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拾い物には意味がある

作者: きゆ


 少し長めですが、よろしくお願い致します。





 暑い日差しを浴びて、新緑が色濃く見える木々。

 穏やかな木漏れ日に煌めく新緑と同じ瞳の少女が、ユラユラと長いミルキーブラウンの髪を一つに纏め、棚引かせながら森の奥へと歩いている。


 ここはライヤナ王国のトーリック領。その領主であるトーリック辺境伯邸の裏にあるナナビナの森。

 先代聖女の加護によって、危険な魔物などはこの森には入ってこれない。



「ん~······。この辺りだったはず······あっ、ここだ!!」


 低い木々を掻き分けて、日差しが注ぐその場所には、たくさんの赤いベリーが群生していた。


「これよ!お兄様達にもまだ、見つかってないわね♪」


(たくさん採って、美味しいベリータルトにしてもらおうかな~?それとも、いつでも食べれるようにジャムかしら?)


 目の前にある真っ赤なベリーに浮かれている私は、トーリック辺境伯家の娘、ミリアナ・トーリック。

 今いるナナビナの森は魔物は出なくとも、人が森に入り込むと二度と出てこれないと有名な迷いの森なのだ。

 まぁ、トーリック家の者は迷わないけどね。


 たまたま昨日見つけたこのベリーの群生地は、私が目を付けていたので、お兄様達にバレる前に採りに来たかった。


(お兄様達が見つけたら、食べ尽くされてしまうもの······)


「さぁ~、お兄様達に見つかる前に採っちゃいましょう」


 そう言って手際よく熟れたベリーを次々と手籠に入れた。浮かれてベリー採りに夢中になってしまう程、つい、歌を口ずさんでしまう。

 もう籠が一杯になりかけた時にふと、足元を見ると、丸くて黒い塊が目についた。


「んっ?これは?」


 ベリー採りの手を止め、手籠を地面に置いた。その黒い塊に手を伸ばして触ってみた。


 もふっ。


「!?」


 もふもふ。


(かなり毛並みが良いわ!触り心地最高!!)


「······えっ!?」


 もふもふしていて気付いた。この子、右前足を怪我している。

 丸くくるまっていた場所の地面には、まだ新しい血だまりが出来ていた。

 幸いにも息はしていているが、理由は分からないが気を失っているようで、もふもふしていても反応しなかった。

 

「······犬?ん~耳やしっぽ、顔の形からして、この子は狼ね······」


 周りを見ても親狼はいなさそうだし、血痕も見当たらない。

 どちらの方向から来たのかは分からないが、何かに襲われたのならば、ここから離れなくてはまた襲われてしまう。


 スカートのポケットからハンカチを出して傷口の前足を繰るみ縛って、応急処置として止血をする。

 私はこの子をサッと左手に抱き抱えて、ベリーの入った籠を右手に取り、足早にその場を後にした。


(早く家に帰って、治療しなきゃ!!親狼が匂いで追ってくるかしら······?それともこの子を襲った相手が追ってくる!?取りあえず、家の敷地内にさえ辿り着けば何とかなるわ!!)


 そんな事を考えながらも、何とか走りきり、屋敷の庭にまで辿り着いた。


「はぁー、はぁー、はぁー······、はっ、はぁー······」


 私が庭に走り付いたのをお兄様達が気付き、剣の訓練をしていたのを止めて此方へ駆け寄ってきた。


「おい、ミリーどうした?」


 二番目の兄、ナルシアお兄様が心配そうに声を掛けてくれた。


「っ、はぁー、はぁー······さっ、もっ森でぇ······はぁーはぁー······」


(駄目だわ······。全力で走りすぎて、説明が出来ないわ)


「その黒いの······。また何か拾ってきたな~」


 三番目の兄、ビルシスお兄様は私が抱えているこの子に気付いて、笑いながら声を掛けてきた。

 二番目と三番目の兄は双子でよく似ているが、ナルシアお兄様の方が少し垂れ目で、ビルシスお兄様の方が少し切れ長の目をしている。


「まぁー大変。ミリー大丈夫かしら?さぁ、水を飲んで落ち着いて······」


 そう言って、私に水を渡してくれたのは、慈悲深い聖母の微笑みで、見た目も物腰も言葉遣いも貴婦人かのような一番目の兄。ナイジェルお兄様。


 ナイジェルお兄様から水を受け取り、一気に飲み干した。そして、呼吸を整えてからゆっくりと森であった事を話した。


「そうだったのね······。分かったわ。まず、その子を治療しましょう」


 ナイジェルお兄様は、この子の右前足に手を翳した。キラキラと光る金色の光に包まれると、あっという間に傷口が塞がった。


(流石だわ!ナイジェルお兄様の治癒魔法は国一番ね!!)


「治ったよな?」

「でも、目が覚めないな~?」


 ナルシアお兄様とビルシスお兄様が不思議そうにこの子を覗き込む。

 

「······スゥー、スゥー」


 よく聞いてみると、寝息を立てている様だった。どうやら落ち着いたようだ。


(でも、いつ目覚めるのかしら······。このままずっと寝たままだったらどうしよう)


「まぁまぁ、そんなに覗き込むものではないわよ。起きてしまうわ」

「······ナイジェルお兄様。この子はもう、大丈夫なのですか?」


 抱えているこの子をもふもふと触りながら、聞いてみた。


「えぇ、大丈夫よ。すぐに目覚めるわ。寝ているのは、この子自身の治癒力で、身体が何とかしようとしているからよ」

「······良かった」


 ナイジェルお兄様が大丈夫だと言ってくれて、心の底から安心した。

 触り心地の良い毛並みに頬を当てて、スリスリとして、もふもふを堪能した。


「でもね······傷口から毒が入ってしまったようなの」


 まさかのナイジェルお兄様の発言に、私達は驚いた。

 毒と言う事は他の獣にやられた訳ではなく、魔物か或いは······人か。

 前者の魔物ならばナナビナの森ではなく、国境向こうのバリスティア王国の森だろう。

 後者ならば狩りか······。でも、トーリック領での狩りはうちの許可がないと出来ないし、狼を狩るなんてしない処か、狼がいないから出来ない。

 ナナビナの森は迷いの森だから領民は近寄らない。だから森ではないのならば、隣国バリスティアか······。


「······おかしくないか?」


 ナルシアお兄様が疑問を投げ掛けると、ビルシスお兄様がそれに「はっ」と気付いた。


「確かに~!」

「やっぱり、そう思うわよね······」


(えっ?私だけ分かってない感じ!?)


