、まあ……なんですな。見た目のイメージと合わないので、あまり公にはしておらんのです」
「そんなことないと思いますけど」
確かにバルバ様は、大柄で厳めしい雰囲気ですが。
でも甘いものをおいしそうに食べてるときのお顔、見ていてほっこりするんですよね。
「お好きなんだなー、なんだか可愛らしいところもあるんだなー、なんて思ってました。ええと、その……ほら、熊だって蜂蜜が大好きですし。イメージと合わないなんてことはないですよ!」
「熊……」
バルバ様が、ぽつりとつぶやいた直後。
ぷっ、と小さく笑う声が聞こえました。それも正面と後ろからの二つです。
「熊って……いや熊って……くっ、くくくっ……」
一人は、バルバ様の背後に立つキリア様。頬を膨らませて噴き出すのを必死に我慢しておられます。
そしてもう一人。私の背後に立つアイリスは、顔をそらして小さく震えています。
え、今、笑うところでしたか?
笑わせるつもりで言ったんじゃないんですけど。
「なんつー的確な。やべー、ツボった。デイジーちゃん最高」
「おい……笑いすぎだ」
バルバ様が、ドスの利いた声でキリア様をにらみつけました。
「あと、なれなれしく名前を呼ぶな。たわけが」
「これは失礼いたしました、団長殿」
謝りはしたものの、キリア様、まだ笑っておられます。そんなキリア様を「このやろう」と言わんばかりの顔でにらんでいるバルバ様ですが、どうしてでしょう、あまり怖くありません。
いえ、ぼーっと見ている場合ではありません。私もアイリスをたしなめなければ。
「アイリスも」
「も、申し訳ありません……バルバ様、大変失礼いたしました」
私がたしなめると、アイリスはすぐに真顔に戻り謝罪しました。さすがアイリス――と言いたいところですが、まだ口元がぴくぴくしています。必死で笑いをこらえているんでしょうね、あれ。
「すいません、バルバ様。アイリスにはあとでよーく言っておきますから」
「いや、まあ……お気になされぬよう」
慌てて私も謝罪しました。バルバ様は鷹揚に許してくれましたが、ホント、アイリスには困ったものです。
「あの、では気を取り直して。どうぞお召し上がりください。きっと気に入っていただけると思いますから」
「では、遠慮なく」
バルバ様がフォークを手に取り、ケーキを切り分け、口の中へ。一口食べて、おお、と目を見開きます。
「これは。確かにおいしいですな、絶品です」
「お気に召して何よりです」
心なしか、怖いお顔が崩れて蕩けているようです。
どうやら社交辞令ではなく、本当に気に入っていただけたようです。よかった、と胸をなでおろしながら、私もケーキを一口いただきました。
うん、おいしい♪
やっぱり甘いものって、最高ですよね!