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こわおもてな旦那さま  作者: おかやす
第1章 こわおもてな求婚者
11/34

1-11. 決意

 お部屋を訪ねると、エステル様がお茶の用意をしている最中でした。


「いらっしゃい。さあ座って」

「お茶の支度なら私が」

「あらだめよ。あなたはゲストなんだから」


 まさか主であるエステル様にお茶を入れさせてしまうとは。畏れ多いです。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ふわりと立ち上る香気。あ、カモミールですね。しかも蜂蜜入り。口に含むと、心地よい香りと控えめな甘さでほっとしました。


「どうかしら、上手に入れられてる?」

「はい、とてもおいしいです」

「よかったわ」


 エステル様がふわりと笑い、そして、私のおでこを指で軽く弾きました。


「とりあえず、お小言。お酒の飲み過ぎはダメよ」

「はい、申し訳ありません」


 柔らかな口調で叱責された後は、しばらく無言となりました。

 エステル様、なんだか機嫌がよさそうです。先ほどは怒っていると思ったのですが、勘違いでしょうか。


「デイジー。あなた噂になっていてよ」


 お茶を半分ほど飲んだところで、エステル様が口を開きました。


「英雄バルバが求婚(プロポーズ)した相手は、たった半日で第一騎士団全員から忠誠を捧げられた、まさに聖女のような女性だ、てね」


 危うくお茶を吹き出すところでした。

 な、何ですかその噂。聖女のようだなんて、いったい何があったんですか?


「私が聞きたいわよ。あなた、パーティーで何をしたの?」

「え、えーと……プレゼンを聞いていただけなんですが……」

「プレゼン?」


 団員の皆様が「バルバ様はすごいんだぞ」プレゼンをしてくれたのだ、と話すと。

 エステル様は声を上げて笑われました。


「なにそれ、面白そう。私も聞きたかったわ」

「途中までしか覚えていないんですけど。皆様、すごくアツく語っていました」


 私は覚えているプレゼンの内容を、エステル様にお話ししました。

 すごい人なんだ、尊敬できる人なんだ、心から憧れてる人なんだ――皆様が異口同音に語るバルバ様。それは英雄であると同時に、熱い心で部下を思う、本当に素晴らしい人でした。


「うれしそうな顔しちゃって」

「え?」

「バルバ様が褒められたのがうれしくて仕方ない、て感じよ」


 ふふふ、と笑うエステル様。え、その、なんというか――なんだか頬が熱いです。


「デイジーもプレゼンすればよかったのに」

「ええっ、無理ですよ」

「そうかしら?」


 すっ、とエステル様が、私の手帳を指差しました。


「バルバ様大好きリスト。それがあればできるのではなくて?」

「な、なんでそれを!?」

「アイリスが教えてくれたのよ。まさか紙十枚分も出てくるとは思わなかった、て言ってましたよ」


 ア、アイリスぅ! なんでエステル様に言っちゃうのよぉ!


「それでデイジー」


 不意に。

 エステル様が笑みを消し、まっすぐに私を見つめました。ものすごく真剣な目。思わず身構えてしまうほどです。


「バルバ様の求婚(プロポーズ)、返事はどうするの?」

「その、まだ……」


 考え中で、と続けようとしたのをさえぎるように。


「言っておくけど」


 エステル様が言葉を挟みました。


「デイジーの返答次第では、私、お父様に本気でお願いしようと思っているわ」

「え?」


 何を、と聞きかけて。

 唐突に気付いてしまいました。


(エステル様……バルバ様のこと愛していらっしゃるんだ)


 そんな気はしていました。驚くことではありませんが――こうしてはっきり言われると、ぎゅっと胸が締め付けられました。

 英雄とお姫様。

 物語では、結ばれるのが定番の組み合わせ。美しいお姫様は英雄を愛し、英雄もまたお姫様を愛して、いつまでも幸せに暮らすのが結末。そうなるのが当然と、私もずっと思っていました。

 でも。


(嫌だ)


 心に湧き上がってきたモヤモヤしたものが、そんな言葉になりました。

 その瞬間。

 すとん、と何かが腑に落ちたというか、つっかえていたものが取れたというか。気がつけば、私は主であるエステル様をにらみ返していました。


「あら怖い。デイジーもそんな顔するのね」

「……すいません。でも」

「ふふふ、いいのよ。ねえデイジー、はっきりおっしゃいなさい。好きなんでしょ、バルバ様のこと」

「はい……お慕いしております」


 答えた途端、全身がカァーッと熱くなりました。

 うわ、なんだか――なんていうか。

 バルバ様が好き、て気持ちが一気にあふれてきました。え、こんなに好きだったの、て自分でもびっくりしてしまうほどです。


「そう」


 エステル様の表情が和らぎました。


「わかってはいたけれど。あーあ、私、フラれちゃうのね」


 エステル様は頬杖をつくと、はぁ、とため息をつきました。


「しかも恋敵(ライバル)は、一番お気に入りの侍女だし。こんなの応援するしかないじゃない」

「え?」


 一番お気に入り? 私がですか?


「そうよ。無自覚なのもいい加減になさいね。デイジーは私の一番お気に入りよ」

「で、でも私、いまだに職階一番下ですし。てっきり認められていないのだと……」

「認めていない人を、いつも側に置いているわけないでしょう」


 剣の稽古に始まり、公務や夜会、はては泊りでの出張まで、よほどのことがない限り私はお供しております。てっきり下っ端としてこき使われているんだと思ってました。


「なら、どうして私、職階一番下のままなんですか?」

「それは……」


 おてんばが過ぎて、いつも注意されていたエステル様。でも私だけはあまり注意せず、むしろ褒めてくれるから嬉しくて仕方なかったそうで。


「だから、ずっと側に置いておきたかったの。職階上げたら色々忙しくなって、いないことも増えるじゃない。それが嫌だったのよ」


 なんとまあ。

 そんな理由で、私は出世できずにいたのですか。

 これ、怒っていいことだと思います。だけど、ぷくっ、とむくれているエステル様を見ていたら、なんだかかわいくて笑ってしまいました。


「もう、殿下ってば。ひどいですよ」

「悪かった、と思ってるわ。お祝いは弾むから許してちょうだい」

「わかりました。それで手を打ちましょう」


 ちょうどお茶がなくなりました。

 私はお礼を言って立ち上がります。


「殿下」


 座ったまま、私をまっすぐ見るエステル様。私は目をそらすことなく、まだ答えていなかった質問にはっきりと答えました。


「私、バルバ様の求婚(プロポーズ)、お受けします」

「そう」


 うれしそうに、でもちょっとだけ寂しそうに微笑まれたエステル様。そんなお顔をさせてしまったこと、申し訳ないと思います。ですが、たとえお姫様が相手でも、譲れないものはあるんです。


「おめでとう、デイジー。あなたなら大丈夫。幸せになってね」

「はい、ありがとうございます」


 エステル様の祝福に、胸がじんわりと温かくなって。

 私は笑顔を浮かべ、深々とお辞儀をいたしました。

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