エピローグ - 新しい騎士さま
時は流れ――。
春の終わり、久しぶりの休暇を取って、私はローミア子爵領へ里帰りしました。
「どうぞ、のんびりしてくださいませ」
家政婦のテスラさんのお言葉に甘えて、思いっきりぐーたらしました。ルーツの家でものんびりできないわけではありませんが、やはり侯爵夫人として気が抜けないところはありまして。実家の気楽さはありがたいです。
天気のよい午後、庭の木陰でのんびりと本を――読んでいたはずなのに、いつの間にかうとうとしてしまいました。
夢の中で、私は子供に戻っていて。
仲良くなった子供たちと楽しく遊んで、大笑い。そんな私たちを見守るように、少し離れたところでゆったりと座っているのは、大きくてこわおもてな私の騎士さま、オオカミのレオ君。
ああ、懐かしいなぁ――そんな風に思ったところで、私は元気な声に起こされました。
「おかあさまー、ただいまー!」
はっ、と目を覚まし、私はゆっくりと顔を上げました。
お父様と、お父様に手を引かれた小さな女の子が見えました。私が手を振ると、女の子はぶんぶん手を振って、全速力で駆けてきます。
もうじき五歳になる私の娘、クラリス=ルーツ=ローミア。武の名門ルーツ家の血を引く、ちょっぴりおてんばな女の子です。
「お帰りなさい、クラリス」
三泊四日の予定で、お父様――クラリスにとってはおじいちゃん――といっしょに水源の村へ遊びに行っていたクラリス。戻るのは夕方になると思っていたのですが、案外早く戻ってきましたね。
「楽しかった?」
「はい、とっても、とーっても! また行きたいです!」
私の膝に抱き着いて、満面の笑みを浮かべるクラリス。父親譲りの凛々しい目元に、自然と私の頬がほころびます。
「あのね、お母様。お友達ができたの!」
「まあ、それはよかったわね」
「うん! それでね、仲良しになったから、連れてきたの!」
「は?」
お友達を、連れてきた?
水源の村から、ですか? ええと、それって――。
オン、と声が聞こえました。
見れば、お父様の足元に、まだ若い犬――いいえ、あれはオオカミの姿。野性味あふれるそのお顔の迫力と言ったら、たいしたものです。
「あら、まあ」
私と目が合うと、オオカミはゆっくりと近づいてきました。
私を恐れるでもなく、警戒するでもなく。ただ静かに近づいてくるその姿、すでに貫禄があります。そのままクラリスの足元まで来ると、まるで従者のように静かに座りました。
「ね、すごいでしょ? とってもかしこいの!」
「ええ、たいしたものね」
私は椅子を立ち、若いオオカミの前に座りました。
私の視線を受けても、目をそらさず、まっすぐに見つめてくる力強さ。そこに警戒の色は見えません。
「ふふ……そう、お友達になったの」
懐かしさが胸にこみ上げてきます。さきほどまで見ていた夢は、ひょっとして予知夢の類でしょうか。
「初めまして、オオカミさん。私はクラリスの母、デイジーよ」
くぅん、と鼻を鳴らし私を見上げるオオカミくん。私が静かに手を差し出すと、ふんふんと匂いを嗅いで、ぺろりと舐めました。よろしく、という挨拶でしょうか。
「あなたは……レオ君の生まれ変わり? ううん、きっと子孫ね」
「そうだろうな」
お父様、ちょっぴり疲れた顔をされています。あら、これは――私と同じように、クラリスが連れて帰ると駄々をこねたのでしょうね。
「レオくん、てだあれ?」
「私が子供の頃に飼っていたオオカミよ。とっても怖いお顔だけど、とっても賢くて頼りになる、私の騎士さまだったの」
「そうなんだ!」
クラリスが、パッと顔を輝かせました。
「じゃあ私も! 私もこの子を騎士さまにしたい! 連れて帰っていいでしょ? ちゃんと面倒見るから!」
「そうねえ……なら約束できるかしら。騎士さまが仕えるにふさわしい、素敵なレディになると」
「はい、約束します!」
クラリス、元気いっぱいに即答。
よしよし、これで行儀作法のお勉強もちゃんとしてくれるようになりますね。心の中でガッツポーズです。
「なら、お父様にお願いしましょうか」
話はまとまった? と言わんばかりに大あくびをしたオオカミくん。ふふ、仕草がそっくり。この子、絶対にレオ君の子孫ですね。
ようこそ、新しい騎士さま。
おてんばですが素直な娘です、どうかよろしくお願いしますね。
おわり




