果たし状が届いたのよ!
私は箕輪まどか。優れた霊能者であり、神がかった美しさの中学生である。
ああ。
言ってて虚しい。私はそれほど傲慢ではないよ。
誰かのセリフをパクりたい心境だ。
先日の感動的な事件から一週間。
私の生活リズムは、すっかり通常に戻っていた。
その私の生活をかき乱す事が起こった。
「おーい、まどか。お前に果たし状が届いてるぞ」
「キャーッ!」
私のバカ兄貴は、G県警の鑑識課員であるが、エロ男爵でもある。
と言うか、妹の私にはまるで気を遣う事がない失礼な兄貴だ。
「お兄ちゃん、入る時はノックしてよ! それから、いくら兄妹でも、いきなり入って来ないで! プライバシーの侵害よ!」
私は脱ぎかけたパジャマを慌てて着直した。
「お前にプライバシーを語る資格はない」
「何でよ!」
「ほれ」
バカエロ兄貴は、私の抗議を無視して、白い封筒を置いて出て行った。
「何、これ?」
宛名は私だけど、住所が書いてない。そして裏には差出人の名前がない。
「誰からだろ?」
私は封筒の口を切り、中から便箋を取り出す。
書いてあったのは、たった一言。
「お前をぶっ飛ばす」
それにしても下手な字だ。小学生でももう少しましな字を書く。
でも何か妙だ。
中身は脅迫状みたいだけど、封筒は可愛い子犬のイラストが入っている。
残念な人からの手紙?
「あ!」
そこでハッと気づく。
あのエロ兄貴、またしても鑑識課のプロの技を使って、封筒の中身を見たな!
いつか仕返ししてやる!
私は書いた人間を探るために、便箋に意識を集中した。
隣町? 差出人は、中学生男子。男子?
前に私がフルボッコにした奴とは違う。
結構好みのタイプかも。
野生的で、喧嘩が強くて、でも女子にはさり気なく優しい。
あ。
そうだった、こいつは私をぶっ飛ばすと言ってるんだ。
心惹かれてどうする、まどか!
でも何で? 理由がわからない。
「あれ?」
ふと時計を見ると、もうすぐ始業ベルが鳴る時間。
「ギエーッ!」
私は大慌てで着替えをすませ、何も食べずに家を飛び出した。
私の家族は何て白状揃いなの!?
考えてみると、お父さんもお母さんも、家を出るのが早いのだ。
ううう。
学校に辿り着くと、すでに校門は閉ざされ、私は恥じらいもなくそれを乗り越えて中に入った。
当然の事ながら、あの体育の先生である藤本先生が仁王立ちで待っていた。
「箕輪、今日は見逃してやる。次は許さないぞ」
「はい」
そうか、この前の事、少しは恩を感じてくれてるのね。
教室に入ると先生はすでに来ていて、気まずい中、席に着く。
「どうしたのよ、まどか? 寝坊?」
親友の近藤明菜が小声で尋ねる。
「うん、ちょっとね」
私は苦笑いをして応じた。
結局私は、あの妙な手紙のせいで、その日は散々だった。
先生には何度も注意されるし、階段から転げ落ちそうになるし。
手紙は家に置いて来てしまったから、探りようがないのだが、どうにも腹が立つ。
相手はわかっているから、そいつのところに行って、どっちが強いのかわからせてあげるわ!
私は明菜との買い物をキャンセルして、文句を言う明菜を置き去りにし、学校を出た。
「確か、この先」
ズンズンと進むと、敵のアジトが見えて来た。
気を探ってみようと思ったけど、わかっているのは顔と名前だけなので、私はそばにいた男子に尋ねる事にした。
「ねえ、江原耕司君て、まだ学校にいる?」
その男子は、私の美しさに声もないのか、唖然としていたが、
「あわわわ!」
と叫ぶと、走り出した。
「え、江原くーん、き、来たよ、来た!」
え? 何よ、それ? 待ち構えていたの?
すると、校庭の向こうから、奴が現れた。背が高くて、シュッとした顔。
お? 実物の方がカッコいいかもって、だからこいつはそういう相手じゃないんだってば!
「あんた、どういうつもりよ?」
私はG県警の刑事さん仕込みのドスをきかせて言った。すると江原君は、
「あの手紙に書いた通りだよ」
と何故か照れ臭そうに答えた。こいつ、バカ?
「私をぶっ飛ばすって、どういう事よ!?」
「は?」
江原君は、完全にキョトンとしている。恍けているのでない事は、彼の気でわかった。
あれれ? 何だかおかしいぞ。
「ああああ!」
江原君は何かに思い当たったようだ。鞄をガサゴソと探り、封筒を取り出した。
「わわ!」
彼は中から便箋を取り出し、オロオロしている。
「ご、ごめん、間違えて出したんだ。こっちが君宛なんだ」
江原君はそう言いながら頭を下げ、私に便箋を差し出した。
「?」
私は仕方なくそれを受け取った。
内容の公表は差し控えるが、それは紛れもなく「恋文」だった。
私は顔が赤くなるのを感じた。
「返事は今すぐでなくてもいいです。よろしくお願いします!」
江原君はもう一度深々と頭を下げ、走り去った。
そして、私の返事はもちろん、「OK」。
何となく運命を感じたし、江原君の態度に好感を持ったからだ。
その日、私達はあるコンビニで待ち合わせをして、一緒に帰った。
「それにしてもさ」
江原君が私をチラチラ見ながら言い出す。
「何?」
私は居酒屋のメイドに負けない笑顔で彼を見上げる。
「何で、あの手紙、俺からだってわかったの?」
「え?」
ギクッとする私。
確かに、後から渡された手紙には、彼の名前と学校名が書かれていたが、最初の果たし状には何も書いてなかった。
それは不思議に思うのが当然だ。
まさか、
「私、霊感があるから、見えたの」
とは言えない。
「何でだろうねえ。江原ッチの思いが強かったからじゃない?」
「そうかな」
うまく誤魔化せたみたいだ。
嬉しそうに笑う江原君。ちょっとだけおバカみたいだけど、いい人。
とにかく、これからどうしよう?
心配事が尽きないまどかだった。