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こわおもてな旦那さま  作者: おかやす
第3章 こわおもてな旦那さま
30/34

3-03. 人質解放

 英雄バルバ=ルーツ。

 その名を出した途端、強盗がひるみました。まあ、当然の反応ですね。その英雄に鍛えられた騎士相手に、チンピラな強盗がまともに戦えるはずありません。

 ですが。


「へっ。それもハッタリだろ」


 強盗は鼻で笑い、剣を構えます。


「お前みたいな小せえ女が、騎士になんてなれるものか」

「ヒラヒラしたスカートはいて、騎士だなんて笑わせるぜ」

「王国第一騎士団? もっとましなウソつけよ」


 こちらは本当なんですけどねえ。仲間が一撃で泡を吹いて気絶しているという事実、理解できないんでしょうか。


「へっ、いいぜ騎士様。やろうじゃないか。人質全員を守りながら、俺たち全員を倒してみろよ」

「くっ……」


 強盗の言葉に、シルフィーさんは苦い顔になります。

 剣を手にした今、チンピラ四人程度ならシルフィーさんの敵ではないでしょう。しかし二十名近い人質を一人で守りながらというのは、さすがに厳しいですね。

 これは――仕方ありません。


「シルフィー」


 私は覚悟を決め、立ち上がりました。


「剣を引きなさい。ここでの戦闘は禁止します」

「デイジー様!? どうして!」

「人質になっている皆様を、危険にさらすわけにはいきません」


 戦いに巻き込まれてケガでもしたら大変です。死者が出ようものなら、旦那さまの評判だけではなく、エステル様のお輿入れに影響が出てしまう可能性もあります。それは何としても避けねばなりません。


「あなた方に提案があります」


 私はシルフィーさんの前に出ました。


「私が人質として残ります。ですから、他の方は解放してください」

「デイジー様!?」

「あぁん?」


 強盗が眉をひそめました。私は深呼吸をして、強盗達に名乗ります。


「私はデイジー=ルーツ。英雄バルバ=ルーツの妻です。私一人でも、人質として十分価値があるでしょう」

「なんだと!?」


 強盗だけでなく、人質の皆様がざわめきました。

 隣でシルフィーさんが天を仰いでいますが、ここは仕方ありません。倒れた女性も心配ですし、高齢の方もおります。これ以上拘束が長引けば、体調不良で倒れる方がもっと出てくるはず。命にかかわるような事態になる前に、人質を解放してもらわねばなりません。


「てめえも(かた)ってるんじゃないだろうな」

「たかが強盗に騎士団が出動している。それで証拠になりませんか?」

「……」


 強盗が黙り込みました。その顔に迷いの色。

 これはチャンスですね。弱気は禁物、畳みかけていきましょう。


「放置すれば人質が危うい。そう判断されたら、多少の犠牲は覚悟の上で騎士団が突入してくるでしょう。そうなれば、あなた方はひとたまりもないと思いますが……よろしいのですか?」

「そ、それは……」


 強盗たち、明らかにうろたえました。シルフィーさんも言っていましたが、公国の騎士は気が荒いですからね。強盗相手に容赦はしないでしょう。

 よし、あと一押しです。


「それに、少人数でこれだけの人質を監視するのは大変では? 私一人なら、交代で休憩も取れますよ」


 人質は一か所にまとまっているとはいえ、五人――いえ、一人気絶していますから四人ですね――で監視しつつ、外の様子も警戒する、というのはかなり大変なはず。


「ちっ」


 強盗の一人が外を見て、舌打ちしました。

 騎士と警察官で十重二十重に囲まれた百貨店。脱出はほぼ不可能。目の前には騎士を名乗るシルフィーさんがいて、油断すれば逆に制圧されかねない。

 そんな状況での私の提案。

 焦りと疲労で判断も鈍っているでしょうから、おそらく。


「……いいだろう、その提案に乗ろうじゃないか」


   ◇   ◇   ◇


 私以外の人質全員が解放されました。

 シルフィーさんは自分も残る、と最後まで言い張っていましたが、彼女が残ることは強盗の方が拒否しました。このままでは人質が解放されないと、どうにかシルフィーさんを説き伏せて、他の皆様と一緒に出て行ってもらいました。


「さて、と」


 広い売場に、私と五人の強盗(うち一人はまだ気絶中)。なかなかに乙な状況です。怖くないと言えばうそになりますが、ビクビクしても仕方ありません。

 ここは侯爵夫人らしく泰然としていよう――そう考えて、私は売物の椅子に腰を下ろしました。


「あら、いい座り心地」


 なんというミラクルフィット感。腕のいい職人が作ったんでしょうか。ちょうど椅子を新調したかったんですよね。これ、買って帰ろうかしら。


「たいした余裕だな、え?」


 椅子のお値段などを確認していたら、強盗の一人が声をかけてきました。剣を持ったまま、私に近づいてこようとします。何だかイヤラシイ顔をしています。よからぬことを考えていそうです。


「言っておきますけど。シルフィーが言っていたことは本当ですからね」


 私は背筋を伸ばし、毅然とした態度で告げました。


「デイジー様にかすり傷ひとつでも負わせてみろ、英雄バルバが直々にやってきて、お前たちをミンチにするからな!」


 シルフィーさんは去り際、強盗たちにそう言い残しています。

 大げさな、と言いたいところですが――否定できません。旦那さま、私のこととなると目の色を変えますし。私に何かあったと知れば、激怒してほんとにミンチにしてしまいそうです。


「命が惜しければ、人質として大切に扱いなさい」

「……ちっ」


 私に近づいてこようとしていた強盗が、舌打ちして足を止めました。内心ほっとしましたが、それを悟られるわけにはいきません。ここで弱気になるのは禁物です。


 ゆっくりと時間が過ぎていきます。


 外を見ると、太陽が西の空へ移動していました。ちょうど午後のお茶の時間ぐらいでしょうか。お昼までには戻り、公妃様とお食事をご一緒する予定だったのですが。侯爵夫人として大事な社交のお仕事、すっぽかしてしまいました。

 色々とお話することがあったんですけどね。

 ですが、まあ。

 大公子様主催の夜会には、なんとか間に合うでしょう。そちらで挽回するとしましょう。


「そろそろですね」


 ふう、と息をつき、私は()()()に備えます。

 本日、旦那さまの予定はエステル様と大公子様のデートの護衛。初めて公国に来たエステル様に、公国の主要な場所を大公子様がご案内する、というものです。


 さて、ここで問題です。


 視察も兼ねたそのデートコース、公国自慢の高級百貨店は入るでしょうか、入らないでしょうか。


「お、おい、何だあの馬車は……」


 外を見ていた強盗の一人が、何やら騒ぎ始めました。他の強盗たちも慌てて窓に駆け寄ります。


「ろ、六頭立ての馬車に、大公家の紋章!?」

「まさか、大公子か!?」

「ちょっと待て、なんでそんな大物が来るんだよ!」


 答え。

 もちろんデートコースに入ります。


 強盗たちが振り返ります。そこに浮かぶのは、まさに驚愕の色。私はにっこりとほほ笑み返し、強盗たちに最終通告を行います。


「さて、皆様。私の旦那さまが来たようですよ。大人しく投降することをお勧めしますが、どうなさいますか?」

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