 何となく私が分かっていないのだろうと、お兄様達はどういう事なのかを話してくれた。


「ミリーも気付いたと思うが、狩りの許可をうちは最近出していない」

「加えて、ナナビナの森で狼は見たことがないし、生息している可能性は無いよな~」

「バリスティアからと考えたけれど、隣国には獣人が多く住んでいるわ。そして、何よりバリスティアの王族は、狼の獣人なのよ······」


 そうなのだ、隣国バリスティアは獣人中心の国で、隣国で狼は気高い生き物として象徴となっているのだ。

 絶対に傷付けてはいけない存在だ。国の旗にも狼が描かれているくらいなので、傷付けたら王族を傷付けたと見なされ、反逆罪で即刻死刑ものだ。


 そこまで言われて私も分かってしまった。

 ······私はとんでもない子を拾ってしまったようだ。


(でも、このもふもふはやめられない!いつかは国に帰さなくてはいけないのね······。でも、でも······)


「······ごめんなさい」

「「「······ミリー」」」

「この子が元気になるまでうちに居させて!!今、森に帰すのは待って!!」


 巻き込んでいるのは分かっているが、せめてこの子が目覚めて、元気に駆け回るまでは一緒にいたいと思ってしまった。


「駄目よ」

「ナイジェルお兄様······」


 やっぱり駄目か。分かっている。家だけではなく、国同士の問題になってしまうという事なのだから。


「ミリー、バリスティアは狼達をきちんと管理しているわ。その中でこの子が居なくなったと分かったら、すぐにここを探し当てるわ」

「······分かってるわ。家だけの話で済まない事くらい······。でも、でも······」


 ナイジェルお兄様の言う事は正しい。それでもこの子とまだ一緒に居たい。もふもふしたい。


「ナイジェル兄さん。取りあえず大丈夫だ!うちの邸周辺には刺客や殺意がある奴は入ってきていない!」

「······ナルシア、あなた捜索魔法を使ったわね」


 ナルシアお兄様は捜索魔法に特化していて、その気になればトーリック領全域を捜索出来る程の腕前だ。


「ナイジェル兄さん。ミリーの拾い物は今に始まった事じゃないだろ~?」

「······そうね」


 ビルシスお兄様のはフォローになっていない。


「流石のナイジェル兄さんでも、ミリーの拾い癖は治せないな」

「確かに~!五歳の時に森で拾ってきたのが始まりか~」

「そうだったわね。ふふふ。あの時はお父様とお母様も驚いていたわね」


 兄達が私の過去の過ちを暴露し過ぎている。何が面白いのやら疑問だわ。

 私は幼い頃からナナビナの森で、色々と持ち帰る事がある。

 いや、普通に綺麗な石が落ちていたら、五歳の子どもなら拾うでしょ?


「「「ダイヤモンドとルビー」」」

「だって、綺麗な石だと思ったんだもん!」

「邸からいなくなって、皆でミリーを探してたら宝石持って帰ってくるんだもんな」


 そう、私が知らずに拾ってきたのはダイアモンドとルビーの原石だった。

 五歳の私が立ったまま入れる小さな洞窟の入り口があり、そこの中で光が差し込んで、キラキラ輝いて見えた石を持ち帰ったら宝石だった。


 その後、お父様が大慌てで私にそこまで案内するようにと連れて、家族総出で採掘した。

 お父様は領地が潤うことにとても喜んでいた。


(それの何がいけないなかしら?)


「あれって、次の年だったか?」

「そうだ、そうだ~あれはミリーが六歳だったな~」

「違うわよ?宝石は五歳二ヶ月で、あれは五歳十一ヶ月の頃よ。その後、六歳一ヶ月の時と続いたのよ」

「「そうだった」」


 あれは誰だって拾うでしょ?と言うか助けるでしょ?

 森で遊んでいたら、危うく溺れる所だった人を助けた。

 どうやら森に迷い込んでしまい、水深五センチ程の川の水を飲もうと、顔を突っ込んだら溺れかけたそう。

 誰だって助けるでしょ!?

 その人は間違ってナナビナの森に入ってしまった、隣国バリスティアの犬の獣人だった。

 この森に居てもまた迷うし、家には帰りたくないとの事で、うちに連れ帰った。

 お父様とお母様は連れ帰った時、驚いていたが話を聞いてくれた。

 その犬の獣人は十五歳で青年。バーリー・ドッケルという名前の隣国の子爵家五男だった。

 本人曰く「俺は自由に旅をして、世界を見て回るんだ!!」と家を出たそうだ。


 結果、こうなったのも縁という事と、私に助けられたとで、忠誠を勝手に誓ってきた。

 勿論、隣国のドッケル子爵家に事の経緯とバーリー本人が一度帰り、ご両親の許可を正式に得てから家で働くことになった。

 それが五歳十一ヶ月。


 六歳二ヶ月はそのバーリーがうちで働くことになって、私の誕生日に帰国していて祝えなかったのが悔しいと、トーリック邸の庭を"ここ掘れ"をして掘った場所から温泉が出た。


 温泉の水質を調べてもらったら、美肌の効果のある成分が含まれていたので、お母様とナイジェルお兄様がとても喜んでいた。

 そのまま庭に温泉施設を造り、私達家族は勿論、邸で働く使用人も利用できる。年に二回、領民にも解放している。

 その温泉水を使って、お母様とナイジェルお兄様が美容品を開発し、当時の王都で爆売れして、今でも予約の待ちがある程だ。

 因みにバーリーは今も邸で働いている。

 

 そんな私は、五歳で森に入り始めてこの十年、毎年のように何か拾って、家族を驚かせてきた。


(いい意味でね)


