2-11. 激闘
唸るレオ君に注意を払いながら、バルバ様は盾を拾いました。
ですが。
「ふむ……いらんな」
ぶんっ、と盾を投げ捨ててしまいました。それだけではなく、兜も脱いで放り投げてしまいます。
『ほう。防御を捨てるか』
「重くてかなわん。あんなものを身に着けていては、お前のスピードについていけん」
『一撃食らえば、それで終わるぞ?』
「なに、こちらが先に一撃入れればよいだけだ」
バルバ様が剣を構えました。ですが、鞘はついたままです。
『抜かぬのか、英雄』
「お前はデイジー殿の騎士さまだと聞いた」
レオ君の問いかけに、バルバ様が静かな声で答えます。
「デイジー殿の目の前で、お前を斬るわけにはいかんだろう」
『……甘いことよ』
ふっ、と。
どこか呆れたように笑うレオ君。そして、ちらりと私を見ました。
『情けをかければ、デイジーに危害を加えぬとでも思っているのか?』
レオ君の体が、再び光り始めました。そして、ドンッ、という音と共に、その光が放たれて私の方へと飛んできます。
光は途中で二頭のオオカミとなり、私に襲い掛かってきました。とっさのことで、私は身動きできません。
「なんの!」
「我らがいることを忘れるな!」
シルフィーさんとオスカー君が、私の前に飛び出しました。盾を構え、襲い掛かってきたオオカミを食い止めてくれます。そこへアーチボルト様の剣が一閃、オオカミは光となって消えてしまいました。
「デイジー様、ご無事ですか?」
「は、はい……」
ドッドッドッ、と心臓が早鐘を打ちました。
叩きつけられた殺意に体がすくんでいます。恐怖のあまり、腰が砕けてしまいそうです。
でも、だめです。
ここでヘタレて、どうするんですか。
私は歯を食いしばり、下腹に力を込めました。
私を守るため、バルバ様が戦ってくださっているのです。へたり込んでなんていられません。この戦い、最後まで――バルバ様の勝利を見届ける義務が、私にはあるんです。
それができなくて、どうしてあの人の妻になれるでしょうか。
「デイジーちゃん、危ないよ! 下がって!」
「大丈夫です、お父様」
息を吸って――いいえ、吐いて。
吐いて、吐いて、全部吐き出して、それから大きく吸い込んで。
私は胸を張り、まっすぐにバルバ様を見つめました。
「私はここで、バルバ様の勝利を見届けます!」
『……ほう』
――あれ?
今、レオ君が笑ったような、そんな気がしました。気のせいでしょうか。子供の頃よく見ていた、猛々しくも温かなまなざしが、あの殺気の向こうに見えたような気がしたのですが。
『気丈よな。だが英雄、これでわかっただろう。私は本気だぞ』
「……そのようだな」
『さあ、剣を抜け、英雄。全力で来ぬと、デイジーが死ぬぞ』
レオ君が禍々しい殺気を放ちました。手を抜くというのなら、私もろとも葬ってくれる――そんな意志が伝わってくるようです。
「デイジーには、傷ひとつつけさせぬ」
そう告げたバルバ様が、静かに鞘を払いました。
いくつもの戦いを潜り抜け、国難を切り伏せてきたバルバ様の剣。その刀身が月の光を浴びてきらめき、まっすぐにレオ君に向けられました。
「行くぞ、レオナルド!」
『来るがいい、英雄!』
剣と牙が交錯し、森の空気が一変しました。
一太刀。跳躍。咬撃。回転。
盾と兜を捨てたバルバ様は、レオ君の素早い動きに翻弄されることなく、食らいついていました。しかし幾度剣を繰り出しても、ひらりひらりと躱されます。そして時折、レオ君がバルバ様に肉薄し、鎧の可動部、その隙間に牙を突き立ててきます。
「くっ!」
レオ君の攻撃を防ぎ続けていたバルバ様ですが、わずかな隙をつかれ、左肘に嚙みつかれました。
ですが、その瞬間。
バルバ様の剣が光を描きました。
ギャウッ、とレオ君の悲鳴が上がりました。
バルバ様の剣が、レオ君の左肩をえぐります。そこから血――ではなく、銀色の光が噴き出すのが見えました。
「今度こそ決まったか?」
オスカー君のつぶやきは、私の願望でもありましたが。
レオ君は、バルバ様の追撃を素早く避け、距離を取ります。さらなる追撃をしようとしたバルバ様ですが、噛まれた左腕が痛むのか、顔をしかめ立ち止まります。
再びにらみ合う、王者と英雄。
そんなバルバ様とレオ君を見て、ぎゅっ、と胃袋をつかまれたような気がしました。
私の騎士さま、レオ君。
私の愛する人、バルバ様。
私にとって大切な存在が、どうして戦っているのでしょう。レオ君は、どうして私に襲い掛かってくるのでしょう。
こんな戦いに、意味なんてあるのでしょうか。
「お互いに一撃ずつ。レオナルドよ、ここらで手打ちとは出来ぬのか」
私の思いを感じ取ったようなバルバ様の言葉。
『出来ぬな』
しかしレオ君は、即座に拒絶します。そして鋭い視線を――私に向けてきました。
あれ?
やっぱり、笑ってる?
なに?
レオ君、何を考えているの?
私に何か伝えたいことがあるの?
『とはいえ、だらだらと戦うのも芸がない。英雄、次の一撃で雌雄を決しようではないか』
レオ君の全身が光り始めました。
放たれる強烈な殺気。離れている私にすら伝わってくるのです、間近にいるバルバ様へのプレッシャーはどれほどでしょうか。
「望むところ」
バルバ様もまた、剣を構え気迫をみなぎらせていきます。全身から立ち上る闘気がレオ君の殺気を押し返し、まるで私を守ってくれているようです。
静寂が、バルバ様とレオ君を包みました。
もう誰も割って入ることはできません。私はただ戦いの行く末を見守るしかありません。
戦いの行く末に――何を望む?
ふと、誰かに問われたような気がしました。その問いに、私は静かな決意で答えます。
バルバ様の、勝利を望む、と。
『グゥォォォォォーッ!』
「はぁぁぁぁぁぁーっ!」
裂帛の気合ととともに、バルバ様とレオ君が全身全霊を込めた一撃を放ち。
王者と英雄の戦いは、決着を迎えました。




