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美少女霊能者箕輪まどかの霊感推理  作者: 神村 律子
高校一年生編なのよ!
234/235

もう一人の蘭子さんは大胆不敵なのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者。


 戦国時代の呪術者である内海うつみ廉寛れんかんの残留思念が引き起こした恐るべき陰謀。


 その陰謀を主導したのが、半分禿げオヤジの魔藤まとう喜美隆きみたか


 そしてとうとう、廉寛の魂がこの世に戻ってこようとしていた。


 半分禿げオヤジは廉寛の命令で闇の仏具を廉寛の即身仏の所に持っていこうとしている。


『止めて、まどかお姉ちゃん! あれを渡したら、廉寛が甦っちゃうわ!』


 私の姪で、恐らく私以上に霊能力がある小町がテレパシーで叫んだ。


 私もそう思うのだが、そうは思っていない方が一人いた。


「ごちゃごちゃうるせえよ、乳飲み子風情が。こんなカスみたいな奴がどれほど甦ろうと、蘭子様の敵じゃねえよ」


『そうなんですか』


 小町が世界平和のためのお題目を唱えてくれるとは思わなかったって、そんな事を考えている場合ではない!


「しかし、西園寺さん……」


 彼の江原耕司君のお父さんである雅功まさとしさんが言いかけると、


「心配するなって、雅功。この蘭子様がズバッと解決してみせるよ」


 もう一人の蘭子さんはガハハと大口を開けて笑った。


「そうですねえ。蘭子さんにかかれば、あんな小者、たちまちお陀仏ですよねえ」


 そのすぐ隣で親友の八木麗華さんが愛想笑いをしている。


 雅功さんは麗華さんのお父さんである心霊医師の矢部隆史さんと顔を見合わせた。


『我も舐められたものよの。西園寺蘭子とやら、後悔するぞ』


 廉寛のゾッとするような声が聞こえた。するともう一人の蘭子さんはニヤリとして、


「後悔するのはてめえの方だよ、クソ坊主。この世に戻らなけりゃよかったって思う事になるぜ」


 ビビるどころか、更に挑発的な事を言い返した。


 もう一人の蘭子さん、大胆過ぎる!


「いいんですか、江原先生?」


 中学の時の副担任でもあった椿直美先生が不安そうに雅功さんに尋ねている。


「多分、大丈夫でしょう。あの蘭子さんは決して虚勢を張る人ではないですから」


 雅功さんが微笑んで応じたので、椿先生は顔を赤らめ、


「そうなんですか」


 おお! 椿先生までそのお題目を! もう勝ったも同然だ!


「バカじゃないの、あんた」


 隣で霊感親友の綾小路さやかが半目で言った。


「廉寛様、何でも致しますから、どうかどうか……」


 半分禿げオヤジは泣きべそを掻きながら遂に廉寛の即身仏の所に闇の仏具一式を持っていき、台座に置いた。


『大儀であった、魔藤。望みを叶えよう』


 廉寛の声が言った。半分禿げオヤジは嬉しそうに、


「ありがたき幸せにございます!」


 その場で土下座をした。しかし、廉寛にはそんな気はさらさらないようだ。


「ぐげえ……」


 半分禿げオヤジが突然血管を禿げ頭にたくさん浮かび上がらせてもがき始めた。


「バカの見本だな、お前は」


 もう一人の蘭子さんがオヤジを鼻で笑った。


「廉寛様、酷い……」


 半分禿げオヤジは涙を流して廉寛の即身仏を見た。ちょっとだけ哀れと思いかけたが、このオヤジがしてきた事を考えると、同情の余地はない。


「例えどれ程の悪人であろうと、目の前で人が命を奪われようとしているのを見過ごすのは、人としてできません!」


 椿先生が妹的存在である小松崎こまつざき瑠希弥るきやさんと目配せして、


「オンマリシエイソワカ」


 浄化真言である摩利支天まりしてん真言を唱えた。


「ひいい!」


 バシュウッという音がして、苦しんでいたオヤジが廉寛の呪縛から解き放たれて、倒れた。


「直美、瑠希弥、それ、骨折損だぞ」


 もう一人の蘭子さんはチラッと二人を見て言った。どういう事だろう?