 今回に限ってはいい意味では無くなってしまったが、この触り心地最高の子を助けられたので、後悔はしていない。

 悪いことをしていないので、正直に話せば隣国のバリスティアも許してくれるのでは?と甘い期待もあるが、世の中そうは上手くいかないのも分かってる。

 相手が王族だから余計にややこしいのだろう。


「······はぁ、ミリー。その子をゆっくり休ませてあげなさい」

「良いんですか!?」

「あなたが拾ってきたんだもの。きっと何か意味があるのよ。王都のお父様とお母様に話をして、バリスティアと連絡をとるわ。それまで責任をもってお世話なさいね」


 ナイジェルお兄様は、優しい笑顔で微笑んでくれた。

 色々悩ませて申し訳ない。

 後でお詫びとして、さっき採ったベリーで、ナイジェルお兄様の好きなベリーケーキとベリーティーを持っていこう。


「はい。ナイジェルお兄様ありがとう。大好き」

「ふふふ······、いいえ」

「ナルシアお兄様、ビルシスお兄様もありがとう」

「僕たちにはそれだけなのか?」

「あっ!お兄様達も大好きよ~」

「ついでかよ~」

「へへへ。じゃあ、この子を私の部屋に連れていきますね」


 そう言って私はその場を後にして、自室へ向かった。




ーーガチャ


 私の部屋へ行く途中も、目を覚ます気配がなかった。

 狼の毛はゴワゴワしているものだと思っていたけれど、この子の毛並みはもふもふで何だか良い香りがする。


「さて、何処に寝かせようかしら······」


 この子が入れる籠でも用意しようかと思ったが、今すぐに寝かせてあげたい。


 もふっ。ふぁっ。


 私は自分のベッドに寝かせることにした。


「よし。ここならフカフカで寝心地はいいわね。それに、ここに居る間は一緒に寝ようね」

「スゥー、スゥー······」


 まだ寝ているこの子に声を掛けながら、そっと布団を掛けた。


(目が覚めて、知らない所だったら驚くよね······。目が覚めて誰もいなかったら不安よね?) 


「······ずっとあなたの側にいるからね」

「スゥー、スゥー······」


 思わずポツリと言っていた。


ーーコンコンコン


「お嬢様。今よろしいでしょうか?」

「大丈夫よ。静かに入って」


 私が入室の許可をすると、入ってきたのは私の侍女でメイラだった。


「ナイジェル様からお聞きしました。何か必要な物があればご用意致します」

「そうね。起きたら水がいるわよね。浅いお皿にお水を······」

「水と?」


(しまった!!)


 私は狼が何を食べるのか知らない。知識として、狼は肉食のはずだから肉を用意すべきだと思うが、この子は子どもの狼だ。

 しかも、ナイジェルお兄様が魔法で治癒をしたが、この子は怪我をしていたし、寝起きで肉は果たしてありなのか。


(これは知ってそうな人に聞くのが一番よね!)


「メイラ!バーリーに事情を話して、この子の食事の準備をしてくれる?食事以外にもいるものがあれば、どんどん用意して!」

「分かりました。お嬢様は大丈夫ですか?」


 メイラは何故か心配そうに聞いてきた。


「?何が?」

「いや、その······子どもとは言え、相手は狼ですよ!?」

「······うん。狼ね」


 そんな事を聞かれるとは思わなかったので、少し驚いた。


「もし!目覚めた時にお嬢様が噛みつかれたらどうなさるんですか!?······メイラは、メイラは······」


 メイラが泣き出してしまった。幼い頃から大切にお世話をしてくれているので、心配になるのは分かるわ。


「メイラ、泣かないで······。何となくだけど、この子はそんな事するようには思えないの」


(何でかな?自分でも分からないけど、大丈夫な気がする)


「お嬢様······。わかりました!!何か怪しい動きしたならば、このメイラが狼スープにしますから!!」

「えっ!?狼スープ??」


 何かメイラが恐ろしい事を言った。


「だっ!駄目よ!!この子はお客様なのよ!!······いつかはバリスティアに帰さなきゃなのよ······」


 自分で言って悲しくなった。そう、今ナイジェルお兄様と両親が、バリスティアに帰す方法を話し合っている。

 いくら仲良くなっても、この子には飼い主がいるからここから離れていく。


「んっ?でも、まだバリスティアの狼と決まったわけではないのですよね?」

「えっ!?あっ······そうよ······そうよ!!まだ憶測なのよ!!」


(飼い主がバリスティアと決まった訳じゃないわ!!)


「取りあえず、私はバーリーに聞いてきます」

「あっ、メイラこれをお願い出来る?ベリーケーキとベリーティーを作ってもらえるかしら」


 この子を見付けた時に摘んでいたベリーの籠をメイラに手渡した。


「畏まりました。此方にご用意すれば良いですか?」

「違うの。出来たらナイジェルお兄様の所へ持っていって欲しいの」

「分かりました」

「よろしくね」


 面倒な事に対応してくれているナイジェルお兄様の気分が、少しでも良くなってくれたらと思う。

 ベッドの方へ戻り、スヤスヤ寝ているもふもふを見ていたら、此方も段々瞼が重くなってきた。

 全力で走って帰ってきたので、疲れたのかもしれない。このまま寝て、その間にこの子が起きてしまったら?と思ったが、抗えずに気付いたら夢の世界へ誘われた。




ーーふわっ。ペロペロ。


 頬に何か水気を感じる。まだ瞼が重く、うっすらとしか目が開かない。視界はぼやけていてよく見えないが、もふもふした黒い塊が見える。


「······んっ」


 まだ寝ぼけ眼を擦りながら、黒い塊の中に二つの琥珀色の宝石が浮かんでいるのが見えた。


(あれ······いつの間にか寝ちゃった。そう言えば······あの子は?)


「はっ!!あっ······良かった。目が覚めて本当に良かったわ」


 思わず飛び起きてよく見ると、寝ていた狼の子が起きていた。

 行儀良くちょこんと座って、此方を見ていた琥珀色の宝石はこの子の瞳だった。

 サッと両手を差しのべると、私の腕の中に黒いもふもふした塊が飛び込んできた。


 フスフスと鼻先を使って私の顔の匂いを嗅いで、舌でペロペロと頬を舐めてきた。


(~~っ!!何て可愛いの!!)


