2-02. 父の反対
帰省二日目。
朝、いつもの時間に目が覚めました。窓から見える空には雲ひとつありません。気持ちのいい、さわやかな朝です。二度寝するにはもったいなくて、私は身支度を整えて部屋を出ました。
「あら、お早いですね、デイジー様」
「おはよう、テスラさん」
台所を覗くと、テスラさんが朝食の準備を始めようとしていました。手伝おうかな、と思いましたが、テスラさんに笑って断られました。
「いつもお忙しいのでしょう。たまの帰省の時ぐらい、のんびりしてくださいませ」
「ありがと。じゃあ、散歩に行ってくるね」
お気をつけて、という声を背中で聞きながら屋敷を出ました。
空気がひんやりとしていました。山に近い分、王都より少し寒いですね。まあ、歩いていれば体が温まるでしょう。
屋敷の裏にある丘へと向かいました。子供の頃は毎朝散歩していたコースです。
「あ、ミツマタの畑、広げたんだ」
途中にあるミツマタの畑。私が知っているよりずっと広くなっていました。ここで栽培したミツマタを使って作る紙が、ローミア子爵家の重要な収入源になっています。熟練の職人さんたちが作ってくださる紙は、王都でもけっこう評判なんです。お父様が官職に就かなくても食べていけるのは、そのおかげです。
というか、こっちに力を入れ過ぎて官職に就く余裕がない、て感じですね。中央とは距離を置き、田舎貴族としてほどほどに生きていくのであれば、それで十分だったんですが――。
「はあ……きれーい」
丘に登ると、朝日に照らされた町を一望できました。王都に比ぶべくもない、山間の小さな町。かつてはここが私の世界すべてでした。あんなに広く感じていた町も、王都を知ってしまった今ではとても小さく感じます。
「バルバ様にも見てもらいたいな」
私が生まれ育ったこの地を。小さいけれど、平和で穏やかな、とても素敵な場所だってこと、バルバ様に知っていただきたいなと思いました。
でも。
「デイジーちゃん。バルバ様との結婚、父さんはすぐに賛成とは言えないよ」
昨日の家族会議で、お父様にそう言われてしまいました。
相手は侯爵家、しかも建国以来の武の名門ルーツ家。
対してローミア家は、歴史の浅い田舎貴族の子爵。しかも当主であるお父様は無官の身。家格に差がありすぎて、バルバ様のお父様、ルーツ侯爵がうなずくとは思えない。
「しかもバルバ様自身が英雄と呼ばれる方だ。ルーツ侯爵がうなずいたとしても、デイジーちゃんがやっていけるのかというのは、正直心配だよ」
お父様の言葉に、私は反論できませんでした。
バルバ様が私を愛してくださっている。
何があってもバルバ様は私を守ってくれる。
その信頼に揺らぎはありません。でも、私自身に英雄の妻となる覚悟があるのか――実の親に改めて問われたら揺らいでしまいました。
「こんな中途半端な気持ちじゃ、きっとやっていけないよね」
英雄の妻として。
やがてはルーツ侯爵夫人として。
私の一挙手一投足が注目され、影響を与える立場になります。対応を誤れば王国の政治にすら影響を与えかねない、そんな立場になるのです。
「ルーツ侯爵家は、それだけの家なんだよ。デイジーちゃんもだけど、バルバ様もそのことを理解しておられるのだろうか」
「それは……」
「いまだにルーツ侯爵家から当家に対し使者もない。それがルーツ侯爵の本音のような気がするんだよ」
お父様の言葉に、お母様は何も言いませんでした。お母様も貴族の家に生まれ、貴族として生きてきた人です。お父様の意見におおむね賛成なのでしょう。
「はぁ……」
重いため息が出ました。
お父様の言葉、ショックでした。自分が田舎貴族の娘でしかないことを思い出せ、そう言われた気がするのです。
「やっぱり……バルバ様の求婚、受けちゃいけなかったのかなぁ」
思わず漏らした自分の言葉に、涙が出そうになりました。
いやだ。
バルバ様との結婚を、あきらめたくない。
だってもう自覚しちゃったんだもの、バルバ様が好きだってこと。王女であるエステル様にすら「譲りたくない」て思ったもの。
「父さんはさ、姉さんの覚悟を問うているんだと思うよ」
家族会議の後、ヘンリーとアザレアが私の部屋に来て、そう励ましてくれました。
「だから、姉さんが断固とした決意を示せば、きっと許してくれるよ」
「そうだよ、だからがんばってね、姉さま」
そうだ、がんばらないと。
私とバルバ様は、まだ始まったばかりなんだから。これから先の人生を共に生きたいと願うのなら、これは乗り越えなきゃいけないことです。お父様に反対されたからと言ってあきらめるわけにはいきません。
「あまり情けないこと言ってたら、レオ君にも叱られちゃいそうですね」
レオ君。私を小さい頃から守ってくれた騎士さま。もし今ここにいたら、へこたれてるんじゃない、てにらまれちゃうでしょうね。
「よーし!」
私は頬を叩き、気合を入れました。
どのみちもう撤回はできません。バルバ様と私のことはすっかり広まっています。エステル様も、私が断るつもりだったら説得するつもりだったみたいですし。
「そうだ、いざとなったらエステル様にご協力をお願いしよう」
エステル様に言われれば、お父様もうなずくしかないでしょう。「一番お気に入りの侍女」という立場、フル活用させてもらいますとも。
「私だって、王女付きの侍女として十年働いてたんだから。貴族の駆け引きとか交渉とか、さんざん見てきてますからね」
タイン様にしごかれて身に着けた力、発揮するのは今です。負けてなるものですか。
大丈夫。
なんとかなるし、なんとかしてみせる。
私はそう決意し、屋敷へと戻りました。




