2-03. 英雄来訪
夕刻。
今夜の第二回家族会議に備え英気を養っていた私ですが、急を知らせに来た警察官にたたき起こされました。
――すいません、うたた寝していました。
「今、町の入口に大男が現れ、デイジー様に会わせろと叫んでおります!」
「え、私ですか?」
普段ここに住んでいない私を、名指しですか? いったい何者なんでしょうか。
「野盗か盗賊か、あの凶悪な面構え、まっとうな者とは思えません。とりあえず別の場所へ避難を! デイジー様に何かあっては一大事です!」
警察の方、必死の形相です。よほど怖い思いをされたのでしょう。何が何だかわかりませんが、言われた通り避難を――。
ん? 大男? 凶悪な面構え?
「その……私の知っている方かと。案内してもらえますか?」
「い、いけません! 何かあったらどうするんですか!」
必死で止める警察の方を説得し、私は町へ向かいました。
町の入口には多くの人だかりができています。警察官十名ほどが抜刀し、物々しい雰囲気です。
「お、落ち着け、落ち着くのだ! 私に害意はない!」
聞き覚えのある声が、殺気立った警察官を必死でなだめています。ああやっぱり。でもどうしてここに? お仕事はどうされたのでしょう。
いえ、それは後です。とにかく騒ぎを収めなくては。
「待ってください! その方は大丈夫です!」
私は人混みをかき分けて前に出ると、大声で叫びました。
「皆様、落ち着いてください! この方は王国第一騎士団団長、バルバ=ルーツ様です!」
「えっ!?」
ざわり、と。
その場にいた皆様がざわめき、一瞬の後に沈黙。その不気味な静寂の中、町の入口に立つ大男――バルバ様に視線が集まって。
「え……英雄、バルバーっ!?」
見事にそろった大声で、皆様が叫びました。
「うそっ、本当に本物!?」
「王宮勤めのデイジー様が言うんだ、間違いないって!」
「英雄が……英雄がこんな田舎に!」
「バルバ様ーっ、私、大ファンです!」
「私もです! 握手してくださーい!」
「私も! 私もお願いします!」
「俺もだ!」
「バルバさまぁーっ!」
先程の比ではない大騒ぎになりました。
しまった、バルバ様の人気、甘く見てました。いけません、このまま騒ぎが大きくなったら事故になります。どうしよう、どうやってみんなを落ち着かせよう――とオロオロしていたら。
「皆の者、静まれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
バルバ様が、雷のような大声で一喝されました。
空気がビリビリと震え、その声量と迫力誰もが驚いて声を失いました。もちろん、私もその一人です。
「騒ぎを起こしてすまぬ! 今、デイジー殿が紹介してくださったとおり、私は王国第一騎士団団長、バルバ=ルーツだ! 決して怪しい者ではない!」
あー、びっくりした。
でも騒ぎはピタリと落ち着きました。よかった、あのままだったら、絶対にケガ人が出ていました。さすがはバルバ様ですね。
「す、すまぬデイジー殿、驚かせたか?」
私が身を竦めたのに気付いたのか、バルバ様が「しまった」という顔でオロオロしていました。
「あ、はい、ちょっと……でも大丈夫です」
私は深呼吸して気持ちを落ち着けると、笑みを浮かべました。
「バルバ様、ありがとうございます。おかげで事故にならずに済みました」
「いや、大事にならずよかった。声が大きいのも役に立つものだな」
「うふふ、そうですね」
戦場で鍛えられたバルバ様のお声、本気だとあんなに大きいんですね。またひとつバルバ様のことが知れて、ちょっと嬉しいです。
「う、嬉しい?」
「はい。だって好きな方のことですもの、もっともっと知りたいです」
きゃっ、言っちゃった。バルバ様も真っ赤なお顔に。うふふ、照れておいでですね、かわいい♪
「う、うむ、それは……愛する人にそのように思っていただけて、私も嬉しいですぞ」
バルバ様のお言葉に、私も頬が熱くなります。
な、なんだかお互いに、大胆なことを言ってしまいましたね。あはは、恥ずかしくなってきました。とりあえず話題を変えましょう。
「と、ところで。バルバ様は、どうしてこちらに?」
任務でしょうか。それにしては鎧は身に着けておらず、騎士服ですらありません。かなりラフな格好で、ちょっと汚れてもいます。野盗か盗賊かと勘違いされたのはそのせいですね。
「う、うむ。先触れもなく来てしまい、申し訳ない。その……」
ゴホン、と咳払いをするバルバ様。お顔がさらに赤くなります。
「デイジー殿のご両親に、ご挨拶をと思って、な」
「え……」
ドキン、と胸が高鳴ります。
ええと、両親に挨拶、て。その、たまたま通りがかったので挨拶を、というわけではないですよね。わざわざいらした、てことですよね。それってつまり――。
「あの、デイジー様」
遠慮がちに声がかけられました。この声、ミーシャさん。振り向くと娘さんのイザベルと一緒に、大きく目を見開いています。
「もしかして、デイジー様のご結婚の相手って……英雄バルバなんですか!?」
ああっ、しまった! 衆人環視なの忘れてたぁ!
「な、なんだと!?」
「デイジー様が、英雄バルバと結婚!?」
「うぉぉぉ、突然の帰省は、その準備のためですかぁ!?」
町は再び大騒ぎとなり。
落ち着くまでに小一時間はかかりました。