 私の予想通りで、目覚めて警戒することなく懐いてくれたので、つい嬉しくなってもふもふしてしまう。


「あっ。目が覚めて知らない場所だったから驚いたでしょ?ここはライヤナ王国のトーリック辺境伯家よ」


 この子を抱き抱えて、もふもふしたまま話し掛けた。


「私はトーリック辺境伯爵の娘、ミリアナ・トーリックよ。皆はミリーと呼ぶわ。だからあなたもミリーと覚えてね」


 光の入り込み具合で琥珀色から金色に見える瞳は、此方の話が分かっているかのように真剣な眼差しでじっと見ている。


「あなたは賢い子なのね」


 私がそう言うと、ペロッと頬をひと舐めした。


「ふふ。やっぱりあなたは話している事を理解しているのね」


 また、ペロッと舐めてくれた。

 やはり、人の話を理解出来ている。そうなると、明らかに飼い慣らされているということになる。

 予想通りバリスティア王国なのだろうが、もう少しもふもふしていたい。

 少し沈んだ気持ちになると、この子は鼻をフスフスして、俯いた私の顔を押し上げてくれた。


(······もしかして、励ましてくれた?)


 この子の優しさに触れるとずっと一緒に居たくなってしまう。

 自分でもますます手放せなくなりそうだと分かってはいるが、このまま"あなた"や"この子"では呼びにくいと感じた。


「······あなたの名前は何かしら?」

「ガウッガ」


(うん。狼語は分からないわ!でも何か名前はついているみたいね······)


 答えてくれたが、何と言っているのか分からなかった。だから、答えた雰囲気に近い名前を呼ぶ方が良いのかもしれない。


「ごめんなさいね。違うかもしれないけど"ジェット"はどうかしら?」

「ガウッ!」


 一吠えして、私の頬と自分の頬でスリスリしてくれた。

 どうやら合っていたのか、この呼び方なら良いのかは分からないけど、ここに居る間は"ジェット"と呼ぶ事になった。


 もふもふとスリスリを堪能していたいが、話している事が分かっているのならば、ジェットにここに来た経緯を話さなくてはいけない。


「ジェット。あなたにはきっと飼い主がいるのよね」

「クゥン」


(やっぱりいるんだ······)


 ならば尚更、経緯をジェット自身に話をしておかないと、飼い主にあらぬ疑いを持たれた際、賢いこの子ならば何とかしてくれるのではないだろうか。


(本当はずっと一緒にいたいけど······)


「あのね、何でジェットがここに居るのかというとね······」


 私はジェットに会って拾った経緯を話した。全て分かっていなくとも、何となく分かるくらいでもいいので、包み隠さず話をした。


「······という訳なの。だから、ジェットは飼い主の元へ帰ってしまうのだろうけど······。私は出来るだけ長く、ジェットと一緒にいたいわ」


 言葉にすると余計に悲しくなった。

 最初はもふもふを堪能したかったが、吸い込まれるように惹き付けられるジェットの瞳。

 何より私の事を理解してくれようとする姿が、堪らなく愛おしいと経緯を話ながら自覚した。


「······ジェット。あなたが大好きよ」

「ガウッ」


 ジェットも同じように思ってくれているのか、寂しそうに此方を見詰めて吠えた。


「······離れたくないな」

「クゥ~ン」


 別れの事を考えると悲しくなってしまう。

 ジェットも同じ気持ちでいてくれるのか、ペロペロと私の頬と口を舐めて励ましてくれた。


「······ジェット。ありがとう」


 ジェットの温もりと手触りを忘れないように、ギュッと抱き締めた。


ーーダダダダ、ダン!!


「ミリー!!」

「えっ!?ナイジェルお兄様!?」


 私が感傷に浸りながらジェットを抱き締めていたら、急に走り込んできたナイジェルお兄様。

 ナイジェルお兄様がこんなに取り乱すなんて、とても珍しい。


「子狼は何処なの!?」

「えっ!?ここにいますよ」


 私がギュッと抱き締めています。何なら帰したくないので、ずっと抱き抱えていますが。


「!?駄目!!今すぐその狼を離しなさい!」

「嫌です!!!」


 ナイジェルお兄様が大声を張り上げるのは、余程の事だと分かってはいても手離せない。

 手離したらきっと、連れていかれるのだろうから······。


 余りの大声だったので、部屋の近くに居たであろう、ナルシアお兄様とビルシスお兄様、侍女のメイラまでも集まってきた。


(まだ離れたくないわ!!!!)


「本当に駄目よ!!あなたの部屋にだって入れてはいけないのよ!!」


(······どういう事?)


 何が駄目なのか全く分からないし、部屋に入れてはいけないという意味は何なのか。


「······何で部屋にも入れてはいけないの?」

「本当に狼なのよ!!!!」

「「「「???」」」」


(うん。狼だけど?)


「ナイジェル兄さん、急にどうした?」

「そんなの分かってるだろ~?」

「そうじゃないの!狼!狼なのよ!!」


 ナルシアお兄様とビルシスお兄様の言う通りで、そんなのナイジェルお兄様だって知っていたはずだ。


「狼スープにしますか!?」


(メイラ、それは違うと思う······)


