蘭子お姉さんは修行中なのよ!
私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。
今私は、小松崎瑠希弥さんと共に山形県鶴岡市にある出羽三山を目指している。
そこには、私の憧れの人、西園寺蘭子さんがいるのだ。
あれ? 誰かもう一人いたような気がするけど?
まあ、いっか。
「凄い」
私は瑠希弥さんの車で入口に到着し、山の気を感じて思わずそう言ってしまった。
「本当ね。私もここに来るのは初めてだから、楽しみにしていたの」
瑠希弥さんが周囲の巨木を眺めて言った。
「先生はこちらにいらっしゃるわ。行きましょう」
「はい」
私は胸の高鳴りを抑えながら、瑠希弥さんについて行く。
道はやがて未舗装になり、ゴツゴツした石がたくさん飛び出している歩きにくいものになって来た。
「大丈夫、まどかさん?」
瑠希弥さんが振り返って尋ねる。私は作り笑いをして、
「だ、大丈夫です! こう見えても、足腰強いんですよ」
「そうなんだ」
わ! 瑠希弥さん、危うくNGワード。
でも、本当はかなりきつい。
普段運動をしないので、すでにふくらはぎの辺りがパンパンだ。
「ここからは下るようです」
瑠希弥さんが道しるべを見ながら言った。それには、
「この先滝修行場」
と書かれていた。
げ。この寒いのに、蘭子お姉さんたら、滝に打たれてるの?
子供が産めなくなってしまうわ!
なんて心配はいらないか。
「ひ」
下りだと思って気を抜いていたら、あまりにもきつい勾配で、上りより大変だ。
「まどかさん、本当に大丈夫? ここで待ってる?」
瑠希弥さんは私が限界に近いのを感じたのか、また振り返って尋ねて来た。
ここまで来たら、行かない方がつらい。
「大丈夫です。今日は蘭子お姉さんに会いに来たんですから」
「わかったわ。足元気をつけてね」
「はい」
私は歯を食いしばって瑠希弥さんについて行った。
瑠希弥さんは、平坦な道を歩いているようにスイスイと進む。
実力の差って奴ね。ふう。落ち込みそう。
「ああ」
滝の落ちる音が聞こえて来る。そしてかすかに水の匂い。
「もう少しよ、まどかさん」
瑠希弥さんが笑顔で励ましてくれる。私はヘロヘロになりながら、
「はい」
と応じた。
「おお!」
視界が開けた。真っ白な滝が見えた。しぶきを上げて下へと落ちている。
その手前の河原の小屋のような建物の前に焚き火があり、懐かしい顔が見えた。
「先生!」
「蘭子お姉さん!」
瑠希弥さんと私は同時に走り出していた。
「瑠希弥、まどかちゃん!」
蘭子お姉さんは白装束を着ていたが、その美しさに変わりはない。
「おう、よう来たな、二人共」
白装束姿の関西のオバさん。そうだ、この人もいたんだっけ。あれ、名前忘れた。
「ご無沙汰しています」
瑠希弥さんは二人に頭を下げた。私も慌てて、
「お久しぶりです」
とお辞儀した。
「滝に打たれるんですか?」
私は怖々と尋ねた。蘭子お姉さんはニコッとして、
「ええ。集中力を高めるにはうってつけよ」
「あんたらもするか?」
オバさんがニヤリとして言う。
「はい、是非」
瑠希弥さんが笑顔で応じた。え?
「瑠希弥はいいけど、まどかちゃんは無理よ、麗華」
蘭子お姉さんが助け舟を出してくれた。良かった。
ああ、そうか、オバさん、麗華さんだっけ。
「わわ」
瑠希弥さん、誰もいないからって、いきなり服を脱ぎ始めたわ。
凄い。凄過ぎます、瑠希弥さん。そのスタイル、女の私でもドキドキします。
「じゃあ、これを着てね」
「はい」
蘭子お姉さんが白装束を渡した。瑠希弥さんがそれを慣れた手つきで着る。
「ばっちゃとはよく滝行をしました。懐かしいです」
「そうなんだ」
わわ! 蘭子お姉さんまでNGワードを言いそう。
「ほな、入ろか」
麗華さんがザブザブと滝壺に入って行く。
大したものだ。冷たくないのだろうか?
「じゃあ、私達も」
「はい」
蘭子お姉さんと瑠希弥さんも滝壺に入る。
「さすがに冷たいわね」
「私は大丈夫です」
何だか、羨ましいなあ、あの関係。私も入りたいけど、やっぱり無理。
そして、しばらく三人の滝行が続いた。
その間、私は蘭子お姉さんに言われて、辺りの気を感じる訓練をした。
さすが、山伏の山。荘厳な気が押し寄せて来る。
身体の中に力がみなぎって来るようだ。
やがて滝行が終了し、私達は改めて再会を喜び合った。
「あれから何か起こったりしてない?」
蘭子お姉さんは「サヨカ会」の事を心配しているらしい。
「大丈夫です。江原ご夫妻が、お仲間を通じていろいろと手を尽くして下さったようです」
瑠希弥さんが濡れた髪をポニーテールにしながら言う。
ああ、これ、絶対江原ッチに見せられない。
可愛過ぎます、瑠希弥さん。もちろん、エロ兄貴にはもっと見せられない。
「そうなの」
蘭子お姉さんはホッとしたようだ。蘭子お姉さんのツインテールも可愛い。
「そや、小倉冬子さんはどないしてる?」
麗華さんは河原の大きな石に胡坐を掻いて座った。見えてるんですけど、いけないところが。
「連絡はないです。どうしているのか」
私も心配になって言った。
「ま、あの人の事やから、大丈夫やろけどな」
麗華さんはガハハと笑った。そうかも知れない。
あの冬子さんがそんな簡単にやられたりする訳ないわ。
やがて蘭子お姉さん達は小屋で着替えをした。
「私達がお世話になっている修験者の方の所に行きましょうか」
蘭子お姉さんが言った。
私達は、瑠希弥さんの車に乗り込み、蘭子お姉さんの運転でその修験者の家に向かった。
そう言えば、帰り道は全然苦痛ではなかった。
山の気を吸ったおかげだろうか? 疲れも残っていない。
「その人、何ていうお名前なんですか?」
助手席で私が尋ねると、蘭子お姉さんは微笑んで、
「遠野泉進さんよ。高齢な方だけど、かなりの術者ね」
「そうなんですか」
しまったああ! 自分でNGワードを言ってしまった。
遠野泉進? どこかで聞いた事があるな。
どこだろう?
気になるまどかだった。




