1-12. 大団……円?
謹慎が明け。
私は改めてお話がしたいと、バルバ様に手紙を出しました。場所はお茶会と同じ、エステル様のお庭の東屋です。
当日、再びドレスアップされた私は、アイリスと共にバルバ様のお越しをお待ちしていました。
「ま、ぶっちゃけさ。バルバ様の求婚、断るのは無理だったと思うよ」
ですよね。
名門ルーツ侯爵家の跡継ぎにして、英雄と呼ばれるバルバ様の求婚、官職すらないど田舎貴族の娘が断ったりしたら、何様だ、て感じですし。
「それもあるけど。実は、もうかなり噂になっていたからね」
「はい?」
アイリスいわく。
英雄バルバが、エステル殿下お気に入りの侍女に思いを寄せている、というのは社交界で結構な噂になっていたそうで。知りませんでした。
「田舎貴族の娘にも断られたとなれば、バルバ様大恥かくし。その後で殿下が嫁ぐなんて話、さすがに無理だし。あんたが断るつもりだったら、総出で説得することになってたのよ」
総出、て。
それ絶対説得じゃないですよね。うう、想像するだけで怖いです。
「ところでさ、ひとつ聞いていい?」
「なんですか?」
「あんた、どうしてバルバ様のお顔が怖くないの? 私、今でもドキッとすることあるんだけど」
アイリスだけでなく、タイン様やエステル様も、いきなり出くわすとびっくりするのだとか。
「騎士団の人たちですら怖い、て言ってるのに。あんただけは平然としてるのよね」
「あー、それは。たぶん、慣れているからですね」
「慣れている?」
「ほら、前に話したじゃないですか。小さい頃から私を守ってくれていた、騎士さまのこと」
「ああ、レオ君ね! なに、そんなに怖い顔だったの?」
「それはもう。お父様なんて、絶対に近づかなかったですね」
「なるほどねえ、耐性あった、てことか」
懐かしいな。
あの子、私がバルバ様と結婚すると知ったらどうするだろう。私を倒すことができたら結婚を許してやろう、とか言い出しそうな雰囲気なんですよね。やだ、想像したらおかしくなってきちゃった。
「ほら、バルバ様が来たよ。笑うのやめなさい」
庭園の入口にバルバ様のお姿が見えました。キリア様もご一緒です。今日のバルバ様は騎士の正装。キリリと引き締まって、とてもかっこいいです。
「ようこそ、バルバ様」
「お招き、ありがとうございます」
バルバ様のお声、ちょっと上ずっていました。手に持っていた花束を差し出され、受け取ります。
「まあ、すごく立派な花束。ありがとうございます」
バルバ様が持っていたから小さく見えましたが、私だと両手で抱えるほどの大きさです。こんな立派な花束、もらったの初めて。うれしいな。
「そ、それでデイジー殿、本日は求婚のお返事を……」
「団長、まだです。まだ早い。落ち着いて」
いきなり本題に入ろうとするバルバ様を、キリア様が慌てて止めていました。
ふふ、いいコンビなんですね。
「デイジー。花束はこちらで」
「うん、お願い」
アイリスが花束を引き取ってくれ、私は姿勢を正しました。
「バルバ様」
「な、なんでしょう」
「色々とご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「い、いや、私は何も。迷惑なんてとんでもないですぞ!」
「ありがとうございます」
まっすぐにバルバ様を見つめ、笑みを浮かべました。それだけでお顔を真っ赤にされるバルバ様。なんだかものすごく緊張されていて――やだもう、かわいい。これはもう、焦らしたりせず先にお伝えした方がいいですね。
「バルバ様。先日のお返事ですが」
私の言葉に、バルバ様が、ピンッ、と背筋を伸ばされました。
私も深呼吸をして、気持ちを落ち着けます。私にとっても一世一代の、特別なシーンなんですから。嚙んだりしたら一生後悔です。
「求婚、お受けさせていただきます。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
◇ ◇ ◇
英雄バルバが求婚に成功した。
そのニュースは瞬く間に広がり、翌日には王都に住む誰もが知るところになったそうです。
さすがは英雄、注目度がハンパないですね。
その相手が私、ということもすぐに知れ渡ったとのこと。あることないこと、色々な噂も飛び交っているとか。騒ぎになると大変なので、私は当分内勤となりました。
「こんなの、序の口なんだろうなぁ」
いずれ公の場に出た時のことを考えると胃が痛いです。求婚を受けただけでこの騒ぎですから、結婚までに色々ありそうです。いえ、むしろ結婚してからの方が大変かも。私、ちゃんとやれるんでしょうか。
「いけないけない、弱気は禁物。覚悟決めなくちゃ!」
お昼休憩も終わりの時間。まずは目の前のことを片付けなくては。そう思い、よし、と気合を入れて立ち上がった時、タイン様がやってきました。
「デイジー、手紙が届いていますよ」
「手紙?」
バルバ様でしょうか。いえ、バルバ様なら直接お越しになるでしょうね。はて、誰でしょう。
「あ、お父様だ」
封筒の裏書、見覚えのある筆跡でお父様の名前が書かれていました。しかも特急便指定です。いったい何事かと、すぐに封を開けて手紙を読んだところ。
「しまった……ど、どうしよう……」
血の気が引きました。
「どうしました?」
タイン様が心配そうに声をかけてくださいます。私は「あははー」と乾いた笑いを返し、ガクブル震えながら顔を上げました。
「どうしたのです、デイジー。実家で何かあったのですか?」
「タイン様……申し訳ありません、私、その……盛大にやらかしてしまいました」
「やらかした? 何をです?」
「その、私……」
私は息を呑み、震える声で、己の罪をタイン様に告白しました。
「バルバ様からの求婚のこと……両親に伝えるの忘れてましたぁ!」
どうやら。
早速問題が発生したようです。
第1章 おわり