「皆さんお揃いで何を騒いでいらっしゃるんですか~?」


 騒いでいるのを聞き付けたのか、バーリーまでもやって来た。


「あっ、お嬢様~!必要そうな物揃えましたよ~······ヒィ~!!」

「「「「???」」」」

「バーリー······?」


 バーリーは私の方を見たかと思うと、急にガタガタと怯えだして、ナイジェルお兄様の後ろに隠れた。


「どうしたんだ~?いつもならミリーへ突進していくのにな~?」

「一緒にいるのが狼だから、恐いんですかね?」


 それは皆、承知の上でここに居るのだから、何をそんなに騒ぎ立てるのやら。

 すると、ナイジェルお兄様がやっと分かる言葉を発してくれたが、爆弾発言だった。


「狼よ!!皆分かって!!バリスティアの王太子なのよ!!」

「「「「はい!?」」」」



◆◆◆



 遡る事、半日前。


 ここはライヤナ王国の隣、獣人中心のバリスティア王国。

 獣人中心と言っても、国民全員が獣人と言うわけではない。

 人間もいるし、お互い差別する事もなく共存出来ているが、六割獣人で四割人間と、少し獣人の割合は多い。


 百パーセント安全な国など無いが、ライヤナ王国は比較的治安の良い国だ。


 そんな治安の良い国でも、良からぬ事を企む奴らは必ずいるものだ。

 でも、まさか王族である俺を直接狙う不届き者が近くにいたとはな。

 昔から兄弟仲は良かったし、俺が長男で後を継ぐのも決まっていた。


 朝食後に妹と弟とでいつも通り、お茶を啜っていた時だった。


「お兄様。今日のお茶は、沢山のドライフルーツが入った紅茶を淹れてもらいましたわ」

「ほぅ。ドライフルーツだか、新鮮さも残っているな」

「そうなんです!友人のおすすめで、私も飲んでみたんですが、とても気に入ったので、是非飲んでもらいたくて用意したの」


 確かに香りが複雑で、色々なフルーツが入っていても味と香りに纏まりはあり、飲みやすかったが、一瞬何か一つ強い香りが残っている気がした。


「うまいよ。良い友人なのだな」


 俺が誉めると、妹は嬉しそうに自慢していた。


「そうなんです!私も······彼女······に······」

「!?どうした?」

「姉上?どう······さ、れ······」

「······おっ、に······い······」

「うっ······」


 急にくらくらと視界が揺れだした。

 しまった!これは睡眠薬だ。そう思っていると、弟と妹が床にどっさりと倒れ込んだ。

 近くにいるメイドを見るとニヤリと笑った。


(······くそっ。謀られたか)



ーー気が付くと手足を縛られ、箱に入れられていた。


ーーガタガタ。


(馬車で運ばれているのか······?)


 流石に城外に運ばれるとなると、俺の匂いで門番も気付くだろう。

 うちの門番は、特に匂いに敏感な犬の獣人が勤めている。

 しかし、止められる様子もなく馬車は進んでいく。


(······もしや門番も気が付かなかったのか!?)


 匂いで判断できなかったとなると、最近開発された匂い消しの封印が使われたのかもしれない。

 匂いに敏感な獣人が生活に困らないようにと、王国研究室が開発した物だが、まだ実用化していないはずだ。


(······それを入手出来る者は限られている)


ーーゴッ。ゴトッ。


 馬車が停車して、荷が下ろされたようだった。


(目的地についたようだな。寝たふりをして、隙あらば脱出するか······)


「お父様、この箱にいらっしゃるんですの?」

「あぁ。そうだ。城内のメイドやら封印もだか、手間と金が大分かかった」


 親子と思われる者達が何やら話し始めた。


(······この声は軍務大臣か。目的は何だ?)


ーーガコッ。


 木箱の蓋が開けられた。目を瞑っていても眩しい光が入ってきた。

 室内ではなく、ここは野外なのか、草木や土の香りがする。


「まぁ、本当にいらっしゃったわ!」

「まだ眠っているようだな。予定通り、このままうちの馬車に移して邸に運ぶぞ」

「うちに運んだ後はお任せ下さい!これ殿下は私のモノですね!!」


 楽しそうに謀をバラしている親子は、バリスティア王国の公爵家で、元軍務大臣のダニエル・ホースティンとその娘だった。

 妹の友人で、俺の妃候補ロディーナ・ホースティン公爵令嬢だった。


「おい、運べ」

「はい」


 従者に指示を出して、俺を馬車に移し変えるのだろう。どんな状況であれ、令嬢と二人きりにされた時点で既成事実として漬け込まれる。


(逃げるなら今か······)


 ブチブチと一気に手の縄を引きちぎり、足の縄も引きちぎった。目隠しも素早く取り、勢い良く走り出した。


 運が良いことに目の前は森だった。

 ヴォォーっと遠くで魔物の声が聞こえた。きっと人目につかないようにと、魔物が出やすい森を選んだのだろう。

 捕まらないように必死に走るしかなかった。相手は馬の獣人のホースティン家だ。勿論、護衛や従者たちも馬の獣人で、狼の獣人の俺よりも速い。


「必ず捕らえろ!!多少傷が付いても構わん!!」

「「「はい!!」」」


 何とかこの場を凌ぎたくて、必死になって走っていたが、突然ふらついて足が縺れて転びそうになり、ギリギリで踏ん張り持ち直した。


(しまった!!まだ睡眠薬が残っていたのか!?)


「今だ!!」


ーーシュッ


「っ!?」


 バランスを崩して隙が出来た所に、弓矢で右腕をやられた。


「くっ、ここで捕まる訳には······」


 腕を押さえながらそう言って、走り続けていると、目の前に雰囲気の違う見えない壁の様なものを感じた。

 その見えない壁をすり抜けると、全く違う空間に来たようだった。


(······追ってこない?)


 追ってこないならば好都合。どんな場所に行き着こうが、生きて突き進むしかない。


ーーザッ。


「待て!これ以上は無理だ!!」

「何故です!?」

「この先は入ったら最後、二度と戻れない場所だ······」

「······公爵様にご報告だ」


 追っ手の護衛達は、見えなくなった殿下を断念して戻っていった。



ーーシュル、グッ。


 腕の傷を応急処置で縛り、後ろを振り向くと、自分が来た方向は全く違う木々になっていた。


「······不思議な森だ」


 歩き続けていると又、ふらついた。今度は先程のふらつきとは違って、頭がグラグラ振り回されているようで、立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。


(······この状態で、魔物に出くわさないといいが)


 倒れたままで意識はあり、今度は頭にズキズキとした痛みが出てきた。

 俺はそこで意識は手放した。


 目覚めた時、どれくらい経ったのか分からないが、痛みが無くなると子狼の姿になっていた。

 何故だか、意識がなくなる前に倒れた場所とは違う場にいた。

 居る場所が分からない以上、この服を利用されてもいけないと、草むらの中に隠した。


(······どうしたものか。戻れない)


 俺は獣人の中でも珍しく、獣に変化する事が出来るのだが、これは公にはしていない。両親と宰相は知っているが、妹と弟はまだ知らないくらい極秘なのだ。

 そして、自分で自由に変化が出来るはずだったのに、何故か今は戻れない。

 しかも、いつもよりサイズが小さい、子狼になってしまった。


 どうしたものかと、ふらついていると、ふわりと惹き付けられる甘い香りがした。

 取りあえず傷の痛みも出てきたので、甘い香りの方へ向かった。


 向かった先には、ベリーが沢山生っていた。


(甘い香りはこれか······)


