1-01. 求婚
騎士団長、バルバ=ルーツ。
私の国では、誰もが認める「英雄」です。
王国一の剣の腕、どんな暴れ馬も乗りこなし、すべての騎士団員が兄と慕う人望。戦場に出れば鬼人のごとき戦いっぷりで、バルバ=ルーツが来たというだけで敵国の兵士は逃げ出すほど。そんな高潔で誇り高い、史上最強の騎士様ですが、唯一の欠点がありました。
それは、お顔がとても怖いことです。
一睨みしただけで盗賊が腰を抜かし。
憤怒の形相で一喝するだけで敵兵を倒し。
街を歩けば人々が怖がり、夜会に参加すればご令嬢が気を失う。
そんな武勇伝(?)がまことしやかに語られています。そのせいか、もう三十六歳だというのに未婚でした。
ですが、私は知っています。
そんなバルバ様が想う相手――それは私がお仕えする、第二王女のエステル様なんです!
少々おてんばなエステル様は、勇ましい話が大好きで、ご自身でも剣を習っているほど。英雄・バルバ様に稽古の相手を頼むこともしばしばです。
そしてバルバ様も、頻繁にエステル様のもとへご機嫌伺にいらっしゃるんです。これはもう、エステル様に会いたくて来ているとしか思えません!
そんなエステル様が、先日二十歳の誕生日を迎えられました。
第一王女のレオノール様が二十歳で婚約し嫁いだこともあり、エステル様もそろそろだと噂されています。その候補の一人として、バルバ様の名も挙がっているのです。
「英雄」と「お姫様」の結婚なんて、物語では定番中の定番。なんだかもう、想像するだけで「きゃーっ♪」となっちゃいますよね。
そして今日。
バルバ様が「大事なお話があります」とエステル様を訪ねてくるのです。いよいよ結婚の申し込みね、と侍女たちは盛り上がっています。もちろん私もワクワクしております。
「騎士団長、バルバ=ルーツ様をご案内しました」
扉の外から、取次の方の声が聞こえました。いらっしゃったようですね。
「デイジー、お出迎えを」
「はい」
侍女頭のタイン様に促され、私は静かに扉を開きました。
どぉん、と。
そんな擬音が聞こえてきそうな大男が立っていました。褐色の短い髪に、眼光鋭くこわおもてなお顔立ち。相変わらずのご迫力です。
「ようこそ、バ……ルーツ騎士団長」
いけません、名前で呼びそうになりました。以前「できれば名前で呼んでほしい」とお願いされ、普段は「バルバ様」とお呼びしているのですが、取次の方がいる場では家名でお呼びしなければ。
「おお、デイジー殿!」
バルバ様が「にかっ」と笑いました。ひっ、と侍女の誰かが悲鳴を上げています。もう、失礼ですよ。厳めしいけれど頼もしい笑顔じゃありませんか。
「元気そうだな。風邪をひいたと聞いたが、もうよいのか?」
ご存じだったのですか?
はて、お話しましたっけ? たいしたことはなく、一晩寝たら治ったんですけど。
あ、なるほど!
下々の者にも気配りはばっちりだ、アピールですね。
「お気遣いありがとうございます。もうすっかり元気です」
「そうか、それはよかった」
おっと、話し込んではいけませんね。今日はエステル様に大事な御用です。さっさとお通ししなくては。
「その……」
「さぁ、どうぞお入りください。殿下もお待ちしておりましたよ」
私が道を開けると、バルバ様は何やら微妙な顔をされました。あれ、まだ何かあったのでしょうか?
「あ、いや……では、失礼する」
気のせいですね。
バルバ様は表情を引き締めると、まっすぐにエステル様のもとへ向かわれました。
「ようこそ、バルバ様」
ソファーにゆったりと座っていたエステル様が立ち上がりました。
目鼻立ちのはっきりした、華やかな美女のエステル様。豪奢な金髪を美しく結い、ドレスに身を包む姿はまさに「お姫様」です。
「ご機嫌うるわしゅう、エステル殿下。お時間を取っていただき、感謝いたします」
「英雄・バルバ様の頼みですもの、いつでも時間を取りますわ」
騎士の正装に身を包むバルバ様と、華やかに着飾って出迎えるエステル様。
ああ、絵になるなあ。
「それでバルバ様、ご用件は?」
まどろっこしいことが嫌いなエステル様、すぐに本題に入ります。
「その、ご相談というか……殿下にお許しいただきたいことがありまして」
心なしか笑顔がぎこちないバルバ様。英雄と呼ばれるお方でも、求婚となると緊張されるのですね。ちょっとかわいいかも。
「許す、ですか? 私に何を許せというのでしょう?」
「は。その、ですな……実は、その……求婚したい方が、おりまして」
キターッ!
侍女たちの口元がむずむずしています。叫びたい気持ちを必死にこらえているのでしょう。私と同じですね。
「まあ! バルバ様にそのようなお方がいらしたのですね」
「は、いや、まあ……はい」
「それで、私は何を許せばよいのでしょう?」
扇を広げて口元を隠すエステル様。さすがの余裕ですね。
「その……求婚する許可、をいただきたく」
「あら、私の許可が必要なお方ですの?」
「そういうわけではないと思うのですが……」
ん?
今お二人が、私をちらりと見たような――なんで?
「ですがその、ご迷惑をおかけすることになるかと……」
「まあ、迷惑だなんて。むしろ全力で応援いたしますわ」
応援?
バルバ様の求婚相手って、エステル様ですよね? 応援、て――はて?
「というか。とっととこの場で求婚してはどうですか?」
「い、今、ですか?」
「ええ、今です」
すっ、とエステル様が扇を閉じました。
すると。
ザザッ、と私を除く侍女全員が動き、人の壁でバルバ様と私の間に道を作りました。
「……へ?」
え、なんですか。これ、何が始まるんですか?
「さ、バルバ様、どうぞ」
「あ、いや、その……」
「ド、ウ、ゾ」
さっさと行かんか、このヘタレ。
エステル様の満面の笑みに、そんな文字が見えたような――錯覚ですよね?
「うむ……では!」
戸惑っていたバルバ様が大きく深呼吸。そして覚悟を決めた顔で立ち上がり、私の方へと近づいてきます。
え?
なんでこっちに?
まさか求婚したい相手って――!?
「デイジー殿」
バルバ様がひざまずき、大きな手を差し伸べます。
そして、聞き間違えようのない、大きくはっきりとした声で告げられました。
「私の、妻となっていただけないだろうか」
――初めて知ったんですが。
人間って、驚きすぎると気を失っちゃうんですね。




