1-04. ドレスアップ
翌朝。
いつもより少し早い時間にたたき起こされ、侍女頭のタイン様のところへ連れて行かれました。
「ドレスアップしますよ」
え、なんで、という私の疑問は無視されました。
タイン様の号令により、アイリスをリーダーとする侍女五人のドレスアップ班が、私をピカピカに磨き上げドレスアップしました。
すべてが終わったのはお昼前。
「ふわぁ、すごい……」
鏡に映る自分を見て、これ誰ですか、て思ってしまいました。
エステル様が用意してくださった、ライムグリーンのドレスに身を包み。
いつもは三つ編みのおさげにしている黒髪を、おしゃれに結って可愛らしいリボンでまとめ。
お化粧は控えめに、私の顔立ちを生かした可愛らしい感じに。
「どーよ、完璧な淑女でしょ?」
やり切ったぜ、と満足げな顔をするアイリス。いや、なんていうか――最高レベルのお化粧技術って、スゴイんですね。
「なかなか可愛らしくまとめましたね、アイリス」
仕度が終わると、エステル様がやってきました。
私はエステル様の前に立たされ、最終チェックを受けます。私の頭のてっぺんから爪先まで、360度ぐるりと回って隅々まで。うう、なんだか恥ずかしいです。
「コンセプトは?」
「はい。華のある美人系の殿下とは異なり、デイジーはふんわりおっとりな可愛い系。その雰囲気を前面に押し出し、癒し系美女を作り上げてみました」
いや、作り上げた、て。まあそうなんですけど。
「その心は?」
「騎士団のトップとして激務の日々を送るバルバ様に、憩いの甘い一時を。そして、一目見れば心安らぐ、そんなデイジーを絶対に妻にしてみせるという断固たる決意を」
「なるほど。昨日の件で心折れていたとしても、再度奮い立つであろうと。そういうわけですね?」
「さようでございます、殿下」
「お見事です」
アイリスの答えに、エステル様は満足そうにうなずきました。
「あなたに任せて正解でしたね。私のお化粧をお願いする日も近そうです。楽しみですわ」
「はい。さらなる精進を重ねます」
そんな、主と従者の熱血会話が終わり、エステル様は踵を返しました。
そして、私に背を向けたままおっしゃいます。
「ではデイジー、バルバ様ときちんとお話しするのですよ。イエスであれノーであれ、真剣に考えてお答えするように。できれば……よき知らせを待っていますわ」
「は、はい」
「では、私はこれで」
そのまま振り向くこともなく、エステル様は控室を出ていきました。
どうやら昨日のような失礼をしないように、と釘を刺しに来たようです。うう、そうですよね。私が失礼を働けば、主であるエステル様が恥をかきます。気を引き締めなきゃ。
「ま、それもあるけど」
アイリスがため息をつきました。
「複雑な乙女心、てやつじゃないかなー」
「乙女心? どういうこと?」
「わからないならそれでいいの。デイジー、あなたはそのままでいてね」
またよしよしと頭を撫でられました。もう、子供扱いするのやめてくださいよね。
◇ ◇ ◇
お約束の時間きっちりに、バルバ様は従者を伴いお見えになりました。
今日は騎士の正装ではなく、少しカジュアルな雰囲気のスーツ姿。そのせいでしょうか、お顔は相変わらず厳めしいですが、雰囲気が柔らかいです。
「ようこそ、ルーツ様」
私は軽くひざを曲げ、挨拶をしました。従者がいらっしゃいますからね、家名でお呼びします。
するとバルバ様、「なっ!?」とうめき声をあげ、なんだかぽかんとした顔しました。
そして、不思議な沈黙が訪れます。ええと――これ、どうしたらいいのでしょうか。
「団長」
従者の方――あら、副団長のキリア様じゃないですか、相変わらずの美男子ですね――がバルバ様に声をかけました。バルバ様、はっと我に返った顔となります。
「い、いや、失礼! その、デイジー殿がいつもと違ってあまりにも美しく……いや、いつも美しくないというわけではないぞ! 普段も美しいが、今日は輪をかけて美しいというか、その……」
「あ、ありがとうございます……」
真っ正面から褒められて、なんだかむずむずしてしまいます。美しいなんて、そんなことを男性に言われたのは初めて。えっと、つまり、バルバ様は私に見惚れていた、ということでいいんでしょうか。
うわー、なんだか恥ずかしいです。
「……デイジー、いつまで立ってるつもり?」
嬉し恥ずかしでモジモジしていたら、背中からアイリスの声。
はっ、そうでした。いつまでも突っ立っているわけにはいきません。でも座る前に、まずは昨日のことをお詫びしなければ。
「あの、ルーツ様」
「デイジー殿……できれば、その、いつもどおり、バルバと」
「あ、はい」
従者と言っても気心の知れたキリア様ですから、肩ひじ張らなくていいということでしょうか。ではいつも通りに。
「バルバ様。昨日は本当に失礼いたしました。心よりお詫びいたします」
「い、いや、気にしておりませんから」
深々と頭を下げた私に、バルバ様が慌てた感じで声をかけてくださいます。
「私こそ失礼した。あのような形で、さぞ驚かれたでしょう」
「はい、本当に」
私はバルバ様の言葉に、深くうなずきました。
「予想もしていなかったというか、青天の霹靂というか。本当にびっくりしました」
「さ……さようか……」
「はい。まさかバルバ様が私に求婚なんて、そんなこと一度も考えたことがなくて。あまりに予想外の出来事だったんです」
「う……む……」
「鈍すぎるだろ、て皆にも言われました。でも信じてください、本当に思い至らなくて、それで驚きすぎてしまって……」
「…………」
決してバルバ様が怖かったわけではないですよ、予想もしていなかった突然の求婚に、ただただ驚いただけなんですよ、という気持ちを込めたつもりですが。
「デイジー、ストップ。そこまで」
「え?」
アイリスに止められて顔を上げると、バルバ様は見たことのない顔をしていました。
ええと、泣きそうな顔? とでも言えばいいのでしょうか。何かを必死にこらえているような、そんなお顔です。
はて?
「バルバ様。デイジーに他意はございませんので。どうかお心を強く持たれますよう」
「う……うむ……お心遣い、痛み入る……」
私の隣で深々と頭を下げるアイリスと、バルバ様を励ますように肩を叩くキリア様。
え、なんですか。
私、何かやらかしちゃいましたか?




