-アイツの弱み-
父さん達が再婚旅行から帰ってきて、やっと4人の生活が戻った。
「おっ? お前、今日弁当?」
「まぁな……」
俺が通う高校は、学食派と弁当や購買派に分かれている。
俺も普段は、学食か購買を利用するんだが……
「材料が無駄になるから!!」と無理矢理アイツに突きつけられたこの弁当。父さん達が留守の時とかも旅行してた時も何度もアイツの料理を食べた事があるが、美味いんだ。
「おじさんが、料理人だからね。何度も料理を作らされたから……」
亜澄、もしかして全てがパーフェクトなのでは?と思ったが……
食べ終えた弁当箱を包み直すと、亜澄と目が合った。
「可愛いよな、江尻」
「は? 何処が……」
呉は、アイツに恋してる。俺には、アイツの何処に惚れたのかはわからない。
少し緩くなったお茶を飲もうとした時に、呉がボソッと……
「よし! 俺、江尻に告白する」と言ったから、激しく咽せた。
「おまっ、大丈夫か?」
背中を叩かれ、ふとアイツの方を見ると何やら他のクラスメイトとこちらを見て笑いあっていた。
─ったく、人の気も知らないで……。ま、俺には関係ないか。たぶん……。
「呉くん? あー、同じ班だけど……」
「なんか、話した?」
「は? 話したって、普通に話すでしょ? 同じ班なんだし」
─そりゃそうなんだけど。
「LIMEとかも普通にするわよ? なに、さっきから……」
「なんでもねぇよ。ったく、これだからしつこい女は……」
桃子さんを交えての食事ではあるが、桃子さんは笑いながらもオロオロしていた。
「ごちそうさま。風呂いってくるから」
それだけ言い、バスルームへ。
風呂から出ると桃子さんは、一階のスーパーまで行っていて、亜澄しかいなかった。
「お風呂、きれいでしょうね?」
「は? きれいに決まってんだろーが!!」
小さな事でも、なぜか言われるとカチンとくる。
「お風呂、行ってきますっ! ふんっ!!」
─も、なんなんだよ!さっきから!!
バタンッとバスルームの扉を閉めると、溜息が出た。
あんな言い方するんじゃなかった。そう思っても、何かしら言われるとイラっとくる。
「彼氏なんかいないわよ!」
この間のストローでの関節キスだって、ママに言ったら激しく笑われたし。
「好きな人が現れたら、出来るわよ…」
お父さんには、内緒にして貰ってるけど。私の片想いの相手が敦くんと知ってるのもママだけ。クラスメイトにだって、知られてないのに。
湯船に浸かって、伸びをするのが気持ち良かった。
さぁ、身体もあったまったし、出ようとしたらいきなりバスルームの電気が消えた。
「や……怖い。暗いの……」
リビングにアツくんがいる筈なのに、一向にこっちにこない。
「ママ?」
あ、下のスーパーだ。停電、うちだけなのかな?
「敦くん? おーい」
そう呼んでも小さな声では、届かないし。
小さい頃、幼稚園での悪夢が蘇る。
「怖い……誰か…」
小さな音がした。バスルームの窓からは、真っ暗な景色。全体的に停電らしく、雨まで降っていた。
「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
小さく蹲り、泣きながら大きな声を出す。
「どした? 停で…んぅっ!!!」
「怖い…怖い…怖いぃ!!!」
大声が聞こえたから、慌ててバスルームに向かったら停電っての忘れてアチコチぶつかったし。扉を開ければ、亜澄が裸のまま飛びついてきたし。
俺としては、そのままずっと抱きつかれたかったが、実際は懐中電灯の灯で俺の顔を見た途端、コイツ気を失った。
慌ててバスタオルを巻いて、亜澄の部屋まで連れてって、冷たくしたタオルを当ててなんとか、だった。
─このマンション、停電にはならないと父さん言ってたのにな。
「み、見てない…から!!」
「ほんとに?」
流石に、下着やパジャマを寝てる人とかに着せる力もなく、俺はバスタオルに包まれたアイツをベッドに寝かせ、布団をかけただけ!