 傷口が開いてきて、痛みが酷くなってきたので、このベリーの木々の下で休むことにした。


 すると、人の気配と声が聞こえてきた。


「これよ!お兄様達にもまだ、見つかってないわね♪」


 どうやら少女がベリー摘みに来ていたようだ。此方に気付かず、歌いながら夢中になって摘んでいた。

 このまま此方に気付かず過ぎていくかと思いきや、気付かれてしまった。


「んっ?これは?」


 少女は躊躇いもせず、俺を触り始めた。気持ち良かったのか、もふもふして楽しんでいるようだった。

 俺はこの少女に触られるのが心地よく、このまま触っていてもらいたい余り、目を開けずにじっとしていた。


 少女は俺が狼だと気付いた上で、恐がらずに腕の傷の応急処置をしてくれた。

 そして周りをキョロキョロしたと思ったら、サッと俺を抱き抱えて走り出した。


 抱えられた瞬間、ハッと気付いた。


(······惹き付けられる甘い香りの正体は、この少女だったのか)


 ベリーの香りだと思っていたが、抱き抱えられて密着して気付いた。


(何だか気持ちがフワフワするが、この少女に抱えられていると、落ち着く気持ちもあるな······)


 得たいも知れない俺を抱えて必死に走り、自宅の庭なのだろう。森を抜けて拓けた場所に着くと、少女の身内であろう男達が寄ってきた。


 男達は少女の事を「ミリー」と呼んでいた。この少女はミリーと言うのか。


 チラッと目を開けて見ると、この男達を俺は知っている。

 以前、ライヤナ王国に招待された夜会に参加した際、うちとの国境に領地がある伯爵家だと側近達が騒いでいた。

 それがトーリック辺境伯家の兄弟だった。少し話をしたが、妹の話は全く出来なかったので、男兄弟だけだと思っていた。


 まさかのシスコンだったとは。しかも隠して他には触れさせない程だった。かなり重度な方だと思う。


 長男のナイジェルが治癒魔法で俺の腕を治してくれた。

 それでも、まだ元には戻れなさそうなので、ボロがでないように寝たふりをしてやり過ごすことにした。


 ナイジェルが毒と言っていたので、矢に毒が塗られていたようだ。

 そのせいで、サイズが小さくて、人の姿になかなか戻れなかったのかもしれないな。


 双子のナルシアとビルシスも俺が何処から来たのかに気付いた。

 このままうちの国に帰されたら、どうなるか。間違ってホースティン公爵に引き渡されたら時には絶望しかない。


(何よりミリーと離れたくない······)


 自分が一国の王太子という立場で、こんな思いは我が儘だと分かっている。

 しかし、この心地良さを知ってしまったからには、何としてでも離れたくない。


 ミリーも頑張って説得をしてくれ、双子の兄達も長男も何だかんだで、ミリーには甘いのが良く分かった。

 幼い頃のミリーの思出話まで聞けたので、可愛い姿が知れる良い時間だった。


 話の中で、獣人がここに勤めているのが分かったので、俺だと知られるのも時間の問題なのだと思った。


(いつかは知られる事だ······)


 ミリーは許可が得られて、嬉しそうに俺を部屋へつれていってくれた。しかも、寝かせる場所はミリーが使っているベッドとは······。

 何だか騙してしまっている罪悪感もあり、申し訳ないと思う反面、ミリーに包まれている嬉しさもありで、自分がこんな奴だったのかと初めて知った。


 俺の為に色々と準備をしようと、侍女と話をしてくれているが、この侍女は俺を食べようとしている。早く人に戻るべきかと、危機感を抱いた。


 いつの間にやら寝てしまったミリー。俺がバリスティアへ帰されるのを寂しがってくれていた。

 側にいたいと、ミリーの頬に手を延ばしたが狼の手なので引っ込めた。代わりにペロペロと舐めてみたら「ふふふ······」と笑ってくれた。

 調子に乗って舐めていたら起きてしまった。


 起きたミリーは俺に向かって両手を広げてくれたので、飛び込んだ。そしてミリーの甘い香りを堪能して、頬を舐めた。


(匂いを嗅いだり舐めるのは、狼ならば仕方ないのだ!!)


 そう、自分を言い含めてミリーを堪能していた。ミリーも喜んでくれてるのだから良いのではないか?とまで思った。


 ミリーは狼である俺に自己紹介をしてくれた。「ミリー」と呼んで良いと言ったがもう心の中で呼んでいる。

 人になったら心の中ではなく、口に出して呼ぼうと決めた。


 そして、名前を尋ねられた。流石に流暢に名乗るわけにはいかないと、狼っぽく名前を言ってみた。

 すると、ミリーが「ジェットはどうか」と聞いてきた。


(えっ!?通じた?俺の名はジェット・バリスティア)


 俺が話の分かる狼だとミリーは気付いたようで、俺との出会いからを話し始めた。


 全て話し終わると、もうすぐ離れると思っている寂しさからなのか、切なげな表情で言った。


「······ジェット。あなたが大好きよ」


(あぁ、好きなんだ······俺も······)


「ガウッ」


 甘い香りもこの離れがたい気持ちも全て、ミリーに惹かれていたからだ。


 狼らしく返事をしたが、人として向き合った時に俺から言おうと誓った。


 その後もミリーは「離れたくない」と言って、俺を抱き締めてくれた。

 やり取りの中で、ついミリーの口を舐めてしまったのは見逃してほしい。


「······ジェット。ありがとう」


(ミリー。ありがとう)


