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04.意義のある人生


「なるほど……」



ミアの話を聞いた私は、顎に手を添えて唸る。

……ひとまず、私──アベリアが何者であるのか、どうして夫が敵意剥き出しだったのか、ということについては理解ができた。

この世界がおそらく、異世界であるということも。


少なくとも夢でないことは、今もズキズキと痛む身体が教えてくれている。

一気に情報を頭に入れたからか、心なしか眩暈がするような……。


「奥様、大丈夫ですか? 領主様は『崖から落ちたようだ』とおっしゃっていたので……きっと頭を強く打った衝撃で記憶が飛んでしまったのでしょう」


私の顔色を見て、心配そうに顔を覗き込んでくるミア。すぐさま3つぐらいあるふかふかの枕を私の背後に積み上げて、凭れかかるように促してくる。ありがたくそこに上体を沈めながら、包帯の巻かれた頭を軽く触った。


崖から落ちたのか……よく無事だったなぁ。かなり雪が積もっていたから、それがクッション代わりになったのだろうか……? 

それにしても、なぜ崖から落ちることになったのか……。



『愛する男のもとへ逃げようとでも思ったか? ……残念だったな』



シオンという男の冷え切った声が脳裏に蘇る。

彼の言う通り、幼馴染のところへ逃げようとしていたのだろうか。


そもそもアベリアは、



「不倫、してたのかな……?」

「そんなわけありません!!」


間髪入れずミアが声を上げる。良い子だ。でも私は彼女のように完璧皇女様だった“アベリア”を知らない。


「わかんないよ……覚えてないんだし。ミアも、私の全部を知っていたわけじゃないんでしょう?」

「そ、それは……」


ミアの話は、あくまで第三者視点から見た憶測でしかなく、肝心要の当事者意見は一つもない。

噂がただの噂である可能性も大いにあるが、火のないところになんとやらというやつだ。

ミア自身も言い返す言葉が見つからない様子で、しゅんと目に見えて勢いが萎んでしまった。



「……ごめん。意地悪だったね。……信じてくれてありがとう。記憶を失う前の私に代わって、お礼を言うわ」

「奥様ぁ……」


うるうると子犬のように瞳を潤ませる侍女の頭をよしよしと撫でる。結婚生活は最悪だったかもしれないが、少なくとも使用人には恵まれていたようだ。真実がどうであれ、彼女の献身には感謝をしなくては。


それからミアの手を借りつつ顔を洗い、髪を拭いて丁寧に梳いてもらう。人に身だしなみを整えてもらうのは気が引けたが、一人で出来るほどの体力もなかったので彼女に甘えることにした。おかげで少しさっぱりした。お風呂にも入りたかったのだが、傷の手当てをしたばかりだから駄目だと言われ、断念する。


仕事を終え、桶を抱えて部屋を出ようとしたミアは扉の前で振り返り──意を決したようにぐっと目元に力を入れて、言い残した。



「奥様は、本当に領主様を愛してらっしゃいました。これだけは、自信をもって言えます!」




私が虚をつかれ目を丸くしているうちに、彼女はそそくさと去っていく。

一人、広い部屋に取り残された私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


──それならばなぜ、夫に冷たい態度を取ったのだろう。

幼馴染をこっそり逃して、誤解されるようなことまでして……。

正直、領主様が可哀想でならない。そりゃあ怒りもする。殺してやりたくもなるだろう。




「……いや、忘れてたけど私、明日殺される……?」



今朝方の冷たい瞳と声を思い出して、ぶるりと背筋が震えた。

本当に雪の海に沈められかねない。あの男には、そう思わされる迫力があった。


前言撤回。全然可哀想なんかじゃない。






どうして私がアベリアとして目覚めたのか。

アベリアと夫の間に本当は何があったのか。


わからないことだらけではあるけれど、とにかく私は生まれ変わったのだ。

これは神様が私に与えてくれた、第二の人生というやつに違いない!

ならば、今度こそ長生きして、意義のある人生を送ってみせる!


「死んでたまるかってのよ!」






***




結論から言うと、私はそこから3日間熱を出して寝込んだ。

寝込んでいる間のことはほとんど覚えていない。


ただ時折、額に冷たいものが押し当てられるような感覚があって。たった数秒にも満たないその時間が、砕け散りそうだった私の心をギリギリのところで押し留めて、支えてくれていたことだけは覚えている。








熱が下がる頃には、身体の痛みも少しはマシになっていた。

この身体は、大分回復が早いようだ。これまでの生活習慣の賜物なのか、生まれつきのものなのかは定かでないが、なんにせよありがたい。

激しい動きはできないが、一人で歩くことぐらいはできそうだったので、ミアの手を借りて寝間着から普段着へと着替える。フリルのついたシャツにベスト、ピッタリめのズボン──てっきりドレスを着せられるものと思っていたので、ちょっと驚いた。しかし、姿見に映った自分の姿を見て納得する。まるでベルサイ◯のばらに出てくるオスカルだ。よく似合っている。


「奥様は、グランクレストにいらしてからはいつも男装をしてらっしゃいました。『こちらのほうが気楽だから』と……領主様もそれを許しておられました。」

「へえ……」


せっかく異世界に来たのだから、綺麗なドレスを着てみたかった気持ちもなきにしもあらず。

……が、これからやることを思えば、こちらの服のほうが合っているだろう。


「私の夫は今どこにいるのかな? 話がしたいんだけど」

「……領主様ですか? 今の時間帯は、おそらく訓練場にいらっしゃるかと」


まだ横になっていたほうが良いのでは、と引き留めてくるミアを最終的には押し切って、訓練場の場所を聞き出した。

熱を出す前に決意したことを、実行に移さねばならない。

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