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こわおもてな旦那さま  作者: おかやす
第2章 こわおもてな婚約者
27/34

2-15. 世界でただ一人

 夜明けより少し早く。

 私とバルバ様は別荘を出て、森へと続く道を歩き始めました。

 霜が降りた道を歩くと、さくり、さくり、と音がします。ほうっ、と吐く息も白く、まさに冬の朝という感じです。


「やはりこちらは寒いな」

「山に近いですから」


 昔はコート一枚で平気だったのに、今はマフラーに帽子も被っての完全装備。王都の気候に慣れてしまったからか、年を取ったからなのか。うん、両方ですね。

 でも、歩いているうちに体が温まってきました。森の入口の広場に着いた時には、ちょっと汗ばんでいたぐらいです。


「静かな場所だな」


 森の入口の広場、その中央に立ってバルバ様が周囲を見渡しました。

 秋の終わり、ここでバルバ様と光る獣――オオカミのレオ君が戦いました。あの戦いは夢だったのではないか、そう思えるほど今は静かでした。


   ◇   ◇   ◇


 あの夜。

 バルバ様の勝利と私との結婚を祝う宴は夜明け近くまで続きました。


『では、そろそろ行くとしよう』


 夜明け前の、最も夜が濃くなる時間。

 楽しく過ごしている私たちを見守っていたレオ君は、そう言って立ち上がりました。自然と声がやみ、みんながレオ君に視線を向けます。


『さらばだ、デイジー。お前と共に過ごした時は、私にとっても幸せであったよ』

「うん……レオ君、私をずっと守ってくれて、ありがとう」

『そう言って見送られるのは二度目だな』


 レオ君は笑い、そしてバルバ様を見ました。


『英雄。デイジーを頼んだぞ。少々危なっかしいところがあるからな、しっかり守ってやってくれ』

「ああ。わが名に懸けて、デイジーを守ると誓おう」


 バルバ様の言葉にうなずくと、レオ君はくるりと体の向きを変えました。


『その男と共に、幸せにな』


 それが、レオ君の最後の言葉でした。


   ◇   ◇   ◇


 生きていたレオ君とお別れしたのは、私が十三歳の時でした。

 まだまだ子供だった私、レオ君は私のことが心配で、死んでも死にきれなかったのかもしれません。


『合格だよ、デイジー』


 あの夜、そう言ってくれた時、レオ君はとても満足そうな顔をしていました。あれ以来、光る獣が出たという話は聞きません。レオ君は今度こそ、死者の国へと旅立っていったのでしょう。

 もう会えないのは寂しいけれど――「森の王者」たるレオ君に認められたことは、誇らしく思います。


「バルバ様、あそこに小さな道が見えますよね? 私、五歳の時に、あそこから森に入って迷ったことがあるんです」


 水源の村に住む子供たちと一緒に遊んでいるときに、つい夢中になって森の中に入った私。何かにつまづいて転び、そのまま斜面を滑り落ちてしまいました。

 何とか戻ろうとうろうろしているうちに方向を見失い、私はすっかり迷ってしまいました。

 のどが渇いて、お腹も空いて。歩き続けて足は痛いし、だんだんと暗くなっていくし。怖くて心細くて、とうとう歩けなくなって、大きな木の根元に座り込んでしまいました。


「私、ここで死んじゃうのかな、て思ったらすごく悲しくて。助けて、助けて、てずっと泣き続けていたんです」


 そうしたら現れたんです、レオ君が。

 薄暗くなった森の中、がさがさと草木をかき分けて、にゅうっと巨大なオオカミが姿を見せた時、私はびっくりしてすくみ上ってしまいました。


「レオ君、しばらくの間、私をじっと見て。それからゆっくりと近づいてきて、口を大きく開けたんです」


 食べられる――怖くて思わず目を閉じると。

 レオ君は私を優しく口で咥えて、そのまま歩き始めました。まるで、犬や猫が子供を運ぶみたいな感じで。


「いつ食べらてしまうのか、てドキドキしていたんですけど、レオ君はそのまま森の中を歩いて、この広場まで送り届けてくれたんです」


 巨大なオオカミが私を咥えているのを見て、探しに来たお父様は本当に怖かった、と言っていましたが。

 レオ君は、私をそっと地面に降ろすと、そのまま森に帰っていきました。


「それから、ここへ遊びに来るたびに姿を見せるようになったんです。私が危ないことをしようとすると邪魔するし、年上の子が私をイジメたら唸り声を上げて威嚇するし」


 極めつけは、冬眠前の熊との遭遇でした。

 逃げ遅れた私を助けるため、熊の前に立ちふさがったレオ君。全身傷つきながらも見事に熊を倒し、私を助けてくれました。


「まるでデイジーの騎士(ナイト)さまだね」


 誰かがそう言ったのを聞いて、私は子供心にその通りだと思いました。そして、だったら連れて帰らなきゃ、とも思ったんです。


「それで、町へ連れて帰った、と?」

「はい。もちろんお父様もお母様も大反対。村の人たちも森の中から連れ出さない方がいい、て言っていたんですけど。私が泣いて喚いて連れて帰ると言い張ったので、根負けして、て感じで」


 普段は聞き分けの良い、どちらかというと大人しかった私が、レオ君のことではまったく言うことを聞かないのでとても戸惑った、と後にお父様とお母様の二人から聞かされました。

 そうなんですよね、自分でも不思議なんです。私、どうしてレオ君のことだけはわがままを通したんでしょう。


「もしかしたら、レオナルドは本当に精霊の使いで、デイジーに加護を授けに来たのかもしれないな」

「ええっ、バルバ様までそんなことおっしゃらないでくださいよぉ」


 精霊の加護を受けた乙女。

 その噂はすっかり広まっていて、国王陛下の耳にも届いているそうです。ルーツのお義母様も「こうなったら全力で乗っかりましょう」なんて言い出してますし。勘弁してくださいよぉ。


「私は平凡でこれといった取り柄のない、どこにでもいる普通の女ですよ」

「それは……少し違うな」


 バルバ様が私の手を握り、ニカッ、と笑いました。


「私にとっては世界でただ一人、唯一無二の最愛の女性だ」


 ちょっぴり照れたお顔のバルバ様。私も頬が一気に熱くなり、寒さがどこかへ飛んで行ってしまいます。


 もう。

 バルバ様ったら、もう。


 そんな直球ストレートの甘い言葉、どう返していいかわからないじゃないですか。なんですか、なんなのですか、最近。こんなの――ドキドキして、幸せいっぱいになっちゃうじゃないですか。


「デイジーも、同じように想ってくれていたら嬉しいのだがな」

「もう……」


 私はバルバ様の手を握り返し、そのたくましい腕に抱き着きました。


「そんなの……同じに決まっているじゃないですか」

「はっきりと言ってほしいな」


 バルバ様が、軽々と私を抱き上げました。

 目の前に、こわおもてなバルバ様のお顔。誰もが怖いと言うけれど、私にとっては愛しくて仕方ない、頼もしくてすてきなお顔。


「バルバ様は……世界でただ一人、私が心から愛するお方です」

「ありがとう、デイジー」


 バルバ様が照れ臭そうに笑い、それから意を決したような顔をして、そっと顔を近づけてきました。

 ドキン、と心臓が飛び跳ねます。

 頬がますます熱くなるのを感じながら、私は静かに目を閉じました。


「ん……」


 私の唇と、バルバ様の唇が重なった時。

 どこからかレオ君の遠吠えが聞こえたような、そんな気がしました。

第2章 おわり

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