3-03. 人質解放
英雄バルバ=ルーツ。
その名を出した途端、強盗がひるみました。まあ、当然の反応ですね。その英雄に鍛えられた騎士相手に、チンピラな強盗がまともに戦えるはずありません。
ですが。
「へっ。それもハッタリだろ」
強盗は鼻で笑い、剣を構えます。
「お前みたいな小せえ女が、騎士になんてなれるものか」
「ヒラヒラしたスカートはいて、騎士だなんて笑わせるぜ」
「王国第一騎士団? もっとましなウソつけよ」
こちらは本当なんですけどねえ。仲間が一撃で泡を吹いて気絶しているという事実、理解できないんでしょうか。
「へっ、いいぜ騎士様。やろうじゃないか。人質全員を守りながら、俺たち全員を倒してみろよ」
「くっ……」
強盗の言葉に、シルフィーさんは苦い顔になります。
剣を手にした今、チンピラ四人程度ならシルフィーさんの敵ではないでしょう。しかし二十名近い人質を一人で守りながらというのは、さすがに厳しいですね。
これは――仕方ありません。
「シルフィー」
私は覚悟を決め、立ち上がりました。
「剣を引きなさい。ここでの戦闘は禁止します」
「デイジー様!? どうして!」
「人質になっている皆様を、危険にさらすわけにはいきません」
戦いに巻き込まれてケガでもしたら大変です。死者が出ようものなら、旦那さまの評判だけではなく、エステル様のお輿入れに影響が出てしまう可能性もあります。それは何としても避けねばなりません。
「あなた方に提案があります」
私はシルフィーさんの前に出ました。
「私が人質として残ります。ですから、他の方は解放してください」
「デイジー様!?」
「あぁん?」
強盗が眉をひそめました。私は深呼吸をして、強盗達に名乗ります。
「私はデイジー=ルーツ。英雄バルバ=ルーツの妻です。私一人でも、人質として十分価値があるでしょう」
「なんだと!?」
強盗だけでなく、人質の皆様がざわめきました。
隣でシルフィーさんが天を仰いでいますが、ここは仕方ありません。倒れた女性も心配ですし、高齢の方もおります。これ以上拘束が長引けば、体調不良で倒れる方がもっと出てくるはず。命にかかわるような事態になる前に、人質を解放してもらわねばなりません。
「てめえも騙ってるんじゃないだろうな」
「たかが強盗に騎士団が出動している。それで証拠になりませんか?」
「……」
強盗が黙り込みました。その顔に迷いの色。
これはチャンスですね。弱気は禁物、畳みかけていきましょう。
「放置すれば人質が危うい。そう判断されたら、多少の犠牲は覚悟の上で騎士団が突入してくるでしょう。そうなれば、あなた方はひとたまりもないと思いますが……よろしいのですか?」
「そ、それは……」
強盗たち、明らかにうろたえました。シルフィーさんも言っていましたが、公国の騎士は気が荒いですからね。強盗相手に容赦はしないでしょう。
よし、あと一押しです。
「それに、少人数でこれだけの人質を監視するのは大変では? 私一人なら、交代で休憩も取れますよ」
人質は一か所にまとまっているとはいえ、五人――いえ、一人気絶していますから四人ですね――で監視しつつ、外の様子も警戒する、というのはかなり大変なはず。
「ちっ」
強盗の一人が外を見て、舌打ちしました。
騎士と警察官で十重二十重に囲まれた百貨店。脱出はほぼ不可能。目の前には騎士を名乗るシルフィーさんがいて、油断すれば逆に制圧されかねない。
そんな状況での私の提案。
焦りと疲労で判断も鈍っているでしょうから、おそらく。
「……いいだろう、その提案に乗ろうじゃないか」
◇ ◇ ◇
私以外の人質全員が解放されました。
シルフィーさんは自分も残る、と最後まで言い張っていましたが、彼女が残ることは強盗の方が拒否しました。このままでは人質が解放されないと、どうにかシルフィーさんを説き伏せて、他の皆様と一緒に出て行ってもらいました。
「さて、と」
広い売場に、私と五人の強盗(うち一人はまだ気絶中)。なかなかに乙な状況です。怖くないと言えばうそになりますが、ビクビクしても仕方ありません。
ここは侯爵夫人らしく泰然としていよう――そう考えて、私は売物の椅子に腰を下ろしました。
「あら、いい座り心地」
なんというミラクルフィット感。腕のいい職人が作ったんでしょうか。ちょうど椅子を新調したかったんですよね。これ、買って帰ろうかしら。
「たいした余裕だな、え?」
椅子のお値段などを確認していたら、強盗の一人が声をかけてきました。剣を持ったまま、私に近づいてこようとします。何だかイヤラシイ顔をしています。よからぬことを考えていそうです。
「言っておきますけど。シルフィーが言っていたことは本当ですからね」
私は背筋を伸ばし、毅然とした態度で告げました。
「デイジー様にかすり傷ひとつでも負わせてみろ、英雄バルバが直々にやってきて、お前たちをミンチにするからな!」
シルフィーさんは去り際、強盗たちにそう言い残しています。
大げさな、と言いたいところですが――否定できません。旦那さま、私のこととなると目の色を変えますし。私に何かあったと知れば、激怒してほんとにミンチにしてしまいそうです。
「命が惜しければ、人質として大切に扱いなさい」
「……ちっ」
私に近づいてこようとしていた強盗が、舌打ちして足を止めました。内心ほっとしましたが、それを悟られるわけにはいきません。ここで弱気になるのは禁物です。
ゆっくりと時間が過ぎていきます。
外を見ると、太陽が西の空へ移動していました。ちょうど午後のお茶の時間ぐらいでしょうか。お昼までには戻り、公妃様とお食事をご一緒する予定だったのですが。侯爵夫人として大事な社交のお仕事、すっぽかしてしまいました。
色々とお話することがあったんですけどね。
ですが、まあ。
大公子様主催の夜会には、なんとか間に合うでしょう。そちらで挽回するとしましょう。
「そろそろですね」
ふう、と息をつき、私はその時に備えます。
本日、旦那さまの予定はエステル様と大公子様のデートの護衛。初めて公国に来たエステル様に、公国の主要な場所を大公子様がご案内する、というものです。
さて、ここで問題です。
視察も兼ねたそのデートコース、公国自慢の高級百貨店は入るでしょうか、入らないでしょうか。
「お、おい、何だあの馬車は……」
外を見ていた強盗の一人が、何やら騒ぎ始めました。他の強盗たちも慌てて窓に駆け寄ります。
「ろ、六頭立ての馬車に、大公家の紋章!?」
「まさか、大公子か!?」
「ちょっと待て、なんでそんな大物が来るんだよ!」
答え。
もちろんデートコースに入ります。
強盗たちが振り返ります。そこに浮かぶのは、まさに驚愕の色。私はにっこりとほほ笑み返し、強盗たちに最終通告を行います。
「さて、皆様。私の旦那さまが来たようですよ。大人しく投降することをお勧めしますが、どうなさいますか?」