「え?」


 椿先生と瑠希弥さんはギクッとして蘭子さんを見た。そして、気づいたようだ。


「そんな……」


 椿先生と瑠希弥さんはオヤジの異変を見て目を見開いた。


 親友の近藤明菜と江原ッチの妹さんの靖子ちゃんは眼を背けた。


 明菜の彼の美輪幸治君と靖子ちゃんの彼で肉屋の御曹司の力丸卓司君は仰天している。


 私もさやかと顔を見合わせた。


「あいつ、死人しびとだったのね……」


 さやかが呟いた。そう、半分禿げオヤジは「すでに死んでいる」状態だったのだ。


「そ、そん、なあ……」


 オヤジの身体は砂のように砕け、消滅してしまった。そして、オヤジに宿っていた黒い何かが廉寛の即身仏にスウッと取り込まれるように吸収された。


「遂にお目覚めのようだぜ、四百年寝た郎さんがよ!」


 もう一人の蘭子さんが嬉しそうに言う。この感覚、ついていけなくなりそうだ……。


「いや、まだ足りないようですよ、蘭子さん」


 濱口わたるさんが奥さんの冬子さんを庇いながら天井を見上げて言った。天井には数多くの禿げオヤジに殺された霊能者や術者の皆さんのご遺体が呪術で編まれた縄で吊るされている。


 そこからも、続々と黒い何かが出てきて、廉寛の即身仏に吸い込まれていく。


「美輪君、耕司がここにいない今は七福神の結界はもう張れない。君達はここから出なさい」


 雅功さんが美輪君を見て告げた。美輪君は悔しそうだったが、怯えきっている明菜を見て、


「わかりました。さ、アッキーナ」


 そして、リッキーと想念の使い手である坂野義男君もそれに続こうとした。


『誰も逃さぬ。ここから去る事は叶わぬ』


 廉寛の声が言うと、外へと続く穴が落石で塞がれてしまった。


「いやあ!」


 それを見た明菜が取り乱し始めた。リッキーと坂野君も抱き合って震えている。


「アッキーナ!」


 美輪君は明菜を強く抱きしめた。


「アッキーナは必ず俺が守るよ」 


 すると泣きじゃくっていた明菜は落ち着きを取り戻した。


「廉寛が!」


 瑠希弥さんと靖子ちゃんが同時に叫んだ。即身仏が変化していく。


 渇ききった身体が水分を取り戻すように膨らみ始め、只の穴だった部分に目が現れ、鼻ができ、唇ができた。


「甦ったというのか……」


 矢部さんがギリギリと歯軋りをしながら言った。


「ふふふ……」


 廉寛が肉声を発した。


「どことなく、内海うつみ帯刀たてわきに似ていますね」


 椿先生が雅功さんに言った。


「そうですね」


 雅功さんは廉寛を見たままで応じた。


 内海帯刀とは、蘭子お姉さん達が戦った最凶の呪術者。そいつに似ているというのだ。


「さもあらん。帯刀は我が子孫。そして、われが目をかけた一番の術者よ」


 廉寛はフワッと立ち上がった。思ったより身長が高い。しかも、何気にイケメンなのが余計小憎らしい。


「その帯刀はこの西園寺蘭子様があの世に送ってやったんだよ。てめえもそうしてやるから、念仏唱えろ」


 もう一人の蘭子さんはバッと印を結んだ。また最強の攻撃真言である自在天真言を使うようだ。


「オンマケイシバラヤソワカ」


 凄まじい気流が巻き起こり、廉寛に向かう。しかし、廉寛は微動だにしない。


「愚かな」


 何故か自在天真言の気流は廉寛の直前で消滅してしまった。


「む?」


 さすがのもう一人の蘭子さんも眉をひそめた。廉寛は真言を唱えていない。


 かと言って、気を高めて防いだ訳でもないようだ。


「どういう事?」


 私はさやかに尋ねた。するとさやかは、


「私にもわからないよ。どうやって防いだのか……」


 いつも冷静なさやかが汗を流しているので、ギョッとした。


「もしかして……」


 雅功さんが呟くのが聞こえた。


「もしかして?」


 私は雅功さんに鸚鵡返しに尋ねた。すると雅功さんは私を見て、


「霊峰富士の気脈を取り込んだのかも知れません」


 廉寛は雅功さんの言葉にニヤリとし、


「ほお。さすが、江原雅功よ。そこに気づいたか。だが、気づいたとて、何もできぬ」


 何か悔しい。こいつ、すごくムカつく!


