2-04. ルーツ家の使者
町の騒ぎがどうにか収まった頃、若い騎士二人が一台の馬車と共に町にやってきました。
一人は女性、先日の懇親会でお誘いに来てくれた女性騎士の一人、シルフィーさん。
もう一人は男性、入団してまだ半年の新人騎士、オスカー君。
シルフィーさんは顔見知りですが、オスカー君は初めましてですね。
え、違う?
懇親会にもいた?
最後にプレゼンした人?
ええと――すいません、ちょっと記憶がなくて――。
「だから一緒に行きましょう、と言ったじゃないですか。なんで一人でさっさと行っちゃうんですか」
騒ぎになったことを聞いて、シルフィーさんがため息をつかれました。
「騒ぎにならないようにと、私が同行者に選ばれたんですからね。せっかくの配慮、無駄にしないでください」
「う、うむ……すまなかった」
小柄なシルフィーさんに叱られて、頭を下げるバルバ様。
若手の騎士が、英雄と呼ばれる騎士団長に面と向かって文句を言うなんて。しかもバルバ様は素直に謝っておられます。しっかりとした信頼関係があるんですね。
「ま、ケガ人が出なくてよかったですけど。三年ぶりの里帰りで流血とか、勘弁ですからね」
私、知らなかったんですが。
シルフィーさん、ローミア子爵領の出身だそうです。彼女が町に着いた時、何人かが「あ、シルフィーじゃん!」「久しぶりー」なんて声をかけていました。ローミア子爵領から初めて出た女性騎士ということで、ちょっとした有名人だそうです。
「そうとは知らず、失礼しました」
「いえいえ。私、水源の方に住んでいたんで。知らなくて当然です」
水源の方、というのはこの町から馬で一日ぐらいのところにある村のことです。うちの特産品である紙作りの中心地で、ローミア子爵領の最重要地です。
ちなみにシルフィーさんのご両親は、紙漉きの名人とのこと。重要人物ではありませんか。ご挨拶にお伺いせねば。
「それでバルバ様。あちらの馬車は?」
シルフィーさんとオスカー君が護衛してきた馬車には、初老の男性が乗っていました。窓越しに目が合うと会釈されましたので、私もお辞儀を返します。
「うむ。うちの……ルーツ侯爵家の家令だ」
バルバ様、再び咳払いをされ、引き締まった顔になります。
「父、ルーツ侯爵からローミア子爵への正式な使者だ。デイジー殿、私ともども、ローミア子爵に取り次いでもらえないだろうか」
◇ ◇ ◇
バルバ様御一行を引き連れて戻ると、屋敷は上を下への大騒ぎとなりました。
「ようこそお越しくださいました。当家で執事を務めております、トーマスです」
お父様もお母様も留守だったので、執事のトーマスが対応に当たります。
「突然の訪問、申し訳ございません。ルーツ侯爵家にて家令を務めております、アーチボルドと申します」
無駄のない優雅な動きで、丁寧に一礼するアーチボルド様。
ふわぁ、さすがは侯爵家の家令を務めるお方ですね、下手な貴族より洗練されています。背も高く、すらりとした体形で、身のこなしもキビキビしています。お歳は五十代前半でしょうか。若い頃は騎士だったのかもしれません。
「ただいま当主は奥様と共に外出しておりまして。そろそろ戻るはずですので、しばしお待ちいただけますでしょうか」
「かまいませんとも」
待たされることに、一筋の不快感も示されません。むしろ笑顔でゆったりとくつろいでおります。
それに対して。
バルバ様、ものすごく硬い表情です。緊張でカチコチですね。
「バルバ様。大丈夫ですか?」
「う、うむ……十五年前の大会戦を思い出すな」
十五年前の大会戦――バルバ様が英雄と呼ばれるきっかけとなった戦いですね。もし負けていたら王国は滅んでいたかもしれないと言われていますが――私のお父様に会うの、国家存亡の危機と同じレベルなんですか?
「ぼっちゃま。例えとして少々不適切ですぞ」
「む、すまない……なあアーチボルド、ぼっちゃまはやめてくれんか」
「そうしたいのはやまやまですが。今回の件、少々がっかりしていましてな」
アーチボルド様いわく。
私に求婚した件、バルバ様はご実家に何も報告していなかったそうです。噂で知ったルーツ侯爵は大慌ててバルバ様を呼び出し真偽を確認、本当と分かりバルバ様を叱り飛ばしたそうです。
あー、どこかで聞いた話のような――すいません、私も実家には事後報告でした。アーチボルド様にバレたら、私もがっかりされそうです。
「ご当人同士が想い合われている、それはまことに結構です。しかし貴族同士の結婚です。通すべき筋があるのですよ」
「俺の好きにしろ、と父上は言っていたではないか」
「それはお相手選びについてです。求婚すると決めたのであれば、事前にご相談いただきたかったですぞ」
深々とため息をつき、アーチボルド様が私に視線を向けました。
「ローミア子爵も、さぞ気を揉んでおられたことでしょう」
「ええ、まあ……」
結婚に関し、ルーツ侯爵家から正式な使者がない。それはルーツ侯爵が結婚に反対しているからではないか――お父様はそう考えていましたね。
「そうでしょうな。本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げるアーチボルド様。わ、そんな、当主でなく娘の私に頭を下げるなんて、畏れ多いです。
「いえいえ、やがては私の主となるお方ですから。私の頭など、いくらでも下げさせていただきますとも」
「は?」
一瞬、何を言われたかわからず、きょとんとしてしまいました。
アーチボルド様は頭を上げ、にこやかな笑顔を浮かべます。
「ご安心ください。わが主ルーツ侯爵は、ぼっちゃまとデイジー様の結婚に大賛成でしてな。ぜひともお話を進めたいとのご意向です」




