3-02. 対峙
人質となり、二時間ほど経ったでしょうか。
「おい、あれ騎士団じゃないか?」
「騎士団!? なんでそんなものが出張ってくるんだ?」
窓から外を見ていた強盗たちが、驚いた声を上げていました。
うーん、騎士団が動きましたか。
王国でもそうですが、公国でも騎士団と警察は役割が分かれています。武装集団である騎士団が動くのは、重大事件の時のみ。いくら高級百貨店での強盗事件とはいえ、たった五人に騎士団が動くはずはないのです。
が。
(私がいるから……でしょうね)
お忍びのお出かけとはいえ、ここは他国です。ちゃんと行先を伝え、許可を得て出てきました。騒ぎの報告を受けて、私が巻き込まれていると考えたのでしょう。
国賓として招いているエステル王女の随身であり、「英雄」バルバ=ルーツの妻。
ついでに言えば、同盟国の名門侯爵夫人。
あ、これは公国としても焦りますね。私がケガでもしたら、メンツが立ちません。何が何でも救出せねばと考えているでしょう。
「オオゴトになっちゃいましたね」
「だからお忍びはやめましょう、と言ったんですよ」
私の囁きに、ため息を返すシルフィーさん。
今回のお出かけ、ルーツ侯爵夫人としてそれなりのお供を連れて行きましょう、とシルフィーさんには言われました。公国の方からも騎士を護衛につけると申し出があったのですが。
そんなふうに出かけたら自由に見て回れないなぁと思って、断っちゃったんですよね。ど田舎貴族の娘として生まれ育った私、かしずかれるのは慣れていません。仰々しいお供とかは、どうしても気後れしちゃうんです。
「騎士団の護衛がいるとわかれば、やつらもあきらめて帰るしかなかったでしょう」
「そう、ですね」
「この事件そのものが起きなかったと思われます」
「……はい」
「もう少し、ご自身の立場をご理解くださいね」
「すいません……」
叱られてしまいました。
侯爵夫人となった今、意識を変えないといけないとは思っているのですが。三つ子の魂百までと言いますし、なかなか変われないんですよね。
――はい、すいません。言い訳です。
うう、関係各位にご迷惑をおかけしてしまいました。旦那さまの評判に響いたらどうしましょう。解放されたら、お詫びに回らねば。
「お前ら、コソコソ話すな、て言っただろうが!」
怒鳴り声が響きました。
強盗の一人が、真っ赤な顔をしてこちらをにらんでいます。あら怖い。
「そっちの髪の長い方、立て!」
髪の長い方――私ですね。ここは大人しく従うしかなさそうです。
やれやれ仕方ない、せいぜいしおらしく怯えてみせましょうかと、立ち上がりかけた時。
「う、うう……」
隣に座っていた中年の女性が小さくうめきました。
見ると、真っ青な顔をしています。どうされたのでしょうか。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけたら、そのまま私の方へ倒れ込んできました。
慌てて抱き留めました。息が荒く、苦しそうに胸を押さえています。
「もし、もし! 大丈夫ですか? 聞こえていますか?」
「何やってんだゴラァッ!」
私の呼びかけに、女性はかすかにうなずきました。よかった、意識はありますね。汚いダミ声が巻き舌で何か叫んでいますが、放っておきましょう。
「すいません、ちょっと空けてください」
周りにいた方々にお願いしてスペースを空け、女性を寝かせます。失礼して少し胸元を緩めると、ほっとした顔をされました。
「長時間の緊張で体調を崩したのでしょう」
「そうですね。シルフィーさん、何か枕の代わりになるものを……」
「てめら、ナメてんのか!」
ダミ声がドスドスと近づいてきました。
ああもう、まったく!
「少し黙ってください! 体調を崩しているのが、見てわかりませんか!」
思わず声を荒げると、強盗がびっくりした顔をしていました。
あらいけません、私としたことが。侯爵夫人たるものが大声を出すなんて、はしたないですね。
「て、てめえ……」
強盗の顔が、みるみる赤くなっていきます。それを見て――しまった、やっちゃった、と思いましたが、後の祭りです。
「痛い目に遭いたいのか!」
強盗の手が伸びてきました。さすがに身をすくめましたが、横から伸びてきた手が強盗の手をつかみます。
「はっ!」
鋭い声とともに、強盗の体が一回転。頭から床に叩きつけられる直前で、みぞおちに強烈な蹴り。ぐえ、と汚いうめき声をあげて、強盗は吹っ飛んでいきました。
「強盗風情が、汚い手でデイジー様に触るな!」
シルフィーさんが、私の前に立ちました。
蹴り飛ばされた強盗は泡を吹いて倒れたまま。気絶しているようです。まともに食らいましたからね、当分目を覚まさないかもしれません。
「女ぁ、タダで済むと思うなよ!」
他の四人が怒りの形相となり、武器を構えました。いけません、このままではシルフィーさんが――。
「人質に手を出したら、強行突入してくるぞ」
シルフィーさん、焦ることなく窓の外を指差します。
「向かいの建物から、望遠鏡でこちらを覗いている。公国の騎士は気が荒いと聞くからな、突入されたら、お前たち全員無事では済まないぞ」
強盗が息を呑み、シルフィーさんが指差す方をチラ見しました。私もつられて見てしまいます。向かいの建物、けっこう遠いですね。私には見えませんが、シルフィーさんには見えているんでしょうか。
ああ違いますね。これは――。
「そんなもの見えないぞ。ハッタリだな」
強盗が鼻で笑います。しかしシルフィーさん、うろたえたりはしません。
「私は田舎育ちで目がいいんでな。ハッタリだと言うのなら試してみるか」
シルフィーさんが一歩前に出ました。
さきほど蹴り飛ばした強盗が落とした剣を、器用に足でけり上げて手にします。あらかっこいい。子供たちの前でやったらウケそうです。
「てめぇ、一対四で勝てると思ってるのか」
「ふん、余裕だな」
シルフィーさん、臆することなく剣を構えます。
「王国第一騎士団が騎士、シルフィー=ワリシュ。英雄バルバ=ルーツに鍛えられた我が剣技、その身に受けてみるか?」




