関西の悪霊からエロ兄貴を守るのよ!
私は箕輪まどか。超美少女にして、優れた霊能者だ。だからクラスの人気者。
……。
人気は、ない。
残念な事だが、人気はない。
二度も言わせないでよ! 涙が出そうになったわ。
綾小路さやかが引き起こした事件が元で、私は一時クラスで孤立しかけたが、今はそれはない。
でも相変わらず、違う小学校から来た子達は、私が怖いようだ。
最近は少しは話をしてくれるようにはなったけどね。
そんなある日。教室に入って行くと、どうした事か、男子達がベランダに出て外を見ている。
中には口笛を吹くバカもいた。
何事? 女子達は、「バッカみたい」と呟き、傍観しているようだ。
気になって私もベランダに出た。
「げ」
なぜか校庭に、あの関西のオバさんが恥ずかしいファッションで立っていた。
しかもオバさんは自覚症状がないらしく、ベランダのバカ男子達に投げキッスをしている。
「おう、お前、そこにおったんか。ちょっと話がある。降りて来てくれへんか?」
「嫌です」
私はきっぱりと言い返した。
「何やと!? ウチに逆らうつもりか、この命知らずが!?」
ギャアギャア喚いてうるさいので、仕方がない。
「わかりました。今行きます」
私は何故か羨望の眼差しを向ける男子達を残し、ベランダから教室に戻り、校庭に出た。
「何ですか、一体?」
これから授業が始まるというのに、何を考えているんだ、このオバさんは?
ところでこの人の名前、何だっけ?
「久しぶりやなあ、まどかちゃん。元気そうで何よりや」
は? 以前は確か、「子供」って呼ばれていたような気がするのだが?
しかも言い慣れていない事を言ったために、オバさんは顔が引きつっている。
「慶君は元気か?」
結局この人は、私の兄貴に用があるのだ。
「知りません。県警に行って訊いて下さい」
私は素っ気なく言った。
「あはは。相変わらず、きっついなあ、あんたは」
妙に低姿勢になったのが怖い。何を企んでいるのだろう?
「ウチな、真剣にあんたのお兄さんと交際したいねん。そやから、あんたの助けが借りたいねん」
「え?」
「ほな、県警に行こか」
オバさんは私の手を掴み、歩き出す。
「私はこれから授業なんですよ! 一緒になんて行けません!」
私はオバさんの手を振り解いて言った。
「大丈夫や。今日は病欠という事で、校長には話、通してあるから」
「……」
何という用意周到な……。侮り難い。
「さ、行こか」
オバさんはまた私の手を掴んで、歩き出した。
このままではエロ兄貴が危ない。
と同時に、私の「里見まゆ子さんをお姉さんにする作戦」も危ない。
どうしよう?
その時、私に悪魔が囁いた。
『あれ、使っちゃえよ』
あれ? あれって何? ウルトラブレスレット? そんなの持ってないし。
あれこれ考えているうちに、私はオバさんのド派手な車に乗せられ、県警に向かっていた。
「あ」
その時、鞄の中におぞましい物が入っている事を思い出した。
小倉冬子さんに渡されたオカリナ。あれを吹けば、冬子さんが「助け」に来てくれるらしい。
ちょっと怖いけど、使ってみるか。
毒を盛ったら毒を飲まされた、という諺があるしね。
え? そんな諺ない? うるさいわね! 細かい事気にしないの!
う。何か口をつけるのを躊躇ってしまいそう。
でも、意を決して吹いた。
「な、何や?」
その突拍子もない高音に、オバさんが驚いて私を見た。
「あんた、何しとんねん?」
オバさんは車を路肩に寄せて停める。
その時だった。
「私の可愛い妹を苛めるのは、誰?」
地獄の門番も逃げ出すような声が聞こえた。
冬子さんが来たのだ。本当に来た。
「誰や?」
オバさんは真顔になり、車を降りる。私も身の危険を感じて、車を離れた。
「私よ」
電柱の陰から半分だけ顔を覗かせて、黒ずくめの服の冬子さんが立っていた。
怖過ぎるんですけど。オバさんは冬子さんを見て、
「おう。あんたか。待ってたで」
え? 待っていた? どういう事?
「慶君かこの子にちょっかい出せば、絶対に現れる思うてたで。作戦成功やな」
そういう事か。このオバさん、リベンジに来たのね。
「この前は油断してやられたが、今日はそうはいかんで。覚悟しいや!」
オバさんはおっぱいの間からお札を何枚も取り出した。それ、悪霊退治のお札じゃん!
確かに冬子さんは悪霊みたいだけど、一応人間よ、オバさん。
「妹を苛める悪い人。許さないわ」
冬子さんには、オバさんの事情など関係ないらしい。
「もがき苦しむがいい!」
冬子さんの両手の先から、禍々しいオーラを纏った悪霊が出て来た。
もしかして、更に強くなってます?
「させるかい!」
オバさんもすかさずお札を投げつける。悪霊はお札によって消滅した。
「ならば!」
冬子さんが何やら呪文を唱えている。
普通の人なら、その姿を見ただけで卒倒しそうだ。
「呪いか!?」
オバさんは冬子さんから離れた。
「ウチも関西では恐れられた霊能者や。あんたみたいな呪術師に負ける訳にはいかんのや!」
オバさんも冬子さんに負けないくらいの怖い顔で言い返す。
「オンマカキャラヤソワカ!」
オバさんの大黒天の真言が、冬子さんの呪い攻撃を弾き飛ばす。
凄い戦いだ。いつの間にか、周囲は野次馬でいっぱい。
みんな、撮影か何かだと思っているみたい。
「危ないから、下がって!」
私の叫びも虚しく、野次馬さん達は下がろうとしない。
「これで仕舞いや、妖怪!」
オバさんは冬子さんに突進し、
「インダラヤソワカ!」
と帝釈天の真言を唱えた。
「イヤーッ!」
冬子さんはそれをまともに食らってしまい、倒れた。
「とどめじゃ!」
オバさんが更に追い討ちをかけようとした。
「やめて!」
私は思わず二人の間に入っていた。
「邪魔するな! あんたかて、そいつに迷惑してるんやろ!?」
オバさんは私を睨んだ。でも私は怯まない。
「冬子さんは、私の友達だから!」
そうだ。力を怖がられて、みんなから疎まれ、孤立する。
私だって、いつそうなるかわからない。
だから、助けたい。
「そうか。わかった」
オバさんは苦笑いして車に戻り、
「慶君によろしくな」
と言うと、走り去った。
「まどかちゃん」
冬子さんの声で私は我に返った。
「ありがとう」
確かにそう言われた。冬子さんはそのままスーッといなくなってしまった。
「あ」
自分の現実に愕然とする。
学校までどうやって戻るのよ!?
ついていないまどかだった。
ところで、あのオバさんの名前、本当に何だっけ?