 もふもふしてるミリーを堪能していたのに、ナイジェルがやってきて離れろと言った。部屋にも入れるなと言ったので、俺が何者か知ったのだろう。


 ナイジェルの反応からすると、宰相から聞いたのか?報告を受けて、トーリック家を信用出来ると判断したのだな。

 しかし、此方の動きがホースティン公爵にはバレていないといいのだが······。


 そんな事を考えていると、続々と人が集まってきた。その中に獣人が入ってきた。


「皆さんお揃いで何を騒いでいらっしゃるんですか~?」


 こいつは犬の獣人だな。俺を見た瞬間気付いたようだ。怯えている。


 そして、ついにナイジェルが言った。


「狼よ!!皆分かって!!バリスティアの王太子なのよ!!」


「「「「はい!?」」」」



◇◇◇



 ナイジェルお兄様の発言に皆が驚いているが、バーリーはまだビクビク怯えている。


「······殿下。喋れますよね?」


 ジェットに向かってお兄様は言った。ジェットは躊躇っているような、寂しい顔をした。


「······あぁ。ミリー、隠していてすまない」


「「「狼が喋った!?」」」


 ナルシアお兄様とビルシスお兄様、メイラが更に驚いていた。


「······ミリーも驚いたわよね。私も取り乱してごめんなさいね」

「······ナイジェルお兄様」


 ゆっくりと私の方へナイジェルお兄様が、歩んで近づいてきた。


「大丈夫よ。その獣を部屋の外へ投げ捨てなさい」

「ナイジェル様!相手は王太子です!!」


 ナイジェルお兄様の不敬発言にバーリーが指摘した。


「······そうね。では、私に預けられる?そうしたら、優し~く調教するわ」

「ナイジェル様ぁぁーー!!」

「お黙り!!」


 お兄様とバーリーがおかしな事を言って

騒いでいる中、私とジェットはじっと見詰め合っている。


「ミリー······」

「······れ······す······」

「んっ?ミリー、どうしたの?」


 騒いでいたナイジェルお兄様は、小さな声で呟いたのが聞こえなかったようだ。


「喋れるの凄くない!?」

「「「「ミリー!?」」」」


 皆はポカーンとしながら、私がペラペラと喋るのを聞いていた。


「だって、子狼かと思ったら、獣人だったのね!!しかも、私が知ってる獣人って、耳としっぽがある獣人よ!動物そのものに変身するなんて知らなかったわ!!流石!ジェット!凄いわ!!」

「「ちょっと待て!」」


 私の感動を一気に喋ったら、ナルシアお兄様とビルシスお兄様に止められた。


(あれ?この感動が伝わってないのかしら?)


「ミリー、そこじゃない!!」

「そう?」

「って言うか、何で名前呼んでんだ~?」

「えっ?名前がないと不便だから」

「「は?」」

「私が考えたの!似合ってるでしょ?」

「「はぁ~······」」


 双子の兄達は矢継ぎ早に質問をしてきたかと思ったら、今度は溜め息をついていた。

 似合わない名前だったのか、それとも付けてはいけない名前だったのか、と思いジェットの方を見て聞いた。


「ジェット、駄目なの?」

「駄目ではない。もっと呼んでくれて良い」

「いいの?」

「······寧ろ"ジェット"は本当の名と同じなのだ」


 私が勝手に付けた名前なのに、一致していたとは思わなかった。


「凄い偶然!?」

「黙ってて申し訳ない」


 ジェットはしゅんとして言ったが、何が申し訳ないのか分からなかった。


「何か理由があったんでしょ?だから気にしないわ!······それより、私は不敬にならないかしら?」

「なるわけないだろ!!いきなり畏まらないでくれ······」

「本当?」

「あぁ」


 こんな偶然の一致があるなんて、驚きだった。何だか嬉しい気持ちで一杯になった。


「何が"もっと呼んでくれて良い"のかしら!?何が"黙ってて申し訳ない"のかしら!?」

「ナイジェルお兄様?」

 

 私達のやり取りをじっと聞いていたかと思ったら、急にナイジェルお兄様がジェットに詰め寄った。


「ミリー!!早くこの獣を投げ捨てなさい!!」

「ナイジェルお兄様!!そんな酷いこと言わないで!!」

「いいんだ、ミリー。俺が黙ってこの姿でいるのがいけないのだ······」


 黒いもふもふの耳としっぽをタラリとして、見るからに悲しそうな様子になった。


「いけないわけないじゃない!事情があったんでしょ?」

「あぁ、黙っていたことを許してくれるのか?」

「勿論よ!」

「ミリー!」


 今度はパタパタとしっぽを振って、上機嫌な様子に、ふふふと微笑んでしまう。


「駄目よ!!ミリー!!騙されてるわ!!」

「ナイジェルお兄様、何言っているの?一国の王太子殿下が、こんな小娘を騙しても得なんてないわよ~?」

「違うのよミリー!!王太子でも()は獣よ!?騙すのよ!!」

「だから、狼は獣よ?さっきからわけわからない事を言ったり、当たり前な事を言ったりしてるの?」


 ナイジェルお兄様は疲れているのかしら。

 ジェットをもふもふしたら、疲れがとれると思うけど、お兄様に渡したら捨てられそうだ。


(このもふもふ。癒されるわ~。)


「······分かったわ!狼の姿だからいけないのよ!!殿下!!今すぐ人の姿になって頂けるかしら!?」

「はぁ?」

「もふもふでなければ、ミリーも離れるでしょ!?」

「······ここで戻って良いのか?」

「はい!!今すぐ!!」


 ナイジェルお兄様は目が血走っているが、ジェットが人の姿になるのね。


「······今、ここでか?」

「はい!!今すぐ!!」


(もふもふ······)


「ちょっと待て下さい!!」


 急に止めに入ったバーリー。まだ、少しビクついているが、何か意見があるようだ。


「······バーリー、どうしたの?」

「多分、ここで戻ると······大変な事になるかと······」

「「「「大変??」」」」


 とても言いにくそうにしているが、獣人だけが知ってる、何かがあるのだろうか。


「「「はっ!!」」」


 お兄様達は気付いたようだ。また私だけ分からないままだった。


「まずいわね······。ミリーには毒だわ······」


(私には毒??)


