scene1 勇者の喪失
王都の片隅にある寂れた酒場。
木の扉を押して中に入ると、鼻を突くような酒の匂いと、けだるそうな笑い声が響いていた。
「……酒だ」
レオナールは重い足取りでカウンターに向かい、低く呟いた。
「おう、勇者様のおな〜りだ」
カウンターの奥から、皮肉な笑い声が飛んできた。
振り返ると、酒場の常連らしき男たちがグラスを傾けながらこちらを見ている。
「今は『元勇者』だったか? ギルドの最低ランクまで落ちたって話だが」
「落ちぶれた勇者様が、今度はどんな偉業を成し遂げるんだ?」
レオナールは無言のまま、グラスを手に取った。
だが、彼の耳には男たちの嘲笑がはっきりと聞こえていた。
「ユークを追放した途端にこれか……」
「結局、あいつに頼ってたってことだろ?」
ガシャン!
グラスが割れた。
手にしていたグラスを無意識に力を込めてしまったせいだ。
酒がカウンターに広がる。
「……黙れ」
低く搾り出した声に、酒場の空気が一瞬だけ凍った。
「おっと、怒ったか?」
「『補助役』を追放した報いだな」
レオナールは立ち上がり、男たちに近づいた。
だが、その体はふらついていた。
酒と、疲労と、そして……敗北の記憶。
「お前たちに、何がわかる……!」
「わかるさ。だって、今のお前は“落ちぶれた勇者”だ」
「……っ!」
レオナールは拳を振り上げたが、その瞬間——
足元がふらつき、膝をついた。
「チッ……」
「おい、やめてやれよ。勇者様がみっともない姿をさらしてるぜ」
「ほら、これが王国を救った男だ。今はこのザマだがな!」
「……黙れ……!!」
レオナールは体を起こそうとしたが、思うように力が入らない。
かつて“勇者”と呼ばれていた男が、地面に這いつくばっている——
その姿を見て、男たちは哀れむように肩をすくめた。
「……もう、勇者じゃない」
男たちがそう言い残し、酒場を出て行った。
レオナールは、その場に崩れ落ちるように座り込む。
「俺は……何をやっているんだ……」
かつて、王国を救った誇り。
仲間と共に勝ち取った栄光。
ユークを失ってから、すべてが崩れ落ちた。
「ユーク……」
彼の名を呟いた瞬間、胸が軋むように痛んだ。
もうユークは、戻ってこない。
それがわかっているからこそ、レオナールはまたグラスを手に取った。
「……酒だ」
カウンターに座るレオナールの背中は、酷く小さく見えた。
彼が「勇者」と呼ばれていた頃の、誇り高い姿は、もうそこにはなかった。
——レオナールの転落は、まだ始まったばかりだった。
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