蘭子お姉さんの新必殺技なのよ!
私は箕輪まどか。現在、キモいおっさんの残留思念と交戦中。
うう、気持ち悪いよお。
「真言の使えないあなた方など、只の変人集団です。死になさい」
鴻池仙一が言い放つ。
「あんたねえ、言うに事欠いて、変人集団て何よ!?」
私は激怒した。もうこうなったら、どんな手を使っても、あのキモいおっさんを吹っ飛ばす!
命があるじゃないか。
また、あの「呪いの言葉」が頭の中を駆け巡る。
嫌よ! こんなキモいおっさんの残留思念を消し飛ばすために、命を捨てるなんて!
「変人集団でお気に召さなければ、イカれた集団でどうです?」
仙一はゲラゲラ笑いながら言った。
「何やと、こらあ!」
麗華さんが切れた。
「残留思念に通じなくても、あんたには通じるやろ、おっさん!」
麗華さんは印を結んだ。
「オンマケイシバラヤソワカ!」
大自在天真言が炸裂した。
「おお!」
仙一は仰天したようだ。しかし、
「ふうおお!」
大仙(つまり、キモいおっさん)の残留思念が麗華さんの真言を吸収し、消してしまった。
「くっ!」
麗華さんが歯軋りする。仙一はニヤリとして、
「ダメですよ、私を攻撃しても。あなた方の相手は、我が父にして神であらせられる大仙様ですからね」
私は私の彼の江原耕司君のお父さんの雅功さんを見た。しかし、雅功さんは悔しそうに仙一を見ているだけだ。
小倉冬子さんの幼馴染の濱口わたるさんを見る。わたるさんも歯軋りしている。
続いて、小松崎瑠希弥さんを見た。
瑠希弥さんは歯軋りしていないし、悔しがってもいない。
「先生、一つだけ方法があります」
瑠希弥さんはその超絶的な感応力を駆使して、キモいおっさんの弱点を探っていたのだ。
「瑠希弥!」
蘭子お姉さんが嬉しそうに瑠希弥さんを見た。瑠希弥さんも嬉しそうだ。
ああ、やっぱり、この二人って……。
「デタラメを言ってはダメですよ、小松崎さん。我が神に弱点などありませんよ」
仙一は瑠希弥さんを嘲笑った。すると蘭子お姉さんが、
「嘘ではないわ、仙一さん。貴方が知らないだけよ」
「何!?」
仙一はギクッとしたようだ。そして、
「ええい、うるさい! さあ、神よ、まとめて生け贄として下さい!」
とキモいおっさんに叫んだ。
「ふおああ!」
キモいおっさんは雄叫びを上げ、また進み始めた。
「麗華、下がって。ここは私と瑠希弥で何とかするわ」
蘭子お姉さんが言うと、麗華さんは、
「アホ抜かせ! この八木麗華様には、後退はないわい!」
と言い返したが、
「麗華!」
麗華さんは蘭子お姉さん会心の睨みにビクッとし、
「わ、わかった」
と引き下がった。ちょっと怖い、蘭子お姉さん……。
「瑠希弥」
「はい、先生」
二人は進み出て、キモいおっさんの前に立ち塞がった。
「何をするつもりです、西園寺さん?」
仙一は凶悪な顔をしながらも、妙に丁寧な言葉遣いなのが気色悪い。
「残留思念は霊体ではないから、確かに真言は通じない。でも、残留思念はその人が生きていた時に培ったものの現れ。ならば、生きていた時の事を思い出してもらうわ」
蘭子お姉さんはそう言うと、瑠希弥さんと共に印を結び、真言を唱えた。
「だから、真言は効かないと言っているでしょう? バカなのですか、貴女は?」
仙一は肩を竦めて言う。
私もチラッとだけど思ってしまった。ごめんなさい、蘭子お姉さん。
「この真言は攻撃のための真言ではないわ」
蘭子お姉さんは慈愛に満ちた目で仙一を見た。瑠希弥さんも。
ふと気づくと、江原ッチが鼻の下を伸ばしている。
ちょっとムカついたが、あの二人のこの気を当てられては、そうならない方が凄い。
「オンカカカビサンマエイソワカ」
蘭子お姉さんと瑠希弥さんは地蔵真言を唱えていたのだ。
どうするつもりなのだろう?
「が?」
キモいおっさんの動きが止まる。おっさんの前に光が現れ、それがやがて女性の姿になった。
奇麗な人だ。誰だろう?