「俺ので良いから、バーリー持ってきてくれ」


 そうナルシアお兄様が言うとバーリーは出ていった。お兄様の何かを持ってくるようだ。

 今度はビルシスお兄様が私に話をし始めた。


「あ~、ミリー。ナイジェル兄さんに殿下を預けたくないなら、俺に預けないか~?」


 頭をガシガシ搔きながら、言い辛そうにしていた。

 何を急に言い出すかと思うと、ビルシスお兄様もジェットをもふもふしたくなったのだろうか。


「ん~······。ジェット大丈夫?」

「あぁ、戻るためだ······。待っててくれ」

「······はい」


 戻るためには私から離れなくてはいけないのならば、泣く泣くでもビルシスお兄様に預けるしかない。

 自分からビルシスお兄様に手渡し、そのまま連れていかれた。


(······戻ってきたらもふもふじゃないのか)


 もふもふじゃないジェットなんて、想像がつかない。


「良いことミリー!今から戻って来るのは、隣国の王太子殿下よ!!子狼とは違いますからね!!」

「何で?ジェットは畏まらなくて良いって······」

「それは子狼だったからよ!!抱っこしてふもふはできないわよ!!相手はガチガチの筋肉質の男なのよ!!」

「······でも」

「でもはありませんよ。淑女としての礼儀作法は忘れないこと!!」


 私がナイジェルお兄様からグチグチ小言を言われていたら、急にドンと衝撃があった。


「うっ!!」

「あぁ、すまない。大丈夫か?」


 少し痛かったが、声のする上を見上げると、黒い髪をさらっとさせて、整った顔立ちには、一目見ただけで惹かれる程、綺麗な琥珀色の二つの(ほうせき)

 この(ほうせき)の持ち主が誰だか知っている。


「ジェット!?」

「ミリー!!」


 人の姿に戻ってもふもふではなく、固い筋肉質にはなっていたが、黒い髪と琥珀色の瞳は同じだった。

 ギュウギュウと抱き締めて、スリスリしてくるのは子狼の時と一緒で、人に戻っても何故だか可愛いと思えてしまって、私もそれを受け入れた。


(······どんな姿でもジェットなのね)


「ミリー!!俺と結婚してくれ!!」

「「「「「えっ!?」」」」」


 ジェットの発言は、その場にいた皆の時を一瞬止めた。

 人の姿で初めて会っていきなりプロポーズをするなんて、一国の王太子のすることではない。


「はい!私で良ければ!!」

「「「「「えっ!?」」」」」


 ミリーの返事に再び、その場にいた皆の時を一瞬止めた。

 時が動いたのは、ナイジェルお兄様が叫んで倒れた瞬間だった。


「イヤーーーーー!!!!」


 バタン!!




ーーそよそよ。



 あれから慌ただしくて大変だった。

 ナイジェルお兄様が倒れて起きない間に、転移魔法で王都にいた両親がバリスティアの宰相閣下と一緒にやって来た。

 ジェットが三人に今までの経緯を説明して驚いていたが、すぐ対処すると動いてくれた。


 宰相閣下はバリスティア国王夫妻に報告した。それを聞いたジェットのお父様である国王陛下は激昂し、自ら騎士を率いてホースティン公爵親子と関わった者を捕らえたそうだ。


 ジェットと一緒にお茶をしていた妹と弟は無事だった。二人は眠らされていただけで、目覚めた後は身体に異常はないと診断された。

 妹姫は酷く落ち込んでいたそうだ。まさか友人のロディーナに利用されて、敬愛する兄であり、王太子を害するとは夢にも思わなかったと。


 公爵令嬢であったロディーナは、幼い頃からジェットを慕っていたそうだ。

 ただ、ジェットの婚姻は本人の意思を尊重すると国王夫妻は考えていたので、王太子妃候補すら決めていない状態だったそうだ。

 当の本人もまだ決めるつもりはなく、王太子妃の席は空席のままだった。

 ロディーナは既成事実さえ作れば何とかなると踏んで、妹姫に近付き虎視眈々とその機会を狙っていた。


 それを知ったホースティン公爵は軍務大臣に就任して、軍事力の拡大を謀っていた。

 バリスティア王国としては、近隣諸国とは上手く関係を築けている状況で、軍事力拡大については摩擦を生むだけ。何より拡大するとなると、他国に要らぬ誤解を与えてしまう。

 そこで、娘を王太子妃にすれば、自分の発言力の強化に繋がると考えて、親子で綿密な計画を立てて今回の事件に繋がったのだそうだ。


 うちでは両親にジェットが求婚の承諾を得て、ナイジェルお兄様が寝ている間にすぐに隣国へ行くように進められた。


 夜逃げ感が否めないが、両親もナイジェルお兄様のシスコンには頭を悩ませていたそうで、これを機に隣国へ行って物理的に距離を取る方が良いと判断したそうだ。

 ナルシアお兄様とビルシスお兄様は、ナイジェルお兄様程、シスコンではなかった。いつかは嫁に行くもんなと思っていたらしい。


 ナイジェルお兄様の言った「あなたが拾ってきたんだもの。きっと何か意味があるのよ」それは、私の人生が変わる程の意味があった。

 ジェット曰く私は「甘い香りがする」ようで、これは番にしか分からないんだとか。

 獣人ではない私には分からないけど、きっと出会った時から惹かれていたので、私からみても運命だった。


(見つけられて良かった)


「ミリー。何を考えいるんだ?」

「えっ?ジェットとは運命だなと、よく迷いの森(ここ)で会えたな~って」


 今日は久し振りのナナビナの森だった。バリスティア王国側から入るのは初めてで、トーリック領側からナナビナの森へ入っていても、不思議な事に一度たりとも国境を越えたことがなかった。

 意外と簡単にナナビナの森に入れたが、ジェットはこんな簡単に入れたかな?と不思議そうにしていた。


「トーリック家の者と一緒ならば迷わないとは不思議だな······」

「代々そうなんだけど、謎なのよね~。あっ!あれってジェットの?」

「あっ。隠しておいた俺の服だ」


 シロツメクサが咲いている場所にジェットの服が置いてあった。


「おかしい。俺は草むらに隠したはずだが······」

「不思議な事があるのが、ナナビナの森なのよ」

「まぁー、そのお陰で愛しいミリーに会えた」

「私もジェットに会えて良かった。愛しい人」


 嬉しそうに笑い掛けてくれる。時折、金色になり、何度見ても綺麗な琥珀色の瞳に惹かれる。


(今まで一番、素敵な拾い物をしたわ)


「あっ、ジェットこれ」

「何だこれは?」


 ジェットの服を回収しようと持ち上げると、そこには······。



 また、素敵な拾い物の予感。






 最後まで読んで下さって、ありがとうございました。


 まだ、連載中の方が続きを投稿出来ていないのに、先にこちらの短編を投稿してしまいました。すみません。


 

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