「奴が長くここに留まったのは、富士の気脈を自分に取り込むためだという事ですか?」


 矢部さんは雅功さんを見て言った。雅功さんは頷き、


「そうですね。蘭子さんも知っていたのですよね? だから、戻ってこられたのでしょう?」


 もう一人の蘭子さんを見た。もう一人の蘭子さんは肩を竦めて、


「さあね。私は只、暴れたくなっただけだよ」


 雅功さんはそれに微笑んで応じてから再び廉寛を見て、


「さて、何もできないかどうかは、やってみなければわからないぞ、廉寛」


 ビクッとしてしまうような気を放ち、目を細めた。ちょっと怖い。


「ああ、カッコええなあ、雅功はん!」


 麗華さんがこの緊急時に発情している。しかし、廉寛は雅功さんを嘲笑うように見て、


「口だけは達者であるな。だが、我が取り込みし霊峰の気脈がどれ程のものか知らぬのか?」


 バシンという音が響き、廉寛の周囲の地面に亀裂が走った。それは底が見えないほど深い。


「これなどまだ小手調べにもならぬものよ。次はうぬらの誰かを切り裂いてみせようか?」


 廉寛は目を血走らせてニタリとした。思わず背筋がゾクッとする。


 こんな時、気功少女の柳原まりさんがいないのが悔やまれる。


 彼女は半分禿げオヤジの持っていた闇の仏具の一つの柄香炉によって洞窟の奥へ飛ばされてしまったのだ。


「心配するな、まどか。この蘭子様がいるんだぜ。大船に乗ったつもりでいろ」


 もう一人の蘭子さんが私を見て右手の親指を立てた。私は顔を引きつらせて笑った。


「力比べをしようって事かよ、戦国ジジイ? いつでも相手になってやるぜ」


 今度はもう一人の蘭子さんは中指を立てて応じた。何、あれ?


『考えないで、まどかちゃん。そして、見ないで、私を』


 今は「中の人」になっている蘭子お姉さんの声が聞こえた。恥ずかしさでいっぱいのようだ。


 そうか、そういう意味なのね。気をつけなくちゃ。


「名残惜しいが、うぬらとじゃれおうているいとまはなし。我はこれより日の本を滅するのであるからな」


 廉寛はそう言うと、足元にある仏具を手にし、柄香炉を掲げた。


「消えよ」


 柄香炉が横に振られ、その力を発動した。


「くう!」


 廉寛が使うと柄香炉の力もあのオヤジとは比べものにならない。


『まどかお姉ちゃん、私と思いを一つにして!』


 小町の声が聞こえた。私は飛ばされないように必死に念じた。


「まどか、後はお願い!」


 さやかが飛ばされたようだ。


「蘭子さん!」


 瑠希弥さんも椿先生も麗華さんも飛ばされた。


 矢部さんと雅功さんも抵抗していたようだったが、飛ばされてしまった。


「何だとお!?」


 霊能力を受け付けないはずの美輪君ですら、明菜やリッキー、坂野君と共に飛ばされてしまった。


「まどかちゃん、蘭子さん、お願いします」


 闇の仏具を持っている冬子さんですら、夫のわたるさんと抱き合うようにして飛ばされた。


「効かねえぜ、戦国ジジイ。何かしたのか?」


 もう一人の蘭子さんは大股開きで立っていた。心の中で蘭子お姉さんが項垂れているのがわかる。


「なるほど。さすがにうぬは素晴らしき力を持っておるようだな。どうだ、我の……」


 廉寛がそこまで言うと、もう一人の蘭子さんはまた右手の中指をビシッと立てて、


「うるせえよ、くたばりぞこないが。それ以上ムカつく事をそのドブくせえ口から吐くんじゃねえ!」


 更に項垂れる「中の人」の蘭子お姉さんを感じた。


「成程。されば、うぬは消すしかないな。この先、我の災いとなるやも知れぬ」


 廉寛はフッと笑った。私はもう少しで漏らしそうになった。すると廉寛は私を見た。


「そこな女子おなごも面妖な力を持っておるようだな? うぬの後ろにいる術者は何者ぞ?」


「何だよ、ジジイ。乳飲み子にビビッてるのか?」


 もう一人の蘭子さんがゲラゲラ笑いながら廉寛を指差す。本当にこの人、命知らずだ。


「乳飲み子だと? 偽りを申すな! 我をたばかれると思うたか!?」


 廉寛が先程までの冷静さと打って変わって、感情を剥き出しにして怒鳴った。


 どうしたの? 小町に何を感じたのだろうか?


『さすが、廉寛。内海一門の宗主が一番手こずり、倒しきれなかった術者だけの事はあるわね』


 小町の声が応じた。その話に私は仰天してしまった。


 何故小町がそんな事を知っているのだろうか?


