2-01. 十年ぶりの帰省
バルバ様の求婚を受け入れて一週間。
私は休暇を取って、実家のあるローミア子爵領へと帰ってきました。
「あんまり変わってないなぁ」
エステル様の侍女になることが決まり、王都へ向かったのが十五歳の時。以来、領地に帰ってくるのは十年ぶりです。家族とは年に何度か王都で会っていますが、なんのかんの忙しくて帰れなかったんですよね。
乗合馬車の駅舎から、歩いて実家へ。私、一応貴族のご令嬢なんですが、お迎えの馬車なんてものはありません。まあ、平和な田舎町ですから問題はないんですけどね。
「あら、ひょっとして……デイジー様?」
町中をてくてく歩いていたら、声をかけられました。
振り返ると、三十代半ばのきれいな女性。わあ、と声が弾んでしまいます。
「ミーシャさん! お久しぶりです!」
ローミア家が懇意にしている、服飾店の看板娘――いえ、今は店主でしたね。買い物の帰りでしょうか、大きな買い物袋を抱えています。十四、五歳の女の子を連れていますが、ひょっとして娘さんのイザベルでしょうか。
「あらまあ、本当に久しぶりねえ! 全然帰ってこないから心配していたのよ」
「すいません、色々忙しくて」
「王女様付きの侍女だものね。でも元気そうね、よかったわ」
「おかげさまで。ええと、イザベルかな? 私のこと覚えてる?」
女の子に声をかけると、困ったような顔でミーシャさんを見ました。
「え……と……」
「イザベル、こちらご領主様のご息女、デイジー様よ。あなたよく遊んでもらってたのよ」
「えっ!? あ、あの、すいません、全然覚えていなくて!」
慌てて頭を下げるイザベル。
うーん、やっぱり覚えてないか。十年前ならイザベルは四歳、かな? 忘れちゃってても仕方ないよね。
「大きくなったねえ。背なんか、私と同じくらいだね」
しかもお母さん似の美人で、おしゃれです。同じ年頃だった十年前の私、おしゃれ度では確実に負けていますね。
「デイジー様、今回は休暇で帰省? 年末休暇には少し早いみたいだけど……」
秋も深まり、まもなく冬。あと二か月ほどで年が変わります。ミーシャさんの言う通り、年末休暇にはちょっと早いんですよね。
「いえ、その……ちょっと両親に報告することがありまして……」
「あら」
きらん、とミーシャさんの目が輝きました。
「ひょっとして……ご結婚?」
うっ、鋭い。
口ごもった私を見て、ミーシャさんがぱぁっと顔を輝かせました。
「あらあら、まあまあ! よかったわねえ! そうね、デイジー様もそういうお歳頃よね、おめでたいわぁ!」
ああっ、ミーシャさん、声が大きいです。往来でそんな大きな声を出したら――。
「どうしたんだい、ミーシャ?」
「お、もしかして、デイジー様か!」
「あらほんと。久しぶりねえ」
「お綺麗になられたわねえ」
わらわらと人が集まってきました。見知った顔がいくつもあります。皆さんお元気そうで何よりです。
「ちょっとみんな聞いてよ! デイジー様、ご結婚ですって!」
ほどよく人が集まったところで、ミーシャさんが燃料投下。ああ、ちょっと!
「なに、デイジー様が!」
「おお、おめでたい話じゃないか!」
「お相手は? 結婚式はいつ?」
「いやあ、領主様も一安心だろうねえ」
あ、いや――違うんです、いえ、違わないですけど。ああ、騒ぎになるのは困りますよぉ。
「あ、あの、いずれきちんとお知らせしますので! では、失礼いたします!」
これ以上グズグズしていたら大騒ぎになりそうだったので。
私はぺこりと一礼し、脱兎のごとくその場を逃げ出しました。
◇ ◇ ◇
ようやく屋敷に着くと、一息つく間もなく家族会議が始まりました。
父、フレデリック、四十八歳。
母、マーガレット、四十四歳。
弟、ヘンリー、二十歳。
妹、アザレア、十七歳。
これが私の家族です。さらに長年ローミア家に仕えてくれている執事のトーマスと家政婦のテスラ、合わせて七人が勢ぞろいしました。
「それで、デイジーちゃん」
お父様が、戦々恐々と言った口調で私に問います。
「あのバルバ様に求婚されて、それを受け入れたというのは……本当かい?」
「……はい」
一瞬の沈黙。そして。
「ああ、やっぱり本当だったのか! デイジーちゃん、そういう大事なことは、もっと早く知らせてくれないかな!?」
お父様は声を上げて天を仰ぎ、お母様は無言のまま硬直してしまいました。
「相手は英雄だよ! 武の名門、ルーツ侯爵家の嫡男だよ! はいそうですか、て簡単にはうなずけない相手なんだからね!」
「ご、ごめんなさい! 色々テンパってて……あれ……お母様?」
硬直していたお母様が、ゆっくりと倒れていきます。え、なに、ひょっとして――気絶してる!?
「マギー!?」
「お母様っ! しっかりしてください!」
慌てて椅子から立ち上がり、お母様をダイビングキャッチ。
セーフ。
よかった、あのまま倒れていたら頭を打つところでした。
「お母様、お母様! お気を確かに!」
「うーん……はっ!?」
幸い、お母様はすぐに意識を取り戻しました。
「あら私ったら。昨夜は寝られなかったから、ついうたた寝をしちゃったのね。デイジーが英雄バルバの求婚を受け入れたなんて報告される夢を見ちゃったわ」
「お母様、夢ではありません。どうか現実を受け入れてください」
これと同じようなこと、私もしたなあ。私、間違いなくお母様の娘ですね。
「嘘じゃなかったんだ。姉さん、すげー」
「英雄バルバが、私たちのお義兄さんになるのね!」
ヘンリーとアザレアは無邪気に喜んでくれています。執事と家政婦の二人も「よかったですねえ」という顔。
でもお父様とお母様は、ちょっと難しい顔をしていて。
「さて、弱ったな」
「弱りましたねえ」
同時にそうつぶやいて、重いため息をつきました。




