3-05. 叱責
旦那さまの合図で、控えていた騎士団が突入してきました。
すでに戦意喪失の強盗たち、大人しく連行されていきます。きっちり反省し、更生することを祈りましょう。
「デ、デイジー様ぁ! ご無事でしたかぁ!」
くるりと振り返ったシルフィーさん。今にも泣きそうな顔で、私がケガをしていないかと確かめます。
「はい、かすり傷ひとつしていませんよ」
「よ、よかったぁ」
シルフィーさんが大きく息をつきました。本当に心配かけましたね、申し訳ございません。
「デイジー」
旦那さまがやってきました。
ちょっぴり険しいお顔。それを見て私は立ち上がり、旦那さまに頭を下げました。
「旦那さま。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「まったくだ。心配かけおって」
ため息交じりのお叱りの言葉。ですがその直後――たくましい腕が伸びてきて、ふわっと抱きしめられました。
「……知らせを聞いた時は、血の気が引いたぞ」
「ごめんなさい。自覚が足りませんでした」
「怖かったであろう?」
「ちょっとだけ。でも……」
私は顔を上げ、笑顔を浮かべました。
「旦那さまが必ず来てくださると、信じておりましたから」
「そうか」
険しかった旦那さまのお顔が緩みました。たくましくて、優しくて、とっても素敵な笑顔。やだ、胸がキュンキュンしちゃいます。
「もっと早く来たかったのだが……遅くなってすまなかった」
「護衛のお仕事の最中ですもの、仕方ありません」
「ううむ、こんなことならデイジーもあちらに連れて行くのであったな」
「もう、旦那さまったら。私に護衛のお仕事はできませんよ」
「むろん、エステル殿下のお付きとしてだ。元侍女なのだから大丈夫だろう」
「ちゃんと別の方がいらっしゃるではないですか」
「では、友人代表として一緒に……」
「私に、デートのお邪魔虫になれと?」
「いや、そこはほれ、別の馬車に乗ってだな……」
「それでは護衛兵が余計に必要になりますよ」
「シルフィーがいれば十分だ」
「もう、いけません。公私混同と言われてしまいます」
抱き合ったまま、そんな会話を続けていたら。
「こほん」
シルフィーさんの咳払い。
「ルーツ侯爵、それと夫人。お二人が仲睦まじいのはよくわかりました。現場検証がありますので、どうかご退去を」
我に返れば、手持ち無沙汰で立っている騎士団の皆様が目に入ります。
やだ私ったら、皆様の前で。お恥ずかしいです。
「いや、その、すまない……で、では戻ろうか、デイジー」
「あ、はい。皆様、本当にお手数をおかけしました」
旦那さまと私、そろって皆様に一礼すると。
ちょっぴり赤い顔をしている旦那さまに手を引かれ、その場を後にしました。
◇ ◇ ◇
畏れ多くも、大公子様の馬車に同乗してお城まで戻ることになりました。
「まったく」
馬車が動き出すと、それまでにこやかだったエステル様が表情を改めました。
閉じた扇をパシパシと手に打ち付けています。これ、エステル様がお叱りになるときの癖。どうやらお説教が始まるようです。
「ルーツ侯爵。ここは他国でしてよ? いくら奥方の危機とはいえ、あなたが先頭切って動くのは問題になると……わからないとは言わせませんよ」
「はっ、誠に申し訳ございません」
エステル様に叱責され、旦那さまは深々と頭を下げました。
聞けば旦那さま。
私一人が人質として残っていると聞き、到着すると同時に百貨店に乗り込んだのだとか。公国の警察官や騎士の皆様、憤怒の形相の旦那さまが恐ろしくて制止できなかったのでしょうね。
「まあまあ、エステル殿」
お怒りのエステル様をなだめてくださったのは、公国の大公子・テオドール様。
まるで物語の中から飛び出してきたような美男子で、エステル様と並んで座るともう別世界の光景。絶世の美女と言われるエステル様に張り合える男性がいるなんて。世界は広いですね。
「奥方も含め、人質は全員無事だったのです。英雄バルバの活躍も目の当たりにでき、私としては満足ですよ」
「テオドール様、これは公国の主権にかかわる問題でしてよ? テオドール様からもご叱責くださいませ」
ですよね。
いくら英雄でも、他国の警察権を無視するような行動、下手をすれば国際問題です。エステル様が叱責されるのは当然です。
「しかし手をこまねいて、奥方がケガでもされていたら公国のメンツは丸つぶれでした。私としては感謝しかありません」
「まあ……テオドール様がそれでよいのでしたら」
ため息をひとつついて、エステル様はあっさり引きました。
あー、なるほど。
これ、半分はお芝居ですね。旦那さまの越権行為に対し、エステル様は王女としてきちんと叱責し、それを大公子様も受け入れた、と。滑稽にも思えますが、こういう形式、政治の場では大切ですよね。
「なにはともあれ、全員無事でのスピード解決。感謝いたします、ルーツ侯爵」
「はっ。寛大なお言葉、ありがとうございます」
「ところで……ルーツ侯爵。詫び代わりと言ってはなんだが、ひとつ教えてもらいたいことが」
少し砕けた物言いで話題を変えた大公子様。その顔には、輝かんばかリの笑顔が浮かんでいます。
「はっ、なんでしょうか」
「私もルーツ侯爵のように、妻を心から愛し大切にできる夫になりたいと思っていてな。コツは何だろうか?」
「……は?」
予想外の問いに、旦那さま、目を丸くしておられます。
「いやなに、エステル殿の初恋の相手はルーツ侯爵だと聞いていてな。エステル殿を射止めるためにも、ぜひ参考にしたいと……」
「テ、テオドール様! 何を言っておられるのですか!」
エステル様、大慌て。無理もありません、旦那さまに恋していたこと、内緒ですものね。
「は、初恋……私が?」
「こ、子供の頃! 子供の頃の話です! 気にしなくてよろしい!」
子供の頃、ねえ。
「……なんですか、デイジー」
「いえ、何も」
バラしたらただじゃおきませんよ、と言わんばかりににらまれました。うふふ、かわいいふくれっ面です。はい、ではそういうことにしておきます。
「というわけでルーツ侯爵、ぜひご教授を」
「そ、そうですな……その、コツというか、大切なことは……」
「ルーツ侯爵! 答えなくてよろしい!」
「エステル殿、邪魔しないでいただきたい。私はどうしてもあなたの心を射止めたいのだ」
「なっ……」
エステル様、お顔を真っ赤にして絶句しています。
でも、嫌がってはいないようですね。政略が絡んだ結婚ではありますが、「わりと気に入っているわ、仲良くやっていけそうよ」とおっしゃっていましたし。この様子では、大公子様も同じ気持ちでしょう。
お二人の結婚発表は、思ったよりも早くなりそうです。
美男美女のお二人ですから、素敵なロイヤル・ウェディングになるんでしょうね。
今から楽しみです♪