「やはり、うぬが背後におる術者は内海の者なのだな?」


 廉寛の目がより鋭さを増し、私を睨みつける。怖くて震えそうだ。


 少しだけちびってしまったかも知れないのは絶対に内緒ね。


『私は内海うつみ黎真れいしんの母である小町の生まれ変わりの箕輪小町よ!』


 小町の声が言った。


 えええ!? 内海黎真と言ったら、帯刀のお父さんで、あのスーパーお爺ちゃんである名倉英賢様のお師匠様じゃないの?


 小町ったら、そんな人の生まれ変わりなの!?


「そういう事か。合点がいった」


 廉寛はまたフッと笑った。するともう一人の蘭子さんがニヤッとして、


「何が嬉しいんだよ、戦国ジジイ? そんなに自分が負けるのが楽しいのか?」


 廉寛は真顔になってもう一人の蘭子さんを睨むと、


たわけた事を! 這いつくばらせてやる!」


 りんを持った。しかし、ばちは美輪君がオヤジから奪い取ったので、叩けないはずだ。


「仏具にはそれぞれ別の力があるのだ、小娘」


 廉寛はニヤリとし、鈴を振った。


「え?」


 次の瞬間、耳には聞こえないけれど、身体中の血液が逆流するような何かを感じた。


 聞いてはいけない何かのようだ。


『まどかお姉ちゃん意識を閉じて! 身体を乗っ取られるわ!』


 小町の声が聞こえた。私はすぐに外からの全てをシャットアウトした。


 ところで、シャットアウトって、何?


「おもしれえ事するじゃねえか、ジジイ。だけど、この蘭子様には通用しねえぜ」


 もう一人の蘭子さんは涼しい顔で立っている。この人は人間なのだろうかと思ってしまった。


「失礼だぞ、まどか! 私は人間だよ。限りなく神に近いけどな」


 もう一人の蘭子さんはそんな冗談を飛ばす余裕を見せた。もう凄過ぎて訳がわからない。


『まどかちゃん、見捨てないでね』


 「中の人」である蘭子お姉さんの切実な声が聞こえた。苦笑いするしかない。


「惜しい。実に惜しいぞ。うぬほどの力と野望を秘めたる者は天下を治める器である。その気はないのか?」


 廉寛はまたそんな事を訊いて来た。すると蘭子さんは、


「ないね。あったとしても、てめえなんかと狙わねえよ、クソジジイが!」


 また中指を立てる蘭子さん。さすがに私も恥ずかしくなってきた。


「そうか……」


 廉寛は目を伏せた。そして、カッと見開き、


「ならば、全力で潰すしかあるまい」


 周囲の空間が歪んで見えるほど気を高めた。不思議な事に廉寛は妖気を放っていない。


 闇には染まっていないという事なのだろうか?


『廉寛は霊峰富士の気脈を取り込むために闇の力を配下の者に使わせていたのよ。狡猾過ぎるわ』


 小町が教えてくれた。いや、小町先生とお呼びした方がいいだろうか?


