scene2 誇りの崩壊
王都の名門貴族ヴェルナー家。そこに生まれた少女は、幼い頃から魔法の才を期待されていた。
——ヴェルナー家の名に恥じぬ実力を持て。
——負けることは許されない。
——最高の魔術師になれ。
その言葉が、リーナ・ヴェルナーの人生そのものだった。
7年前——ヴェルナー家の屋敷にて。
10歳の誕生日。ヴェルナー家の広大な庭園には、貴族の子息たちが集まっていた。彼らは皆、王国の名門家系の子供たち。幼いながらも、それぞれが将来を期待されるエリートたちだった。
その中で、リーナは誰よりも優雅に立っていた。
「リーナ様、本日はおめでとうございます」
「魔法の腕前を拝見できると聞きましたが……?」
子供たちの間で囁かれる期待の声。それを聞いたリーナは、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「いいわ、見せてあげる」
彼女が手を掲げると、周囲の空気が熱を帯びた。幼いながらも、彼女の魔法はすでに一流だった。
「《ファイアボルト》!」
彼女の指先から放たれた炎の矢が、的を正確に撃ち抜いた。その美しさと威力に、貴族の子供たちは驚嘆し、拍手を送った。
「すごい! さすがはヴェルナー家のご令嬢だ!」
誇らしげな気持ちが胸に広がる。誰もが自分を称賛し、優れた才能を持つと認めてくれる。この瞬間こそが、リーナにとっての「正しき世界」だった。
だが——
その背後から聞こえた、父の低い声が、彼女の誇りを打ち砕く。
「まだ甘いな」
リーナはハッと振り向いた。
ガイル・ヴェルナー。彼女の父であり、王国屈指の宮廷魔術師。長身の男は、腕を組んだまま冷ややかに娘を見下ろしていた。
「父上……」
「今のお前の魔法は、美しさばかりを意識している。だが、実戦ではそんなものは無意味だ」
ガイルは手を振ると、一瞬にして同じ《ファイアボルト》を放った。その魔法は、リーナのものとは比べ物にならないほどの速度と威力を持ち、的を焼き尽くした。
「魔法は、相手を倒すためにある。それを忘れるな」
リーナは息を飲んだ。
彼女の魔法は、父から見れば「甘い」。それは、すなわち「未熟」だということだった。
誕生日の祝福の場は、一瞬にして「教育の場」に変わった。リーナはただ、冷たい視線の中で、小さくうなずくしかなかった。
それからのリーナは、より一層の鍛錬を積んだ。
学院に入学してからも、誰よりも高みを目指した。負けることが何よりも怖かった。だからこそ、常にトップでなければならなかった。
その中で、彼女にとって不可解な存在が現れた。
「そんなに気を張らなくてもいいんじゃない?」
のんびりとした声。
ユーク・アーデル。学院の同期生で、どこにでもいる平凡な少年。魔法の才能は並程度だが、なぜか誰とでも気さくに話し、誰よりも自然体で生きていた。
リーナは、彼のようなタイプが理解できなかった。
「勝ち負けがすべてじゃないって、どういうこと?」
ユークは苦笑しながら答えた。
「まあ、魔法は便利な道具だからさ。別に、勝つためだけのものじゃないと思うよ」
リーナは呆れたように笑った。
「甘いわね。魔法は力よ。強い者が使うからこそ意味があるの」
それが、彼女の信念だった。
現在——勇者パーティの宿舎にて。
リーナは、手元の魔道書を閉じ、ため息をついた。
(ここ最近、魔法の調子が悪い……)
戦闘での違和感は、日に日に増していた。以前なら、詠唱も魔力の流れも完璧だったのに、今はどこか噛み合わない。
だが、問題はそれだけではなかった。
「……お前、最近役に立ってないよな」
「魔法使いなのに、火力がないとか終わってるだろ」
「まさか、年か?」
仲間たちの冷たい言葉が胸を刺す。冗談交じりとはいえ、それは確実に「今のリーナ」を評価したものだった。
(私が……役に立たない?)
そんなはずはない。彼女は名門貴族ヴェルナー家の娘であり、王国の最高学府を卒業し、勇者パーティに選ばれたエリートだ。
なのに、今やただの「足手まとい」。
(……私は、間違っていたの?)
ユークの補助があったから強かった。
それは認めたくない事実だった。
しかし、それを認めない限り、彼女はこのまま沈むしかない。
「……」
リーナはゆっくりと立ち上がった。
迷っている暇はない。落ちぶれるつもりもない。
(だったら、自分で何とかするしかない)
彼女は、魔道書を手に取り、静かに決意を固めた。
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