関西の悪霊がやって来た!
私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、浄霊、お祓いなど、いろいろお受けしています。
また、依頼を受けました。今度は箕輪まどかちゃんのお兄さんである慶一郎さんからです。
悪い霊に取り憑かれて困っているそうです。それなら、まどかちゃんに頼めばいいと思うのですが。
あまり熱心にお願いされたので、私は仕方なく承諾し、まどかちゃんの家に向かいました。
携帯の番号、変えようかしら? 真剣に悩みました。
「あら?」
高速に乗った時、友人の八木麗華からメールが入りました。
私は、サービスエリアに立ち寄り、それを読んでみました。
麗華は、私が慶一郎さんとデートするのだと思い、怒りのメールを送って来たのです。
「こら、蘭子! 慶君はウチの彼氏や! 手ェ出さんといてんか?」
怒りの余り、文章まで関西弁で、ドスを効かせています。
私はすぐに仕事で行く事を返信しました。
ところが疑い深い麗華は、
「ウチも行くさかい、サービスエリアで待っといて」
と返して来ました。
言い出したら聞かない麗華です。もう待つしかありません。
麗華のことですから、毘沙門天の真言ですぐ来るでしょうけど。
思った通り、麗華は真言で高速移動し、十分後に来ました。
「麗華、人がたくさん集まる場所に空から降りて来ないでよ」
私がそう窘めると、麗華は大きな口を開けて笑い、
「大丈夫や、蘭子。みんな、パフォーマンスや思うとるから」
「もう……」
どこまでも麗華は楽天主義者です。
「それにしても早かったわね。東京にいたの?」
「そうや。慶君と昨日デートして、ホテルに泊まった」
「え?」
私は思わずいけないことを想像してしまいました。すると麗華が、
「アホ、変な事想像するな! ウチはそないに軽い女やないわい」
「そう?」
お金のためなら何でもしそうな麗華の言葉とは思えません。
「一緒に泊まった訳やない。ウチだけや。蘭子も嫉妬からそんな事想像するんか?」
「嫉妬? 誰が、誰に?」
「あんたが、ウチに」
「どうして?」
「ああ、もうええわ」
私は故意に気づかないフリをしました。実際、私は慶一郎さんに恋愛感情はありませんし。
と言うか、私は今まで恋愛感情を抱いた事がないかも知れません。悲しいですけど。
「ほな、行こか」
「ええ」
私達は関越道を疾走し、まどかちゃんの家があるG県に向かいました。
「蘭子さん、お待ちしていました……」
慶一郎さんがフリーズしてしまいました。何故なら、私の車の助手席から、麗華が現れたからです。
「よお、昨日は楽しかったで、慶君」
麗華は陽気に言いましたが、慶一郎さんはフリーズしたままです。
多分、彼の計画が崩壊したのでしょう。
「ああ、そうだ」
急に復旧した慶一郎さんは、家に戻ってまどかちゃんを連れて来ました。
「こいつが僕の妹のまどかです。よろしく」
麗華はまどかちゃんを見て、
「慶君と似とらんな。拾った子か?」
ととんでもない事を言い出します。するとまどかちゃんが、
「今日は、蘭子お姉さん。このオバさん、誰ですか?」
と強烈な返し。麗華はブルブル怒りで震え出し、
「お前なあ! 慶君の妹やから、今こうして生きていられるんやで!」
「オバさんこそ、蘭子お姉さんの友達だから、私も大人しくしてるのよ!」
凄い。性格が似ているとは思っていたけど、ここまで似ていて対立してしまうとは……。
「まあまあ、二人共」
私は間に入って取り成しました。まどかちゃんは私の顔を立ててくれて、引き下がりました。
麗華も私がキッと睨むと、肩を竦めて矛を納めました。
私はまどかちゃんを誘って庭の隅に行きました。
麗華は慶一郎さんと話しています。と言うより、麗華の独り言に近いですが。
「どうしたの、蘭子お姉さん?」
まどかちゃんは不思議そうな顔で尋ねて来ました。私は声を低くして、
「お兄さんに悪い霊が憑いているって言われて来たのだけど、もしかしてそれって麗華の事?」
「多分」
まどかちゃんは愉快そうです。
「金食い虫で困るって言ってましたよ」
「そうなの」
だから私が忠告したのに。でも、もう一人慶一郎さんに生霊が憑いてるのが見えます。
「あの女の人は?」
私はその生霊がとても慎み深い気を放っているので、気になりました。まどかちゃんはキョトンとして、
「え? お兄ちゃんに生霊が憑いているんですか?」
ああ、そうか。まどかちゃんには見えないのか。多分、慶一郎さんが女性として意識している対象にしか、彼女は見えないのです。そういう事です。
「慶一郎さんの身近に、彼を好きな女性がいる?」
「いますよ。とってもいい人です」
まどかちゃんはその人に敵意はない。そして、彼女にもまどかちゃんに対するマイナスイメージはない。
「その人の事、慶一郎さんはどう思っているのかしら?」
「わかりません。同僚としか思っていないかも」
まどかちゃんは悲しそうです。私もその女性の悲しみの気を感じてしまいました。
「もう少し、応援してあげて、その人の事」
「はい。私もその人にお姉さんになってほしいから」
まどかちゃんの明るい気が、その女性の生霊に伝わりました。
(貴女はまどかちゃんに応援されています。大丈夫ですよ)
私はその女性の生霊に語り掛けました。その女性はニッコリして消えました。
解決したようです。長居は無用です。
「麗華、帰るわよ」
「ええ?」
「そんな、蘭子さん」
麗華と慶一郎さんが、ほぼ同時に言いました。
「麗華、置いていくわよ」
「わかった」
麗華は仕方なさそうに私の車に乗り込みました。
「蘭子さん、実はですね……」
慶一郎さんが小声で言いました。私はニッコリして、
「全部解決しましたよ、慶一郎さん。では」
と言うと、車に乗り込みました。まどかちゃんが駆け寄って来ます。
「私、一生懸命応援します、蘭子お姉さん」
「ええ。そうして。あの人は、本当にいい人だから」
「はい」
まどかちゃんは麗華を見て、
「また来てね、オバさん」
「こらあ!」
二人はそんな事を言い合いながらも、ニコッとしてVサインを出し合っています。
大丈夫みたいです。
一人大丈夫ではないのが慶一郎さんのようですが、この際無視します。
「蘭子」
麗華が高速に乗った時に言いました。
「何?」
「ありがとな」
「どうして?」
「ウチも霊能者やで。慶君に思い寄せとる女がおるくらい、感じるわ」
「そうなの」
「ウチにはいくらでも言い寄って来る男はおるからな。慶君くらい、譲ったるわ」
「偉いわ、麗華」
「何やそのバカにしたような言い方は?」
「そんな事ないわよ」
しばらく続く、「蘭子麗華」のボヤキ漫才でした。