『小町でいいよ、まどかお姉ちゃん。前世が誰であろうと、今は私はお姉ちゃんの姪だよ』


 可愛い事を言ってくれる。本当にあのエロ兄貴の子供なのだろうかと思ってしまう。


『それは間違いないよ。箕輪家は内海一門の流れを汲む一族なんだよ』


 それにも驚いた。


『だから、まどかお姉ちゃんは霊能力があるんだよ』


「そうなんですか」


 ここぞとばかりに平和のためのお題目を唱えた。


「そういう事か。うぬのような小娘に何故それほどの力があるのか、不思議であったが、謎が解けたな」


 廉寛にすっかり話を聞かれてしまったようだ。


「さて、まどか、そろそろ私もこのジジイとの漫才に飽きてきたぜ。決着ケリをつけちまおうぜ」


 蘭子さんが指をボキボキ鳴らしながら言った。私は大きく頷いて、


「はい。この場にいる事に運命を感じていますから、そうしましょう」


「よく言った」


 蘭子さんはグイッと今度は親指を立てた。ホッとしつつ、私も右手の親指を立てた。


「いくぞ、ジジイ! 覚悟はいいか!?」


 蘭子さんはいきなりフルスロットルだ。


「オンマカキャラヤソワカ! オンマケイシバヤラソワカ!」


 右手と左手で違う印を結び、大黒天真言と自在天真言を唱えた。どうやら、「中の人」である蘭子お姉さんが大黒天真言を唱えたらしい。


「オンマカキャラヤソワカ!」


 私もその身に宿した大黒天の力を開放し、大黒天真言を唱えた。私達の真言は途中で融合し、廉寛に向かった。


「無駄よ」


 廉寛は余裕の笑みを浮かべている。確かにこれは無駄かも知れない。だが、必ず次の一手に繋がるはずだ。


 真言の波動は廉寛の目前で見えない壁にぶち当たったように消されてしまった。


「ぬ?」


 ところが、ほんの僅かだけが見えない壁を通り抜けたのか、廉寛の頬をスパッと切り裂いた。


 廉寛はどういう存在なのかわからないが、切れた所から血は流れ出なかった。やはり死人なのだろうか?


「どうした、ジジイ? 鉄壁が崩れているようだな?」


 蘭子さんが挑発した。廉寛は切れた頬を指でなぞり、


「これは如何なる事だ?」


 目を見開いて驚いている。衝撃的な事だったらしい。


 どうよ! 私達の真言の力が上回ったのね。


『違うよ、まどかお姉ちゃん。まりさんが動いているんだよ』


 え? まりさんが? どういう事だ?


「おのれえ!」


 廉寛は絶叫し、気を高め始めた。蘭子さんが私の前に立ち、


「そこから動くな、まどか。奴の気を直接浴びれば、只じゃすまねえ」


「そうなんですか」


 いや、今のは狙った訳じゃないから……。


「我の力を見くびっておるようだな? 命乞いをしてももはや手遅れぞ!」


 蘭子さんの向こうに見える廉寛は錫杖と柄香炉を投げ捨て、印を結んだ。


 真言を唱えるつもりのようだ。


「オンマケイシバラヤソワカ」


 自在天真言を唱えた。蘭子さんはフッと笑い、


「効くかよ、そんなもん!」


 素早く印を結び、再び、


「オンマケイシバラヤソワカ」


 自在天真言を唱えた。強力な真言をこれだけ立て続けに唱えられるだけで、確かに人間離れしている。


「愚かな」


 廉寛がほくそ笑んだのが見えた。


「何!?」


 蘭子さんの自在天真言は廉寛の自在天真言に吹き飛ばされた。


「まどか!」


 蘭子さんは私をすぐに突き飛ばし、自分も横に飛んだ。


 私達の間を廉寛の自在天真言が通過し、壁にぶつかって辺り一帯をグラグラと揺らした。


「いったあ……」


 私は突き飛ばされた拍子に腕を擦り剥き、足を捻挫してしまったようだ。


「まどか!」


 蘭子さんが慌てている。廉寛が私に標的を絞ったからだ。


「させるか!」


 蘭子さんが走った。しかし、廉寛は柄香炉をもう一度手にして私のそばに瞬間移動してきた。


「さて、しまいにしようかの、小娘」


 廉寛がニヤリとして私を見下ろした。


 ああ、箕輪まどか、十六歳。それしか生きられないのね。


 美人薄命とは言うけど、これほど短い生涯とは思わなかったわ。


 死ぬ前にもう一度江原ッチに会いたかった。


 お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。


 あれ? いつまで経っても、私、何もされないんですけど? どゆ事?


『箕輪まどかよ、遅くなってすまぬ。だが、間に合って何より』


 どこかで聞いた事がある声が聞こえた。恐る恐る目を上げると、廉寛と私の間にお侍さんの霊が立っていた。


 ああ、この人は! 小学生の時、浄化してあげたお侍さん。そして、坂野君を探していた時、悪霊を追い払ってくれた人だ!


「何者だ!?」


 廉寛はお侍さんの凄さに気づいたのか、後退あとずさりして怒鳴った。


 お侍さんはゆっくりと腰の刀を抜き、


拙者せっしゃ奥平おくだいら摂津守せっつのかみ長恒ながつね。箕輪まどかに義ある者』


 廉寛はお侍さんの刀の輝きに目を見開いている。


『この名刀、王仁わに丸を恐れぬのであればかかって参れ』


 お侍さんは最高のタイミングで来てくれた。私は涙が止まらない。


「すごいな、まどか。こんな子分を持っていたのか?」


 蘭子さんがとんでもない事を言ったので、


『この者も敵か、箕輪まどか?』


 お侍さんに真顔で訊かれてしまった。


 


 やっと何とか逆転できそうな展開になったまどかだった。

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