冬休みは江原ッチとデートなのよ!
私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。
という訳で、冬休み。
待ちに待った、と言うほどでもないけど、それなりに嬉しい。
成績は思ったより悪く、大らかなお父さんは笑ってすませてくれたけど、お母さんには、
「お弁当のおかずを一品減らします」
と残酷な仕打ちをされた。
え? 初めてお母さんとの会話が出て来たな、ですって?
仕方ないじゃない、この話は、家族団らんを描くのが苦手な作者が書いているんだから。
あ! 何て事言わせるのよ!? また怨まれちゃうわ、私……。
そんな私の事を感じてくれたのか、絶対彼氏の江原耕司君からメールが来た。
「今日、デートしませんか?」
私は速攻で了解の返信した。
すると今度は江原ッチから電話。
「どこに行く、まどかりん?」
「ハワイがいいな」
私がふざけて言うと、江原ッチは、
「そこは新婚旅行で行こうよ、まどかりん」
「まあ」
江原ッチはそういう事をサラッと言ってのけるけど、全然嫌味にならないのが素敵。
取り敢えず、近所のファミレスで落ち合う事にして携帯を切った。
「おい、どこ行くんだ?」
玄関で鉢合わせしたエロ兄貴に尋ねられた。
「江原ッチとデート」
「許さん!」
兄貴は時々全然笑えない事を言う。
「意味わかんない」
私は兄貴が更に何かを言っているのを無視して、
「行って来ます」
と外に出た。
「さぶ!」
G県は北部山沿いを除いてまだ雪は降っていないが、G県名物の空っ風が吹いている。
特に私の家があるM市は、とりわけその空っ風が強い地域なのだ。
危なくて、ミニスカートなんか履いて行けない。
だから今日はしっかりジーパンだ。
足フェチの江原ッチは、私がスカートを履いて行かないとテンションが落ちるのだが、そこは譲れない。
ファミレスに着くと、江原ッチはまだ来ていなかった。
いつものようにカウンターに座り、お目当てのクリームソーダを注文する。
「あれ?」
建物の中なのに、強烈な風が吹いた気がした。しかし、周囲の人は誰も騒がない。
「きゃあ!」
私の後ろを通り過ぎようとしていたお店のお姉さんが叫んだ。
あれ、と思って振り返ると、お姉さんは足から血を流してうずくまっている。
「大丈夫ですか?」
私はビックリしてお姉さんに声をかけた。周囲の人達も何事かと私達を見ている。
「怪我人です!」
私はカウンターの中にいた女性に声をかけた。
その女性も驚いてお姉さんに近づいた。
「どうしたの、川崎さん?」
お姉さんの名前のようだ。
「すみません、主任。いきなり足に痛みがあって……」
私はさっきの妙なつむじ風もどきを思い出した。
あれは風じゃない。
その証拠に私のクリームソーダの脇にあるストローは飛ばされもせず、そのままだ。
「とにかく、手当てを」
二人は私に礼を言い、店の奥へと行った。
霊現象? それしか考えられない。
「まどかりん、何かあったの?」
江原ッチが入って来た。
「胸騒ぎがしたんで、急いで来たんだ」
私は江原ッチにさっきあった事を話した。
「かまいたちかな?」
「サウンドノベルの?」
私のボケは気づいてもらえなかった。
「でも、今は何にも感じられないね」
「ええ」
さっきはつむじ風もどきを起こした霊を感じたのだけど、今は何も感じられない。
「もしかして……」
私は江原ッチに目配せして、カウンターから離れ、店の奥を見た。
「そういう事か」
さすが、箕輪まどかね。 もう事件は解決よ。
「奥にいる女の人に何か憑いてるね」
江原ッチもわかったようだ。
「理由を話しても取り合ってもらえないだろうから、取り敢えず入っちゃおうか」
江原ッチは勝手にカウンターの奥へと入って行く。
「ああ、お客様、困ります……」
押し問答が続くかと思ったが、
「大丈夫だよ、まどかりん。入って」
「う、うん」
江原ッチが笑顔で言ったので、私はキョトンとしながらカウンターの中に入った。
「あれ?」
奥に行くと、従業員の女性達が何故かウットリして江原ッチを見ている。
何なの、一体?
一番奥に、川崎さんがいた。
彼女は椅子に崩れるように座っている。
憑依現象だ。
霊に取り憑かれ、意志を支配されている。
「川崎さん、しっかりして!」
店長らしき大きな身体の男の人が川崎さんに声をかけるが、反応はない。
「生霊?」
私は霊の正体を見破った。
川崎さんの元彼だ。
川崎さんはすでに別れたつもりらしいのだけれど、元彼は納得していない。
しかも悪い事に元彼は霊能力があるようだ。
更に悪い事にそいつはあのサヨカ会と関わりがある。
「オンマリシエイソワカ!」
私と江原ッチは声を揃えて摩利支天の真言を唱えた。
「グゲェ!」
生霊は川崎さんの身体から弾き飛び、
「おのれ、覚えていろ!」
と悪代官のような捨てゼリフを吐いて消えた。
「もう大丈夫ですよ、川崎さん」
江原ッチが笑顔で言うと、周囲の女性達がざわつく。
「はい、ありがとうございました」
川崎さんまで目がハートになっていた。
おまけに店長まで、江原ッチに熱い視線を向けていた。
怖い……。
こうしてファミレス生霊事件は解決し、私達はクリームソーダの代金をサービスされ、おまけにケーキまでお土産に頂いてしまった。
「いい事すると、気持ちいいね、まどかりん」
江原ッチは何かを誤魔化そうとするようにスタスタと歩き出す。
「江原ッチ、正直に答えなさい。さっき、ファミレスのお姉さん達に何かしたでしょ?」
私は仁王立ちで江原ッチの行く手を遮った。
江原ッチの全身から汗が流れ出す。
相当焦っているのがわかる。
「言いなさい!」
「は、はい!」
江原ッチは観念して、話し始めた。
あろう事か、江原ッチはあの小松崎瑠希弥さんから、「魅力アップ」の方法を伝授されたのだと言う。
私を差し置いて、何してるのよ、全く!
「まどかりんが誰かに取られないようにするために、教えてもらったんだ。だから怒らないで」
江原ッチはいきなり土下座をした。
「ちょ、ちょっと、やめてよ」
ここは公道だ。たくさんの人達が歩いているのだ。
これでは私が悪い人みたいでしょ!
「許してくれる、まどかりん?」
江原ッチは上目遣いのウルウル瞳で私を見る。
「し、仕方ないわね」
私は半分嬉しいのを我慢して言った。
「良かったあ」
江原ッチは大喜びして立ち上がり、
「じゃ、デート行こう」
と私の手を掴んで走り出す。
「ちょっと待って、江原ッチ!」
私は転びそうになりながら、走った。
でも。
川崎さんの元彼は、サヨカ会のメンバーだった。
しかも霊能力者だ。
不安だ。何か起こるような気がする。
でも、私は負けない。
今は江原ッチと、瑠希弥さんもいるのだから。
どうして瑠希弥さんは、私より先に江原ッチに「魅力アップ法」を伝授したのだろうと、少しだけ不満なまどかだった。