「か、母さん!」
仙一のその言葉に私は仰天した。
あの奇麗な女性が、キモいおっさんの奥さんで、仙一のお母さん?
世の中、どうなってるのよ?
「貴方、何をしているの? 愚かしい事を」
女性はにこやかに残留思念に語りかける。
「ぐおおお!」
しかし、残留思念は反論しているようだ。女性に何か言い返している。
始めはニコニコして聞いていた女性の霊だったが、
「やかましい、このごくつぶしが! あんたが甲斐性がないから、私は苦労して、それが元で過労死したんだ! その上、息子の仙一まで、こんなくだらない事に巻き込んで!」
と急に変貌を遂げた。残留思念が後退りする。仙一も呆気に取られている。
「消えな! あんたはもうこの世にはいないんだ。これ以上皆さんに迷惑かけるんじゃないよ!」
奥さんの霊に罵倒され、残留思念はスーッと萎んで行き、消滅してしまった。
「仙一」
女性の霊が鋭い目つきで仙一を睨む。
「は、はい!」
仙一は直立不動になった。
「あんたも、いい加減真っ当になりなさい」
「はい」
母親に叱責され、仙一は項垂れてしまった。
「しっかり償うのよ、仙一」
母親の霊はまたにこやかな顔に戻り、天へと消えて行った。
「母さん……」
仙一は涙を流しながらそれを見送った。
こうして、私達は、最大のピンチを切り抜けたのだった。
大人しくなった仙一は雅功さんとわたるさんに連れられて石段を降りて行く。
「さすがやな、蘭子、瑠希弥」
麗華さんが二人を褒め称えた。すると瑠希弥さんは、
「私は先生のお手伝いをしただけですから」
と照れたように俯いた。相変わらず謙虚な瑠希弥さんだ。
え? お前も少しは見習え、ですって? うるさいわね!
「ちょっと失敗しちゃったのよ、実は」
蘭子お姉さんもチロッと舌を出して言う。可愛い。
江原ッチは蘭子お姉さんにも熱い視線を送っている。
後でお仕置きね、やっぱり。
「失敗って、どういう事ですか?」
私は不思議に思って尋ねた。何も失敗していないと思ったからだ。
すると蘭子お姉さんは、
「実は、あの女性の霊は、私と瑠希弥で作り出したものなの。大仙の奥さんの霊は呼べなかったので」
「ええ?」
じゃあ、あの迫力のある女性は?
「瑠希弥が女性を作り出して、私が喋らせたんだけど、本当は慈愛で改心させるつもりだったの。でも、途中でその、切れちゃって……」
蘭子お姉さんが恥ずかしそうに言うと、麗華さんがガハハと笑い、
「つい、裏蘭子が出たんか?」
と言った。蘭子お姉さんはキッと麗華さんを睨む。麗華さんはビクッとした。
「修行が足らないわね」
蘭子お姉さんは私と江原ッチを見て自嘲気味に言う。
「そんな事ないですよ。すごかったです。感動しました」
江原ッチが蘭子お姉さんの手を握って言った。
「そ、そうですか?」
蘭子お姉さんは、あまりに積極的な江原ッチに驚いたのか、手を振り払えないようだ。
「先生を動揺させないで下さい、江原君」
瑠希弥さんが江原ッチの手をスッと蘭子お姉さんから放す。
「は、はい!」
江原ッチは瑠希弥さんに手を掴まれて、鼻血を出して倒れかけてしまった。
「だ、大丈夫、江原君?」
瑠希弥さんと蘭子お姉さんが驚いて江原ッチを支えた。
「いろいろと大変やな、まどかちゃん」
麗華さんが私に囁く。私は苦笑いして麗華さんを見た。
そして。
瑠希弥さんは蘭子お姉さんと東京に戻る事を切望した。
しかし、蘭子お姉さんは、
「まだまだ修行が足りないのよ、私は。もう少し、出羽で修行するわ」
「そうなんですか」
うわっと! また瑠希弥さんにNGワードを言われてしまった。
久しぶりだったので、油断していた。
「瑠希弥はまどかちゃんとさやかさんの先生なんだから、頑張ってね」
蘭子お姉さんのその言葉に、瑠希弥さんは泣き出してしまった。
「先生!」
「瑠希弥」
抱き合う二人を見て、江原ッチはまた鼻血を出している。
「江原耕司君」
私は江原ッチの背後に回り、囁いた。
「は、はい!」
江原ッチはビクッとして背筋を伸ばした。
蘭子お姉さんと麗華さんは山形へ、そして私達はG県へと出発した。
最終回は何とか免れたまどかだった。