「嘘ついてないでしょうね?」
「ついてねぇよ」
目を覚ました亜澄に、叫ばれ、頬をぶっ叩かれた俺は、まだ痛い頬を押さえながらそう返した。
「もういいわよ、こっち向いても……」
「うん」
髪はまだ半乾きの状態だが、亜澄はパジャマを着て、こちらを向いていた。俺、パジャマ濡れてるんだけど!?
「さっきは、取り乱して…ごめんなさい」
「別に……」
「私、停電だけは苦手名のよ」
「そ……」
なんとなく気まずくなって、話もそこそこに部屋を出ると、やっと桃子さんが帰ってきたら。
「あれ? 敦くん、お風呂入ったよね?」
桃子さんは、買い物に行ったのに、同じマンションの人と偶然会って愚痴を聞かされたことを話しながら、冷蔵庫に買ったものを入れていた。
なんとなく、手伝った。
のが悪かった?濡れたパジャマのままだったから?
翌日…
「今日は、お休みしてゆっくり寝てなさい。学校には、連絡しとくから……」
「ふぁい。ありがとうございます」
机の上には、ポカリスエットと体温計、お粥が用意されていた。
「ねぇ、大丈夫?」
桃子さんが、部屋を出て数分後。学校の制服に着替えた亜澄が、俺の部屋に入ってきた。
「きったないなー」
足で床に散らばっていた服やら雑誌を追いやって、なんとか自分のスペースを作っている。
「たまには、掃除くらい…じゃなくて、熱下がった?」
「い…や。まら…」
鼻水が出てるのに、何故か鼻が詰まるし、喉は痛いし……。
「うつる…から」
亜澄は、まだ何か言いたそうだったけど、またね、と小さく言って部屋を出て行った。
それからスゥーッと吸い込まれるように、俺は眠りについた。
懐かしい夢を見てた。
幼稚園の頃の夢。あっちゃんと楽しく遊んだ夢。手を繋いで、花壇に咲いてる花を見つけては、あーだ、こーだと話したり、一緒に遊具で遊んだり……。
陽が暮れかけて、母さんが俺を呼びにきて、振り向いたらあっちゃんはいなかった。
「あっちゃん……」
ビックリしたぁ!寝てる…よね?
静かにドアを開けて入ってきた私は、静かに静かに部屋の掃除を始めた。
あっちゃんかぁ……。そういや、私もちっちゃかった頃、そう呼ばれてたな。あっちゃんって、うちのクラスにいたかな?いない、なぁ。クラスは全員名前覚えてるし。
まさか、彼女?!とか….…。
咳き込んできたし、そろそろ目を覚ますかも?部屋もあらかたきれいになったし、そろそろ戻るかな?
そーっと部屋を出たら、ママに見つかった!
「アズ? ちょっといいかしら?」
「は、はい……」
ママが、落ち着くからと紅茶を出してくれたけど……。
「あなた、敦くんと……。まさか……」
「へ? なにが?」
「そうよねぇ。関節キスで、妊娠すると思ってた子が……」
─あー、そんな頃もありましたねぇ。
「何もしてないわよね?」
「うん。寝てたから、起こさないように部屋を掃除してただけだから……」
そう言っただけで、ママは笑い出す。
「ま、なんにもないなら良かったわ。お母さん、まだおばあちゃんになりたくないし」
「も、も、もうっ! そんなことはないから!」
キスだけじゃ、赤ちゃんなんて出来ないもん!!キスだけじゃ……。
「夢、だよな?」
なんとなく唇に柔らかいのが当たった気がしたが……。
「腹減ったな……」
部屋を出ようとしたら、亜澄がいて、いきなりバカっ!と言われたんだが……。
「桃子さーん、腹減ったー。あと、俺夢遊病かも知れない。部屋がきれいになってた」
「あー、掃除なら軽くしといたけど?」
亜澄が……。
夕飯にはまだ少し早かったけど、卵とじうどんを作ってくれたから、それを食べてひたすら寝たら、朝には元気になってた。
「お? 珍しく父さんがいる!」