2-09. 遠吠え
私たちが水源の村に着いたのは、日没直後でした。
「来たぞ!」
「おお、あれが英雄バルバか!」
村の中央にあるローミア家の別荘前に、村の人たちが集まっていました。英雄バルバの到着に、皆様が沸き立ちます。これ、村の人全員集まってませんか。さすがはバルバ様、どこへ行っても人気者です。
村の人たちに交じって、お父様とお母様もおられました。よかった、ご無事のようです。その背後には、シルフィーさんとオスカー君の姿も見えます。
「お父様、お母様!」
馬車を降り、お父様とお母様に駆け寄りました。二人とも、呆れ半分の顔です。私に何が起こったのか、シルフィーさんから聞いているのでしょう。
「デイジー、やっぱり来たのか」
「まったくあなたって子は」
「お父様もお母様も、ご無事で何よりです」
「あなたこそ」
二人はため息をつきつつも、駆け寄った私を抱きしめてくださいました。
「ケガはしていないのね、デイジー?」
「はい。バルバ様が守ってくださいましたから」
私の言葉に、お父様とお母様がバルバ様を見上げました。
「バルバ様。娘を守っていただき、ありがとうございました」
「なんとお礼を申してよいのか……」
「なんの。妻にと望む女性を守るのは当然のことです」
力強く答えたバルバ様。その言葉を聞いて、村の人たちがどよめきます。
「え、妻に!?」
「うそっ! デイジー様、英雄バルバとご結婚なさるの!?」
驚きの声が広がっていき、やがて、どこからともなく拍手が沸き起こりました。
「なんでぇ領主様、そうなら早く教えてくだせぇよ!」
「おめでとうございます、デイジー様!」
「いやぁ、あのちっちゃかったデイジー様がついに……めでてぇなぁ!」
あちらこちらから飛んでくる祝福の声。
あの、まだ決まってませんので。お父様のお許し、まだですので。ですから、その、祝福の拍手はまだ取っておいてくださいませ。
「はっはっは、皆様の祝福、ありがたいことですな」
その様子を見て、アーチボルド様がニコニコ笑っておられます。対してお父様は困惑顔。結婚推進派と反対派の反応、てところでしょうか。
「とはいえ、まずは問題を片付けてからでしょうな」
「ああ、わかっている」
バルバ様がお父様の前に進み、膝をつきました。これは、領主たるお父様に対する騎士としての礼。すぐにシルフィーさんとオスカー君も動き、バルバ様の後ろに並んで膝をつきます。
「お初にお目にかかる、ローミア子爵。こたびの光る獣の件、微力ながらお力添えをさせていただきたく馳せ参じた次第。私は王国第一騎士団、団長バルバ=ルーツ」
「同じく、騎士シルフィー=ワリシュ」
「同じく、騎士オスカー=バレット」
「以上三名、光る獣討伐隊への参加、お許しいただきたい」
「願ってもないことです」
騎士の礼を取ったバルバ様たちに対し、お父様も表情を改め、丁寧な一礼で答えました。
「英雄たるバルバ様のご助力、心強い限りです。どうかこの村を……そして娘を、お守りください」
「必ず」
短く、でも力強く請け負ったバルバ様の声。
不思議ですね、バルバ様がうなずくだけで、すべてが解決してしまう気がします。これが英雄と呼ばれる理由――バルバ様のカリスマなんですね。
◇ ◇ ◇
私たちは別荘一階に設けられた会議室に場所を移し、光る獣について情報交換をしました。
光に包まれた、獣らしきもの。
半月ほど前から、夜にだけ現れるとのこと。光に包まれているため正体は不明ですが、かなり大きな体で、悠々と、まるで王者のような貫禄の歩みで村を闊歩するそうです。
「どうやらここに現れた獣と、昨夜町に現れた光る獣は、同じもののようだな」
会議に同席した猟師、お父様、そしてシルフィーさんが村の人から聞いた目撃談。すべてで私たちが町で見た光る獣と、特徴が一致します。同じものと考えて間違いないと、バルバ様は断じました。
「目撃されたのはこのあたり。村の奥、森の入口にある開けた場所だ」
「まあ、そこなんですか」
お父様が地図で指示した場所は、私にとって懐かしい場所でした。
私は小さい頃、この村の雰囲気が大好きで、しょっちゅう遊びに来ていました。村の子供たちとも仲良くなり、一日中駆けまわって遊んでいたものです。
森の入口にある広場は、さほど遠くないこともあって、子供にとっては格好の遊び場でした。私にとっては思い出の場所であり、そして、大切な出会いがあった場所――。
「……あ」
うそでしょ、私。
どうして今まで思い出さなかったのでしょう。私にとって一番大切な思い出なのに。
頭の中が急に晴れていく感じがして、小さい頃の記憶がよみがえります。そう、森の入口にある広場は、とても大切な場所。そこで私はあの子と出会い、そして――。
オォォォォーン。
夜の闇を貫いて、遠吠えが聞こえてきました。
「この遠吠え……」
猟師の方々が眉をひそめました。
光る獣が現れて以来、鳴き声や遠吠えを聞いたことは一度もないとのこと。それが今夜、初めて遠吠えが聞こえたのです。
「間違いねえ、オオカミだ」
オォォォォーン。
再び遠吠えが聞こえました。まるで誰かを呼んでいるようです。
「どうやら……私を呼んでいるようだな」
バルバ様が険しい顔になりました。三度遠吠えが聞こえると、バルバ様は窓を開け、大声で叫び返します。
「今そちらに行く! 首を洗って待っておれ!」
バルバ様の声が響くと、遠吠えはピタリとやみました。
「ふん、こちらのことは見ているぞ、ということか」
窓を閉め、バルバ様が振り返りました。険しく引き締まった顔に、他の皆様が息を呑むのを感じます。
そのお顔は、まさしく戦士の顔。王国一の騎士であり、英雄と呼ばれる男、第一騎士団団長バルバ=ルーツです。
「シルフィー! オスカー! 行くぞっ!」
「はっ!」
「了解です!」




