3-04. 一件落着
「ほ、本当に、英雄バルバの妻だったのか……」
強盗の一人がつぶやきます。
あら、嘘だと思っていたのですか。心外ですね。
「ひっ!?」
窓の外を見ていた強盗が、引きつった悲鳴を上げました。
「な、なんかいたぞ!」
「悪魔みたいな顔をした大男が、こっちを見てにらんでたぞ!」
「なんか」とは何ですか。しかも「悪魔みたい」だなんて。失礼な人たちですね。悪いことをしているからそういうふうに見えるんです。
「大男、ですか。きっと私の旦那さまですね」
「あ、アレが!?」
「なんか」の次は「アレ」ですか? 怒りますよ?
「お、おい、入ってきたぞ! 先頭切って突入してきやがった!」
え? 先頭切って突入、ですか?
それは予想外でした。ここ、他国なんですけど――よいのでしょうか。
「騎士団も突入してきたぞ!」
遠くで物音がしたかと思うと、ものすごいスピードで人の気配が近づいてきます。早いですね、公国の騎士団の練度もなかなかです。
突入してきた騎士団は、階段からこの階への入口、その手前で動きを止めたようです。旦那さまもご一緒なんでしょうか。
「おい、人質を囲め! このままやられてたまるか!」
慌てて私の周りに集まる強盗たち。
英雄バルバ=ルーツの妻と確信した今、人質を盾にすれば手を出せないという判断なのでしょう。まあ、間違いではないと思いますが――旦那さまに通用しますかね?
「て、てめえら、さっさと出ていけ! 出て行かないと、人質の命はないからなぁ!」
強盗たちが、私に剣を向けながら叫びました。他の方も、入口に向かって武器を構えます。
声、震えてますね。完全にビビってるようです。スゴんでいるつもりなんでしょうけど、迫力はいまいちです。
「なんとか言えよぉっ!」
すぐそこまで来ている騎士団から、何も返事はありません。気配は感じますが、沈黙しています。それが強盗の不安をあおっているようです。
「おらぁっ、聞こえてるのかぁっ!」
やはり返事はありません。
訪れる静寂。
緊迫した空気。
騎士団の気配はピクリとも動きません。そのまま十秒、三十秒、一分――と息詰まる時間が過ぎていきます。これは強盗たちにしてみれば、不気味で仕方ないでしょうね。
「ち、ちくしょう……何か言えよぉ!」
強盗が半泣きになって叫んだ時。
ちらり、と。
視界の隅に影が見えました。足音はおろか気配すら殺しています。気づけたのは、私の視界にだけ入るよう、巧みな位置取りをしてくれているからですね。
私は静かに息を吸い、そっと腰を浮かせました。
すると。
ガッシャーン!
「ひっ!?」
窓ガラスが盛大に割れる音がしました。どうやったかは知りませんが、鉄球が外から投げ込まれたようです。
音に驚いた強盗たちが息を呑み、動きを止めました。それを見て、私は「えいっ!」と思い切り床を蹴り、椅子ごと後ろに倒れ込みました。
「デイジー様!」
床に当たる直前、私はシルフィーさんに抱き留められました。そのまま力任せに引っ張られ、シルフィーさんの背中にかばわれます。
「なっ……」
「てめえは!?」
強盗たちが一斉に振り返り、シルフィーさんに気付いて声を上げました。
「ちくしょう、いつの間に!」
非常階段から音もなく忍び込み、私を奪還するチャンスをうかがっていたシルフィーさん。さすがは騎士団トップクラスのスピードを誇るだけありますね。動いたと思ったら、あっという間に私の背後に来ていました。
「このやろう!」
大事な人質が奪還されたと知って、強盗たちが逆上します。まだ距離が近いです、控えている騎士団が突入してきても、間に合うかどうか。
「私が盾になります。お逃げください、デイジー様!」
シルフィーさんは男物の服に着替えていましたが、武器は持っていません。音を立てずに忍び込むため、鎧や武器は身に着けてこなかったのでしょう。
でも、盾に、て。
いくらシルフィーさんが強くても、素手で武器を持った男を相手にするなんて、無事で済むわけがないじゃないですか。だめです、そんなこと!
「叩き切ってやる!」
強盗が一斉に武器を振りかぶりました。シルフィーさんは私を守ろうと、両手を広げ強盗の前に立ちはだかります。
だめ、このままでシルフィーさんが切られてしまう――そう思った時です。
「全員、動くなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
建物全体を揺るがすのではないかという、雷鳴のような怒鳴り声が響きました。
ビックーン、と震えあがる強盗たち。ついでに私とシルフィーさんも。
「びっ……くりしたぁ……」
「……しましたねぇ」
あ、耳鳴りが。この声は、旦那さま。いったいどれだけの声量なんでしょう。
「お前たちが、わが妻を人質にして立てこもった強盗か」
入口の気配が動き、ニュウッ、と旦那さまが姿を現しました。
怒りのこもった低い声と、鋭い眼光。そして、ニタァ、と笑う顔。
あら怖い。
久々に見ました、旦那さまの激怒顔。うーん、悪魔みたいと言われるのは仕方ない、かも?
「貴様ら、タダで済むと……思うでないぞ?」
ドシンッ、ドシンッ、と足音を響かせて、侯爵の礼装に身を包んだ旦那さまが近づいてきます。
「ち、ち、近づくな! こいつがどうなっても……」
やっと硬直状態から抜け出し、シルフィーさんに剣を向けようとした強盗ですが。
ギンッ、と旦那さまににらまれて、再び硬直してしまいました。
ノッシノッシと、ためらうことなく強盗に近づいていく旦那さま。
その隙に、私を背にかばいつつ強盗と距離を取るシルフィーさん。
「さあて、どうしてくれようか」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
旦那さまが強盗の前に立ち、ギロリとにらみつけると、強盗たちは情けない声を上げました。
旦那さまは、鎧や盾はもちろん、剣すら持っていない丸腰の身。対して強盗たちは武器を手にしているのですが――完全に旦那さまの迫力に呑まれていますね。反撃する気すら起こらないようです。
「お……許しを……命ばかりは、お許しを!」
「お、大人しく投降しますから……」
「ほう。ならばさっさと武器を捨てよ」
「は、はいぃっ!」
強盗たちが慌てて武器を放り投げました。そして崩れ落ちるように座り込み、旦那さまに土下座します。
「ゆ、許してください!」
「もうしません、二度としませんから!」
「ほ、ほんの出来心だったんです!」
土下座しながら謝る強盗たち。そんな強盗たちを見下ろしながら、旦那さま、腹の底から一喝。
「このバカモノがぁっ! 出来心で強盗なんぞ、するでないわぁっ!」
それがとどめとなって。
強盗たちは、泡を吹いて失神してしまいました。
これにて、一件落着。
丸腰で五人の強盗を制圧してしまうなんて、さすがは旦那さまですね!




