2-05. 熊が出た?
夕刻、念のため避難していたヘンリーとアザレアが屋敷に戻ってきました。
「バルバ様ですか! ご高名はかねがね!」
「うわ、うわっ、本物!? すごい! おっきい!」
弟も妹も、生バルバ様に大喜びです。領主の子というより、一ファンとしての態度に冷や冷やしましたが、バルバ様は上機嫌で二人と握手してくれました。
「未来の義弟と義妹にも気に入られて。滑り出しは上々ですね」
「しかし二人とも、団長を怖がらないですね」
「あー、強面はレオ君で慣れてる、て言ってましたね」
「誰です、それ?」
「見たことはないですけど……デイジー様の騎士さまだったそうです。団長以上に怖いお顔だった、てヘンリーくんが言ってましたよ」
シルフィーさんとオスカー君が、何やらひそひそ話しています。何を話しているんでしょう。バルバ様もちょっと気にしているみたいです。
そうこうしているうちに、日が暮れました。
お父様とお母様、ずいぶん帰りが遅いな、と思っていたら、お父様からの使者だという人が訪ねてきました。
「ご領主様からの手紙です」
「ご苦労様です」
渡された手紙を読んで、トーマスが眉をひそめました。
「どうしました?」
「旦那様と奥様、今日はお戻りにならないそうです」
「え、どうして?」
「水源の方で大きな獣が出て、騒ぎになっていると。その対応のため、あちらに泊まるとのことです」
大きな獣――季節柄、熊でしょうか。そろそろ冬眠ですから、気が立っている時期です。騒ぎになっているということは、人里に出て来たのでしょうか。
「大人しく山に帰ってくれればよいですが。山に帰らなければ、二、三日はお戻りになれないかもしれません」
紙作りの中心地、水源の村。あそこに被害が出たら、ローミア子爵領としては打撃です。村人たちの安全確保は領主として最重要事項、対策を取るまで帰れないというのは仕方ないでしょう。
ですが、困りましたね。
バルバ様はもちろん、アーチボルド様もお忙しい身です。何日もお泊りになるのは無理なはず。一度仕切り直した方がいいかもしれません。
「なるほど、それは一大事ですな」
事情を伝えると、アーチボルド様は静かにうなずいて笑みを浮かべました。
「ですが、私なら大丈夫です。バルバ様とデイジー様の結婚をまとめること。これが私の最優先事項です。ローミア子爵がお戻りになるまで、幾日でも待たせていただきますよ」
「うむ、私もだ。デイジー殿のご両親に挨拶せぬうちは、帰るに帰れぬ」
いやいや、アーチボルド様はともかく、バルバ様はダメでしょう。騎士団ほったらかすつもりですか? 責任ある立場なんですから、お仕事はちゃんとしてください。
「そ、そんな、デイジー殿……」
泣きそうな顔をしてもダメです。えい、デコピンです♪
「あいたっ」
「バルバ様、お仕事はちゃんとしないと、皆さんが困ってしまいますよ」
「う、うむ……かなわんな、デイジー殿には」
たいして痛くもないくせに、おでこをさするバルバ様。ニカッと笑われて、私もつられて笑顔になっちゃいます。
「ごく自然にいちゃつきますねぇ。あれでまだ夫婦じゃないんですよ?」
「俺、あんな顔の団長、初めて見たぞ」
シルフィーさんとオスカー君が、また何やらひそひそと。うーん、何を話しているんでしょうね。
「ま、なんですな」
ゴホン、と咳払いをしたアーチボルド様。なんだか温かーい目で私たちを見ています。
「騎士団には副団長もおりますし。一日や二日バルバ様が休んでも、問題はないでしょう」
「ですが、何日かかるかわかりませんよ? あちらの状況もよくわかりませんし……」
「でしたら明日、私が様子を見に行ってきます!」
シルフィーさんが、勢いよく手を挙げました。
「騎士団の馬なら半日で行けます。私も両親が心配ですし、状況が分かれば手も打てます。団長、いいですよね?」
「そうだな。行ってこい」
バルバ様、騎士団長の顔になってうなずきました。
「オスカー、お前も同行せよ」
「わかりました」
「団長、勝手知ったる故郷です、水源の村へ行くのは、私一人でも大丈夫ですよ?」
「ばか者。緊急時の単独行動は厳禁だと、いつも言っているだろう」
バルバ様、ギロリとシルフィーさんをにらみます――あ、違いますね、これ普通に見ているだけです。でもシルフィーさんは直立不動になってしまいました。
「も、申し訳ありません! では、オスカーと共に行ってまいります!」
「うむ。頼んだぞ。居合わせたのも何かの縁、民を守るは、われら騎士団の役目だ。しっかり協力してこい」
だが、と。
バルバ様はお二人に釘を刺すのを忘れませんでした。
「相手は獣だ。人間相手とはわけが違うぞ。そのこと、決して忘れるな」
「はいっ!」
「状況次第では私も出向く。ローミア子爵にはそう伝えてくれ」
「了解です!」
ビシッ、と敬礼するシルフィーさんとオスカー君。あらら、ヘンリーとアザレアまで、直立不動になっています。この場の雰囲気に呑まれてしまいしたかね。
うーん、やっぱりお仕事モードのバルバ様は迫力が違います。
かっこいい姿が見られて、私、満足です♪




