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こわおもてな旦那さま  作者: おかやす
第3章 こわおもてな旦那さま
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3-01. 人質

 英雄、バルバ=ルーツ。

 王国史上最強と呼ばれる騎士であり、多くの騎士が兄とも父とも慕う、高潔で誇り高い騎士の中の騎士。さらに言えば、建国以来の武の名門、ルーツ侯爵家の当主様。


 それが、私の旦那さまです。


 結婚したのは半年前。

 武人にして侯爵、しかも英雄と呼ばれる方ですから、日常生活も厳しいのではと考えていましたが――まるでそんなことはなく、少々甘やかされているのではと思うほど。常に私のことを気遣ってくれて、悩んでいたらすぐ相談に乗ってくれて。なんていうかもう、大切にされているなぁ、と感じる幸せな毎日です。


 そんな愛する旦那さまの、唯一にして最大の欠点。

 それは、お顔がとても怖いことです。


 一睨みしただけで盗賊が腰を抜かし。

 憤怒の形相で一喝するだけで敵兵を倒し。

 街を歩けば人々が怖がり、夜会に参加すればご令嬢が気を失う。


 そんな武勇伝(?)が山ほどある旦那さま。私も最初は怖かった――なんてお考えになるかもしれませんが、そんなことは一切ありませんでした。

 免疫ありましたので。

 厳めしいお顔だな、とは思っていましたが、怖いとは一度も思ったことありません。それに、よく見たらカワイイんですよ。いえホントですってば、信じてくださいよ。


「デイジー様。大丈夫ですか?」

「え?」


 囁くように声をかけられ、我に返りました。


「ぼーっとしておられるようですが……お体の調子が?」


 心配そうな顔をしているのは、護衛役のシルフィーさん。

 明るくて元気いっぱいの、なかなかに可愛らしい女性です。ですがこの方、実は騎士。しかもエリート集団である王国第一騎士団の一員です。その実力は騎士団トップ10に入り、騎士団長も夢ではないと言われるほどです。


「すいません、ちょっと考え事をしてました」


 私は居住まいを正します。この緊急事態に、旦那さまの事を考えてうっとりしていたなんて知られたら――あきれられちゃいそうですね。黙っていましょう。


「ならよいのですが」


 シルフィーさんは小さくうなずき、視線を正面へと向けました。私もシルフィーさんにつられてそちらを見ます。

 そこには、ガラの悪そうな男たちがいました。

 全部で五人、全員が皮の鎧に古びた金属製の額当てを身に着け、ろくに手入れしていないと思われる剣や斧を持っています。


 いかにも、な感じの男たち。

 どう見てもここ――高級百貨店のお客ではありません。


 まあ、お客ではないんですけどね。

 じゃあ何かというと、百貨店に押し入った強盗です。店員を武器で脅し、金目の物をありったけ持ち出そうとしていたのですが、迅速に対応した警察官に包囲され、店員と逃げ遅れたお客を人質に、店内に立てこもっているのです。

 はい、その人質になっているお客の一人が、私です。


「それにしても……どうしましょうねえ」


 まさかこんなことになるなんて。頬に手を当て、思わずため息をついてしまいました。


「落ち着いてますねえ」

「慌てても仕方ありませんし。シルフィーさんもいらっしゃいますから、どうにかなるかと」

「ご信頼はうれしいですが、さすがにこのナリでは……」


 シルフィーさんはスカートをつまむと、苦笑いしました。

 お忍びでのお出かけということもあり、私とシルフィーさんは「ちょっといいところの女性」といういで立ちです。この格好で大立ち回りをするのは、シルフィーさんといえど難しそうです。


「武器も持っていませんし。こうなるとわかっていたら、いつもの格好で来ていたのですが」


 いつもの格好――騎士団の鎧に帯剣、ですか。


「でもそれだと、店内に入れてもらえなかったのでは?」

「確かに。デイジー様一人にするところでしたね」

「不幸中の幸いで……」

「おまえら、コソコソ話してるんじゃねえ!」


 私の言葉は、男性のダミ声でさえぎられました。

 強盗の一人がこちらをにらんでいます。いけません、今は注意を引かないようにしなくては。怯えたふりをして、私は口を閉じました。


 え、怯えたふり? 怖くないのか、ですって?


 いえ、別に。うちの旦那さまに比べれば、目の前にいる強盗たちなんて優しいお顔です。五人束になったところで、旦那さまのこわおもてには遠く及びません。

 ですが、武器を手にしているというのは要注意です。逆上してケガでもしたら損ですからね、大人しくしておきましょう。


「旦那さまが知ったら、心配するでしょうね」


 しばらくして強盗が視線を外したのを見計らい、シルフィーさんにだけ聞こえる声でささやきました。


「心配するだけで済まないかと。激怒して殴り込んでくるんじゃないですか?」


 あー、そうかも。


「そうなったら、誰も団長を止められないでしょうね」

「本気で怒った旦那さま、怖いですからねえ」

「公国の方も生きた心地がしないでしょう」


 公国。

 そう、私は今、旦那さまとともに隣国へお邪魔しています。かつて私がお仕えしていた第二王女エステル様と、こちらの大公子様との縁談が進んでおりまして。今回、エステル様が国賓として招かれ公国を訪問しているのですが、その随身として「英雄」たる旦那さまが選ばれたのです。


 私との結婚を機に、侯爵の爵位を継いだ旦那さま。

 それまでは軍務一辺倒だったのですが、侯爵ともなるとこういった外交にも駆り出されるようになりました。なにせ近隣諸国にも名を知られる「英雄」ですからね。同行すれば歓迎の度合いが違いますし、護衛役としてもこれほど頼もしい人はおりません。


 ただ、なぜか私も一緒に招かれることが多くて。

 主賓ならともかく、随身が夫人同伴なんて、あまりないはずなんですが。武の名門ルーツ侯爵の夫人とはいえ、なぜに指名があるのか――まあ、()()噂のせいでしょうけど。はぁ、頭が痛いです。


「私は殿下の護衛があるが、デイジーは時間があるだろう。公国自慢の百貨店でも行ってきたらどうだ?」


 本日は公国の大公子様とエステル様の親善(デート)が予定されています。

 旦那さまは護衛として同行しますが、私はお留守番。午前中は特に予定がなく、どうしようかなと思っていました。噂に聞く百貨店は見てみたかったですし、ついでにお土産も買おうと、旦那さまの勧めに従いシルフィーさんとやってたのですが。

 強盗に出くわし、こうして人質になってしまった、というわけです。


「旦那さまに知られる前に、脱出した方がいいんでしょうけど……」


 私一人だけ逃げたら、強盗がどう出るかわかりません。それで人死にでも出たら、英雄バルバの妻は他の人を見殺しにした、なんて言われるでしょう。

 私のことはともかく、旦那さまが悪く言われるようなことはできません。


「とりあえず、様子見ですね」


 シルフィーさんの言葉に、私は静かにうなずきました。

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