1-02. 夢じゃなかった
「はっ!?」
気がついたら、ベッドの上でした。
あれ、私いつの間に寝てしまったんでしょう。ずいぶん生々しい夢を見てしまいました。バルバ様がエステル様を訪ねてくる、きっと結婚の申し込みよね、なんてあれこれ妄想してたから、あんな変な夢を見たんでしょうね。
「……あーびっくりした」
「こっちのセリフ」
独り言に、ツッコミが入りました。
「やっと起きたか、この幸せ者め」
「え?」
同僚で同室のアイリスでした。腰に手を当てて私を見下ろし、あきれた顔でため息をついています。
「幸せ……者?」
「そーよ。まったく、求婚されて気を失うなんて。大騒ぎだったんだからね」
「え、それって今見てた夢……」
「あーもー、寝ぼけてんのか!」
ぺちん、と。
軽くデコピンされました。
「はい起きる! そして現実を受け入れる! あんたはバルバ様に求婚されて、気を失ったのよ!」
徐々に意識が覚醒していきます。同時に、血の気が引いていきます。
英雄であるバルバ様に、求婚された。
びっくりしすぎて、気を失った。
しかも、王女であるエステル様の前で。
「……やばい、やっちゃった」
「そーね。ほら、とっとと起きなさい。殿下のところに行くよ」
嫌だ、行きたくない、とダダをこねたけど。
アイリスに襟首つかまれて、エステル様のところへ連行されました。
◇ ◇ ◇
「あきれた」
エステル様が、本気であきれた顔になり、深々とため息をつきました。
「デイジー。あなた、本当にバルバ様の気持ちに気付いていなかったの?」
「はい」
噓でしょこの子、という感じでみんなが私を見ていました。なんだか痛い子を見ているような、そんな視線です。
「ここへ来るたびに、真っ先にデイジーに話しかけていたでしょう?」
それは私が応対係で、まずは私が対応するのが決まりだからだと。
「デイジーが好きなお菓子、毎回いただいていたでしょう?」
エステル様がお好きなお菓子でもありましたので。
「バルバ様との剣の稽古に、デイジー以外を連れて行っていないでしょう?」
私以外の方は、バルバ様を怖がるからですよね。
他にも色々と証拠を挙げられましたが、私にしてみればすべて別の理由がありました。そんなの気付けなくて当然だと思うんですけど。
「あなたってば……」
またもや深ーいため息をつかれたエステル様。うう、そんな憐れむような顔をしなくてもいいじゃないですか。
「どうしてあれで気づかないのか、逆に聞きたいのですけど」
「あの、そんなにわかりやすかったんですか?」
「ダダ漏れでしたね」
とは、侍女頭のタイン様。こちらもすっかりあきれた顔でした。
「殿下への挨拶にかこつけて、好きな女性に会いに来るなんて。バルバ様でなければ厳重注意しておりましたわ」
うんうん、とうなずく侍女の皆様。
「わかりやすかったよねえ」
「デイジーと私たちとじゃ、明らかに態度違ってたしね」
「デイジーがいないときは、お茶も飲まずに帰ってたし」
「逆にデイジーがいると、三十分はねばるよね」
「そういえばこの前なんかさ……」
「あ、私が見たのはね……」
キャッキャウフフと、侍女の皆様が目撃談を披露していきます。言われてみれば、なんとなく思い当たる節があります。その一つ一つを聞く限り、「これで好意に気づかないなんて鈍すぎない?」と言いたくなるような内容でして。
うう、こっぱずかしいです。もう許してください。私が悪かったです。
「まったく。バルバ様もおかわいそうに」
いつの間にか用意されていたお茶を、優雅に口に運ぶエステル様。のどを潤したところで、じろりと私をにらみます。
「デイジーが気絶なんてするから。バルバ様、デイジーを怖がらせてしまったかと、しょんぼりして帰られましたよ」
「え、しょんぼり?」
バルバ様にはまるで似合わない形容詞です。それ本当ですか?
「今にも泣きそうでございましたね」
「さすがに気の毒でした」
「お慰めの言葉も出ませんでした」
同僚の皆様が、次々とバルバ様への同情を口にします。それを聞くたびに、私の心がチクチク痛みました。
「デイジー」
「は、はい」
カップを置き、少し強い口調になられたエステル様。私は思わず背筋を伸ばします。
「私からバルバ様に使いを出しておきます。場所は用意しますから、二人できちんと話をするように」
「え、二人で、ですか!?」
「当たり前でしょう。プライベートなことなんですから。いちいち巻き込まないでちょうだい」
いや確かにそうですけど。
さきほどバルバ様が私に求婚したのって、エステル様のご命令と言って差し支えないのでは? 合図とともに、侍女全員で盛り上げていましたよね?
「何か言いたいことでも?」
「い、いえ、なんでもありません」
ギロリとにらまれて、慌てて頭を下げました。
でも、でもですよ?
男性と二人でなんて、何を話せばいいんですか。生まれてより二十五年、年齢=恋人いない歴のこの私、男性とお付き合いした経験なんてないんですけど。しかもお相手はあのバルバ様で、目の前で気絶するなんて醜態さらした後ですよ? 私、どんな顔して会えばいいんですか?
「知りません。自分で考えなさい」
思わずこぼした私の泣き言に。
エステル様はちょっとスネた感じで、ふん、とそっぽを向いてしまいました。