2-13. 祝宴
村の中央、ローミア家の別荘前。
全身が淡く光る大きなオオカミ――レオ君が、くつろいだ様子で私たちを待っていました。
『待ちくたびれたぞ』
ふわぁっ、と大あくびをして、レオ君が立ち上がりました。
大きな体に、凶悪な顔。殺気は放っていませんが、バルバ様に勝るとも劣らない迫力です。視線を向けられ、私とバルバ様以外の人たちが後ずさりするのを感じます。
「レオ君、これは何事?」
聞きたいことはたくさんありますが――まずはこの状況から。
もう真夜中だというのに、どうして村の人たちが集まって宴会の準備をしてるんですか? しかも仕切っているの、お母様じゃないですか。
『夜な夜な暴れていた光る獣を、英雄が見事倒した。ならば勝利の宴を開くしかあるまい』
カッカッカッ、と高笑い。いや、そうかも知れませんけど。
「その英雄に倒された光る獣って、レオ君ですけど?」
『うむ。さすがは英雄バルバ、口惜しいが完敗だな』
レオ君が、私の背後に立つバルバ様を見ました。
バルバ様、レオ君の視線を受けて困惑顔です。まあ、そうなりますよね。レオ君が何をしたいのか、私にもさっぱりですから。
「で、レオ君……」
『武人の妻となるのだな、デイジー』
何がしたかったのか、と聞こうとした矢先。
じっとバルバ様を見ていたレオ君が、静かに口を開きました。
『しかも英雄と呼ばれる男の、な』
「……うん」
うなずいた私を、レオ君はじっと見つめました。
『人も獣も関係なく、命を慈しむ優しいお前が……武人の妻とは、な』
「そんなに変かな?」
『変というか、何があったのかと問いたくなるな』
レオ君がまたバルバ様を見つめました。
『ゆえに、試させてもらった』
あ、と思いました。
まさかアレですか? 私を倒すことができたら結婚を許してやろう、てやつですか? レオ君ならやりそうだなぁ、と思っていたけど、ホントにやったんですか? しかも死んでいるのに復活してまで?
『そうではない』
「え?」
『試したのはお前だよ、デイジー』
え――私?
バルバ様もびっくりした顔をしています。ええと、私、何を試されたんですか?
『覚悟、かの』
「覚悟?」
『好きだから。それだけで妻となれる相手ではない。違うか、英雄』
「……まあ、そうだな」
レオ君の問いに、バルバ様はうなずきました。
でもすぐにバルバ様は問い返します。
「だが、デイジー殿にはその覚悟がちゃんとある。違うか、レオナルド」
『ああ、そのようなだ』
レオ君がうなずきました。
『英雄の妻となる覚悟、先ほどの戦いの中で垣間見させてもらった。たいしたものだよ、デイジー』
「ええ、確かに」
レオ君の言葉に、今度はアーチボルト様がうなずきました。
「無事ではなく勝利を祈れ。バルバ様のその言葉の意味をすぐに理解されたようですし、バルバ様とレオナルド殿の戦いを見届けんと、最後まで気丈に立っておられた。まこと、未来のルーツ侯爵夫人たるにふさわしい振る舞いでした」
「私も同感です!」
アーチボルト様に続き、シルフィーさんも口を開きます。
「戦いに巻き込まれるかもしれないというのに、一歩も動かず立っていた姿、感服しました!」
「ええ、さすがは団長が選んだ方です」
オスカー君まで。
ええと、無我夢中だっただけで、覚悟とかよくわからないんですが。私は、私が採るべき行動をしていた、ということでいいんでしょうか。
『ああ、そうだ。合格だよ、デイジー』
レオ君は静かにうなずくと、お父様に視線を向けました。
『どうだフレッド、結婚を認める気になったか?』
お父様に視線が集まりました。
私に英雄の妻となる覚悟があるのか、バルバ様はルーツ侯爵夫人の役割をちゃんと理解しているのか――そう言って、結婚に賛成できないと言っていたお父様。レオ君が「合格」というのを聞き、どうしたものか、と言いたそうな顔をしています。
「ローミア子爵」
バルバ様が動きました。
お父様の前に行き、膝をついて見上げます。
「娘を心配するお気持ちはわかります。ですが、私にとってデイジー殿はかけがえのない女性。この度のことで、その思いは一層強まりました。どうか……私との結婚を認めていただけないでしょうか」
腕を組み、天を仰ぐお父様。そんなお父様にお母様が歩み寄り、お父様の手に触れます。
「あなた。デイジーは立派でしたか?」
「……ああ、見違えていたよ」
「では心配いりませんね」
「そうだな」
お母様に笑顔で答えるお父様。ふう、と大きく息をついて、返事を待っているバルバ様に答えます。
「バルバ殿。まだまだ至らぬ娘ですが……どうかよろしくお願いします」
「はい。生涯愛し守り抜くことを、わが名に懸けて誓います」
わぁっ、と歓声が上がりました。
「デイジー様、おめでとうございます!」
「めでてぇ! めでてぇなぁ!」
「お二人の将来に乾杯だー!」
方々から祝福の声が上がってきます。ほんの数時間前にも同じことがありましたが――もういいんですよね。堂々と祝福を受けていいんですよね。お父様が、認めてくださったんですもの!
「皆様、ありがとうございます!」
オォォォォーン!
村の人たちの歓声を吹き飛ばすような声で、レオ君が遠吠えしました。ものすごい迫力です。でも怖くはありません。レオ君が私の結婚を祝ってくれているんですから。
『では、祝いの宴を始めようではないか!』
レオ君の号令で、集まった皆様に祝杯が配られ。
「英雄バルバの勝利と、わが娘との婚約を祝って……乾杯!」
お父様の乾杯の音頭で、宴が始まりました。




